第318話 ギルドで待ち合わせ
打ち合わせを終えて、ラハラン支部側の事務を担当するアルカと、今回こちら側の雑務を担当することになったゼノンだけが会議室に残り、他は一階におりてカノンたちを待つことになった。ひきつづき「防音」が大活躍中である。
「ゼノン、打ち合わせ終わったら書類あげといてねー」
「はーい! がんばりまーす! リノア様、ダンジョン楽しみですねー!」
やたらと素直でご機嫌なゼノンに、ややひきつりながらりのはソウダネー、じゃあ気をつけて帰ってねーと手を振った。
事務的な打ち合わせが終われば、ゼノンはここで帰城することになる。
「やー、ゼノンがあんなに機嫌よく仕事するなんてねえ。研究の邪魔だって、たいていはものすごい無表情をされるんだけど」
ユーゴが階段を下りながらぼそりと呟くと、後ろからアダンがよっぽどダンジョン行きが楽しみなんだろ、と呆れた声で言った。
「アダンさん面倒見いいもんねー、がんばってねー」
「他人事みたいに言うな。お前さんもゼノンの面倒見るんだぞ」
「え」
「頑張ってくださいねリノア様」
「おんなじパーティーメンバーだからね、がんばってね! ちなみにラウは面白がるだけだから戦力外だよ!」
そんな情報、きらきらの笑顔で言うことじゃなくない!?
思わず内心でつっこみつつ、ゆっくりと階段を下りる。今日は「ノア」の格好で、スカートにブラウスに編み上げのベストだから、スカートの端をつまんで下りた。
「じゃああいつらが来るまで休憩と行くか」
アダンの号令で、酒場のスペースに足を踏み入れる。
飲んでいたのは数人で、それもにぎやかに飲むというよりは静かに飲んでいる者ばかりで、りのたちが入っていってもちらりと目線をよこされるだけだった。
すみっこのテーブルで、みんなエールを注文した。
ラウは仕事があるらしく、それではとカウンターの中へ戻っていく。
「おおお……エール……!」
「そんなに感動することかい?」
「こっちに来て初めて、お店でお酒を飲むんです……!」
まあ向こうでもそんなに外食するタチではなかったが。
はじめて口にしたエールは、生ぬるく、アルコール度数も弱い。麦の匂いが強く香ばしい感じだ。すっぱくはないので、酸化はしていないようだが、苦みはわりとあった。
(んー、なんか、甘酒っぽい? 甘くはないけど、どろっとした感じが似てるなあ。苦みはあるけどホップというよりは、なんだろこれ、薬草っぽいなあ……)
人生で初めて口にする味を、もごもごと考察していると、誰が注文したのかレバーペーストが運ばれてきた。
皆で少しずつ口にする。
こちらは、牛乳を使っての血抜きの時間が短いのか、少しばかりレバーの臭みが残っている。――からこそ、よけいにワインがほしい気持ちになった。
(この! 臭みを! ワインで! 流したい!)
