第307話 ランチと聴取
りのたちは、とっつかまえたテオドールもまじえて、食事処ディアスへやってきた。以前ユーゴたちと来たことのある、ランチメニューは一つだけだけどおいしいお店だ。
「ねえリノ」
「『ノア』だよ、『ドリー』君」
「……ノア姉さん」
「よろしい」
少しランチタイムを過ぎていたからか、店内はほどほどにすいていて、四人は隅っこのテーブル席にひっそりとおさまった。
「アダンおじさん、薄く『ハイド』かけようか?」
「頼む。さっきみたいなことがあったら叶わん……」
「ぎりぎりだけど間に合ってよかったよ……」
「俺の方で『防音』もかけておくか。まあ大丈夫だとは思うが」
ここに来る途中で、テオドールのつけていた偽装の魔道具はやはりお亡くなりになってしまった。
慌ててアダンが路地裏へテオドールをひっつかんで走り込み、ロゼリアが「潜行」をかけて姿を隠し、りのが予備で持っていた偽装の魔道具を設定しなおしてテオドールにつけさせたのである。
「アダンさんが『防音』かけてくれたから、普通に話していいよ。人が来たら解除するから、その時は気をつけてね」
「わかった。――あの、リノアさん、僕、今さらだけどここに来てよかったの?」
「しょうがないじゃない、テオ君お腹空いてるんでしょう?」
「すいてる、けど……」
「お腹が空いてるのは良くないの。だからまずご飯。それともなあに、もっといいものが食べたいとか?」
わざとらしくぎろりと睨むと、テオドールはぶんぶんと首を振った。
「ディアス、来てみたかったんだ。母上の料理長がすっごくおすすめしてたから」
母上の料理長。
それは、多分アラチェリアが実家から引き抜いてきたというコックのことだろう。たしか、マイルズさんだったろうか。チーズケーキの作り方を教えたら、昼も夜もコツをつかむために作り続けたとかいう……。
「とにかく、事情聴取も叱るのも、ご飯が終わってからです。アダンさんもロゼも、それでいい?」
「いいぞ」
「構いません」
運ばれてきたランチは、しっかりした噛み応えのある黒パンに、ものすごく大きな豆といろいろな種類の肉を煮込んだ料理、それにバターとチーズとジャムだった。
黒パンはかなり酸味があったのだが、豆と肉の煮込み料理につけて食べると、驚くほど味わいが変わり、とてもおいしい。
「なにこれおいしい……カスレっぽいけどそれよりおいしい……」
「かすれ? よくわかんないけど、これ本当においしいね。豆も肉もほろほろでとろとろ!」
「ヘクシアもたっぷり入ってるな、魔力の戻りがものすごく早い」
「煮込みもジャムもとてもおいしいです」
あまりにおいしくて、みんなパンをおかわりした。アダンとロゼリアは煮込み料理もおかわり。
ついていたジャムはコンフィチュールに近く、おそらくポイズンハ二―ビーの蜂蜜でつくったものだった。今が旬の桃がごろりと入っていて、これとフレッシュチーズを黒パンにのせて食べるとものすごくおいしい。向こうの世界ではけっこうなぜいたくである。
「ふわあ……おいしかったあ」
「おなかいっぱあい」
お腹を撫でながら幸せとばかりに呟くと、テオドールと言葉が被った。
思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
そこへ、真っ白な髪をしたこの食事処の大女将が、注文していた紅茶を運んできてくれた。りのとアダンがするりと魔法と魔術を解除する。
「こんにちはおばあちゃん、今日のもすっごくおいしかったです!」
「ああ、あんたたちか、また来てくれたんだねえ。アダン坊と一緒じゃなくても来てくれたっていいんだよ。今日はちみっこいのもつれてるのかい」
「おいばあさん、俺が邪魔みたいな言い方しないでくれよ」
紅茶を置きながら、ハンとおばあちゃんは鼻で笑った。
「可愛い子を三人もはべらかして、何言ってんだか色男」
「こいつらは田舎の親戚だ」
「だったらもう少しイモ臭くしとくんだね。まあ、この店ではあたし以外には気づかれちゃいないだろうが」
