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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第306話 こらーっっ!


 りのの頭が騒がしく回る。


(まじかー……えー、見て見ぬふりをすべき? でもこれって結構な案件だよね? まあやってるだろうなあとは思ってたけど……というか、初犯じゃないなこのやろ)


 横目で見ると、アンゼルの孫、ロビン君と客の少年は楽しそうに話をしている。こげ茶の髪にこげ茶の目。アトラロの街によくいるカラーリングだが、よく見れば顔が異様に整っていた。


「ドリー君、この間の本、どうだった?」

「うん、すごくおもしろかったよ! あっという間に読み終わっちゃった! でも、ちょっと家が忙しくて、なかなか出てこられなかったんだ」

「そうだったんだ。お母さんの体の具合はどう……?」

「だいぶ、元気になったんだよ!」

「そう、そうなんだ……! よかったね……!」

「ロビンの妹とお母さんは?」

「うん、二人とも、もうお庭を散歩とかできるようになったんだ。ご飯もちゃんと食べてる!」

「そっか、よかった! よかったね!」

「うん!」


 どう考えたって仲の良いお友だちとの会話だ。


(でもなあ……やっぱりこれはだめでしょうよ)


 ちらりと後ろを振り返るが、本当に一人で来たらしい。誰も来ていないし、アダンが反応していないということは、表にそれらしい者たちもいないということだ。


 しかたない。


「アンゼルさん、ちょっとすみません」



 装幀の説明をしていたアンゼルが、おや、と首をかしげると同時に、りのは、つかつかと客の少年の方へ向かい。




「こら―っっ! なんでこんなとこにいるのーっっっ!!」




 思いっきり怒鳴りつけた。

 腰に手を当てて、仁王立ちする。


「ッッッ!?」


 少年の動きは早かった。怒鳴りつけたとたん、猫のように身をひるがえして店の入り口へ走っていく。

 だが残念ながら、その足は、とても遅くて。


「アダンおじさん、その子捕まえて!」

「!?」

「お、おう……?」


 アダン、という名にひるんで、少年の足がゆるんだ。


(あー、「サーチ」に出てたから間違いはないだろうけど、本当に間違いなかったなー)