りのはもともとそんなにレバーが得意じゃないので、心からワインを欲しつつ、エールの苦みでレバーの臭みを喉の奥に流し込んだ。
ロゼリアもユーゴも、複雑そうな顔で同じようにエールをあおっている。アダンはわりと平気そうだ。
「うん……リノアちゃんはお料理上手だってことを改めて認識したよ……」
「けっこう、肝の臭みって残るんですね……」
「まあな。食えないわけじゃないが、リノアの作るやつの方がうまい」
「私、料理はそんな上手いほうじゃないですよ。もっと上手な人いっぱいいたし、私はその料理をまともに作れるようになるまで練習が必要なタイプですので……」
そんな微妙な話をしつつ、レバーペーストを食べ切ったころ、冒険者ギルドの入り口にはつらつとした声が届いた。
「ねえおじいちゃん、ここだよね?」
「うむ、もうあやつらも中におるじゃろう。ほれ、転ばんようにな」
「はあい!」
意気揚々と、入り口のドアを潜ってやってきたのは、背の高い老人と、小柄な少女だった。
老人の方がいかにも使い込まれた防具と剣を装備していて、ぎょろりとした青い目が迫力満点だ。
少女の方はこげ茶の髪にフォグブルーのやわらかな目をして、濃い緑のスカートにクリーム色のブラウス、薄い緑の編み上げベストを着ていた。
「アキ、こっちよ!」
「あ、ノア姉さん!」
声をかけて手を振ると、カノンが……アキが子犬のように駆けてくる。
設定はばっちり頭に入っているようで面白い。
ユーゴが一度「防音」を解いて、アドレアンとカノンも含めて再度かけなおしてくれた。
念のためというやつだ。
「えへへー、お待たせしましたっ!」
「そんなに待ってないから大丈夫よ。ここまで迷わなかった? 大丈夫だった?」
「うん! 前宮からずっと馬車に乗ってきたの。街が石造りで、パリみたいですごかったあ!」
「あれ、パリに行ったことあるの?」
「うん、家族で旅行にいったの」
小さな声になったので、りのはそのこげ茶の髪をぽんぽんと撫でた。
「さ、アキ、念願の冒険者ギルドでしょ? 見ておいで」
「いいの!?」
「もちろんさ。ああでもアダンから離れないようにね。アダン、ついでにラウとトマにも紹介してきて」
「はいはい。ラウには会ったんだろ? じゃあトマからだな」
ラハラン支部で顔のきくアダンが、カノンを引き連れて歩き出すと、かわりにアドレアンがさっきまでアダンが座っていたところに腰かけた。慣れた手つきでエールを注文している。
「アディさん、今日はよろしくお願いします」
「はっは、固いのう『ノア』、アディおじいちゃんでいいんじゃぞ?」
チャーミングなウィンク付きで言われ、りのはきゃーっと心の中でうちわを振った。ティレル家みんなカッコよすぎない!?
「じゃあおじいちゃん!」
「うむうむ」
ちょっと照れくさい。りのの実の祖父は二人とも早くに亡くなってしまったので、慣れてないのだ。
その照れをごまかすように、りのはアドレアンを見上げた。
「おじいちゃん、アキは大丈夫だった?」
「おお、問題なかったぞ。ちゃんと準備もできておったし、楽しそうにしておったしな」
「でも偽装の魔道具はまだまだってところなんだよねえ。ノア、あといくつか、アキに渡しておいてくれる?」
「いいよー。なんなら一緒に作ろうか? 見せたほうが早い気がする」
「うむ、そちらのほうが早かろうな」
カノンとアドレアンは、りのたちと同じように、執務棟の一室を借りてそこにいるように見せかけつつ、着替えをして外出してきたのだ。
「部屋には他の護衛を置いておる。まあバレたりはせんじゃろ」
「おじいさ……おじいちゃん、ちょっとつめの甘いところがありますけど、本当に大丈夫ですか?」
「リア、そう冷たいことを言うでない」
じじまごのやりとりをほんわか眺めていると、カノンがたたたーっと駆け戻って来た。
「どうだった?」
「すーっごく面白かった!」
フォグブルーの目がきらきらしている。
「カウンターにね、受付嬢さんがいてね、壁に依頼書があって、売店にはポーションがあったよ! 支部長さんはとっても冒険者って感じだった! あと買い取りカウンターも見たよ、お肉がいっぱいだった!」
「ああ、肉の形になってるならダンジョンのドロップ品ね」
興奮で一気にしゃべるカノンに、ロゼリアが薄く微笑んで教えてくれた。
(見た!? リンさん見た!?)
(みたみた! かわいい! うちわ振る―!!)
「さすがだねリア姉さん、ダンジョンに遊びに行ってただけある!」
「えーっすごいリア姉さん!」
「も、もう、二人とも」
きゃっこらする二人とロゼリアをアドレアンが優しい目で見ていて、そこにアダンが戻って来た。
「さあ、用事も終わった。行くぞ」
今日の設定では、アダンがアトラロの街の案内役で指示役だ。
ユーゴもアドレアンも、その言葉に従って立ち上がった。
いよいよ、カノンのアトラロデビューである。
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