最後におばあちゃんはことりと、アーディルンと胡桃の蜂蜜漬けを盛った小皿とスプーンを四つ、置いてくれた。
「おばあちゃん?」
「おいしそうに食べてくれたからね、オマケしとくよ。もう人が増える時間帯じゃあないが、しっかり自衛しとくんだよ」
わあ、いろいろばれてーら。
懐かしの台詞を心の中で呟きながら、ありがとう、と元気よくお礼を言うと、おばあちゃんはこちらを、というかテオドールを見て、にやりと笑った。
「坊や、叱られるうちが花さ。せいぜいベソかかないようにするこったね」
「っばあさん、」
「ばばあのただのカンだよ。詳しいことは知らないが、まあ、そのくらいの年の子なら、叱る前に食べさせたのは正しい」
紅茶のおかわりは自分たちでやっとくれ、とティーポットも一つ置いて、おばあちゃんは去っていく。
「え、……おばあちゃんカッコよすぎない?」
「何者なんだあのばあさん……」
インパクトありすぎのおばあちゃんにしばし全員でぼう然とした後、りのは改めて「ハイド」をかける。周囲から違和感がでない程度に魔力を絞って。それに、アダンが小さく「防音」と唱えた。
(「サーチ」……ん、今のところ大丈夫そうか)
「さあて、じゃあ事情聴取といきましょうか、テオ君?」
「はい……。」
「といっても、私から聞くことは、チェル様かフィンレー様の許可はとったの? ってことくらいなんだけどねえ。どうせとってないんでしょ?」
「内緒で出てきました……」
はあ、とため息をついた。
「リン、私の方からお聞きしても?」
「もちろん」
「ありがとうございます。――テオドール殿下、今日、城下へ出られるにあたり、危険なことや嫌な視線を感じたりといったことはございませんでしたか? お怪我は?」
真摯なロゼリアの質問に、なぜかテオドールは目を見開いた。心配されていることがふしぎだったのだろうか。
何も言えないまま、テオドールはきゅっと唇をかみしめて、ひとつ頷いた。
「そうですか。御身に危機も怪我もなかったのならようございました」
ロゼリアがほっとしたように言うと、テオドールはそのまま俯いてしまった。
りのはその小さな頭に手を伸ばしてぐしゃぐしゃ撫でる。
この小さな賢い子は、きっと今まで、十分にケアされてこなかったのだろう。
それこそ、護衛騎士にまともに心配されたことすら。
ティアーヌは、ローランと同じく正妃の子だ。たぶん、だからこそダルクス侯爵は取り込みを狙った。
一方、テオドールは側妃の子で、ガズメンディの血を引いているから、おそらくダルクス侯爵家は放置したのだろう。
扱いとしてはおそらく三人の中で一番ほったらかしだったのだ。彼の父親がそうだったように。
「殿下、本日の護衛騎士はどなたですか? ラヴァリエ卿ではありますまい?」
アダンも横から質問を重ねた。
「ラヴァリエ卿は、今日は兄上の護衛についています。兄上が視察にお出かけになっているので」
「視察、ですか」
ロゼリアの眉間に、薄い皺が寄った。
「以前からそのようなご予定が?」
「わかりません。僕のところに連絡が来たのは昨日でしたが」
「ちなみに、視察先は?」
「ファニア大河の河口にある船着き場が一つ新しくできたとかで、そこを」
新しくできた船着き場、とアダンがはっきりと眉根を寄せた。
「あそこはラギスロードが整備した、ほぼ自家用の船着き場じゃなかったか?」
「どうなんだろう……学園の授業の一環だと聞いていますが」
学園の授業の一環。
ということは、カノンやリシェもか。
「そちらは一端置くとして、今日の護衛騎士は誰でしたか、殿下」
ロゼリアの問いに、テオドールはうーんと腕を組んだ。
「何回かしか顔を見たことがなくて……」
「なるほどー、ごまかして撒けるだけの騎士だったわけだ? だからテオ君はこいつなら大丈夫って思ったのね?」
う、とテオドールがひるむ。
「っていうか、テオ君、今までもけっこう頻繁にお城を抜け出してたでしょ?」
ぎろりと、りのは目を細めてテオドールの顔を見た。
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