 その隙に、アダンがひょいと少年の首根っこをつかんで、ぷらーんとぶら下げる。

 ぷらんぷらんと揺れる足に、少年は茫然としていた。


「ま、まって、ドリーは何も悪いことしてないです、うちのお客さんです! ひどいことしないで!」


 ロビンが、震え声で、それでもりのの前に来てにらんでくる。

 いい子だ。

 りのは、膝を折ってしゃがみこみ、ロビンと目線を合わせた。


「ロビン君、でいいのかな。私はノアだよ。よろしくね」

「えっ」


 にらんだ相手に自己紹介をされて、ロビンがとまどうのが分かった。


「私、ドリー君のお隣さんなの」

「おとなりさん?」

「そう。隣に住んでるの」


 正確に言えば、りのは二階で彼らは三階だが。


「で、ドリー君は、今はここにいちゃダメなはずなの。お家にいなさいって言われてる。なのにここにいるのはおかしいよね」

「えっ」


 ちらりと少年の方を見やると、こっちの正体にもうすうす気づいているのだろう、ふてくされた顔をしている。

 目が合うと、べーっと舌を出してきた。

 こんにゃろ、なめくさってやがる……。



「ドリーくぅん……?」



 二人の側に寄り、低ーく声を下げて、ニタリと笑ってみせた。

 ひえっと、少年が身を竦ませる。


「どうしてここにいるのかなぁ……? お母さんに、出かけてくるねって、ちゃんと言ったのかなぁ……?」

「むぅ」

「むぅじゃありません! もう、この子は!」


 ぷらーんとされている顔に手を伸ばして、ほっぺたをひねりあげた。ひねりあげの刑リターンズ。


「いひゃいいひゃいいひゃい!」

「前も言ったけど、痛いようにやってるの! お母さんに言いつけるわよ!?」

「ひょへんははい! あひゃはうはは、ひゅふひへ!」

「何て言ってるかわかんないわ~」


 ちらりと見ると、やはり偽装の魔道具の精度が低い。どこから手に入れたのかわからないが、よく見れば色と魔力が揺らいでいるのがわかる。

 急いだほうがよさそうだ。

 アダンに目をやると、アダンももう誰か分かったのだろう、そっと地面に下ろす。

 もちろんロゼリアも、護衛対象を一人から二人へ上げて周囲を探っていた。

 今のところ、「サーチ」におかしなのは移り込んでいないから大丈夫だとは思うが。


 ほっぺたを押さえてうずくまっている「ドリー」という名の少年を引っ張って立たせた。


「さて、ドリー君、いうことがあるよね……?」

「ごめんなさいノア姉さん! 謝るからお母さんには言わないで!!」

「…………全くもう、この子ときたら」


 瞬時にこちらの状況を見てとって、即座に自身の位置を把握し、合わせて発言する。

 これだけのことがたった十やそこらでできるのだから、やはりこの子の才はとびぬけているのだろう。


「黙って出てきたの?」

「――――うん……」

「一人で?」


 こくんと頷く。

 護衛騎士の入れ替えが進んで、結構な腕利きの護衛騎士がついているはずなのに、それを巻いてでてきたのか。


 この困った第二王子、テオドール・ドリュー・ウェルゲア殿下は。



「ノア、ここだと迷惑になっちゃうわ」

「そうね、リア姉さん。アダンおじさん、ちょっとこの子見ててくれる? 私、写本の注文してくる。『ドリー君』、その間はロビン君とお話してていいよ」

「……いいの?」

「会いに来たんでしょ? 用事は?」


 ぱあっとドリー……第二王子テオドールの顔が明るくなった。


「面白いって言ってた本が入ったかなって思って、見に来たんだ!」

「ド、ドリー君、だいじょうぶ?」


 怒られない? と心配してくれる友だちに、テオドールは、素直に、怒られると思うと言った後、


「でも、僕が悪いから、怒られてくる……」

「も、もう、ここには来られなくなる……? もう会えない……?」


 ロビンの目がゆらゆらと涙でけぶる。

 けれど、テオドールは何も言わない。これからどういう処断がくだるかわかっているからだろう。固く唇をかみしめていた。



「あー……会えるかはわからんが、手紙のやり取りくらいならいいんじゃねえか」



 アダンが後ろ頭をかきながらため息交じりに言った。


「え」

「ほんと、おじさん?」


 ロビンにおじさんと言われてちょっと傷ついたような顔をしながらも、アダンはテオドールの頭を乱雑に撫でた。


「こいつの母親がどう考えるか次第だが、友だちと手紙の一つもやりとりできないってことはないだろ」


 だからそんな唇かみしめるな。傷がつくぞ。


 低い声が柔らかに響いて、テオドールはロビンにぎゅっと抱きついた。


「ロビン、手紙、書くよ。また面白い本があったら教えて。お母さんがいいっていったら、僕、また来るから」

「うん、うんっ……僕も、手紙書くね」




 りのはその会話を聞きながら、写本の注文書を手早く記入する。

 そこに書いた書名を見て、アンゼル氏がひそかに囁いた。


「この本は、先日、息子が王宮からの注文で探し出したものと同じなのですよ」


 めったにない本です、息子も大変苦労しておりました。

 そういってこちらを見るきれいな琥珀色の目には、いたずらっぽい光が揺れている。

 りのも笑って、そっと唇に人差し指を当てた。貴族の顧客も多い店だというから、こういうことも慣れているのだろう。


「装幀は先ほどお話した感じで、冊数は五冊ですね?」

「ええ。少し多いけど、大丈夫ですか?」

「問題ございませんよ。お受け取りはいかがいたしますか」

「こちらから受け取りに来ます。どのくらいかかりますか?」

「お急ぎでしたら二週間ほど、そうでなければ一月ほど頂戴したく」

「急ぎませんので、ひと月ほどしたら顔を出します。ええと、前金でいくらかお支払いします」

「ありがとうございます」


 手早く手続きを終えて、アダンたちの方に向かう。

 ロビンとテオドールは、離れがたいようにぎゅっと手をつないだまま、何かを話しては涙目で笑いあっていた。



「じゃあドリー君、行こうか」



 ドリー、いや、テオドールは、覚悟を決めたように頷いて、繋いでいた手をほどいた。



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