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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第305話 布から本へ


 りのがガディア商会で用事を終えた頃には、もう昼が近くなり、お開きの感じになってきた。

 ウェス、ジェマといろいろな細かい打ち合わせをしていたセタがふと、思いついたようにジェマに告げた。


「ジェマさん、よかったら一枚、布を贈らせてほしいっす。これからよろしくってことで」


 濃い赤色の目を弓型にしならせてセタがにこやかに言うと、その横でソワが同じように濃い青色の目を細めて笑った。


「私からも、ぜひ! もちろんウェスさんにも!」


 二人の目がじいっとジェマとウェスを見ている。何色にしようか、どんな素材を使おうか、頭の中でもう計算を始めている目だ。

 ウェスは穏やかにほほ笑み、


「ではそれも買い取らせてください。ファブリカ・アウロラの作品を無料でなんて、私たちの方針に反します。そのかわり、」


 何かを言い返そうとしたソワに、人差し指を立てて。


「ぜひ、私とジェマに似合う色をお考えいただければと」


 ウェスらしい返答に、ソアが一瞬言葉に詰まって、それから笑いだす。


「ではそれで! ウェスさんならどんな色かなあ……」

「今着てらっしゃるような服の感じなら……茶系か?」

「濃い緑とかもいいと思う」

「浅い黒はどうだ? これからの季節なら浅めの黒はいいだろ」

「じゃあ生地も薄めの、軽いのにしようよ。あ、それなら倉庫の……」


 ウェスをじいっと見ながら二人の目がぎろぎろし始めて、こういうところはララさんそっくりだなこの二人、とりのはウェスの救助に当たる。


「季節に合わせるのはいいね。じゃあジェマ君の方は?」

「ジェマさんは、」



「む、むり……!」



 ジェマがいきなり、両手で口を覆って、顔を左右にぶんぶん振った。

 推しに布を作って贈ってもらえる喜びに、語彙が爆発したのだろう。

 無理、そんなの嬉しすぎて耐えられないってことだ。

 だが、そういう限界オタク語が、みんなに通じるわけでもなく。



「…………ほう。むり、と」

「へぇ……ジェマさん、無理なんだぁ」



 職人二人が、目を座らせていた。


「ひぇ、ちが、違うんです、だってそんな、僕なんかが、おこがましくって、」

「むりって言ったっすよねぇ?」

「私たちの布が無理だなんて、悲しいわあ……」


 二人とも、ジェマが二人の布に強火すぎる好意を持っているのはわかっている。

 しかしそれでも、むり、と直接的に言われたのには少なからずプライドを煽られたのだろう。


(限界オタクムーブ、本人を前にすると墓穴を掘ることもあるんだな……私も気をつけよう、絶対やらかすわ私。特にロゼの前でやらかしそう)


 ちらりとロゼリアを見ると、どうしました? という風に首をかしげられた。かわいい。

 そんなりのとロゼリアの前で、ジェマがセタとソワにじりじり甚振られている。いや違った、責められている? 叱られている?


「ソワ、俺、帰りにちょっと冒険者ギルドに寄ってくるわー。新鮮なぴっちぴちのヘンプバロメッツとシルクスパイダーの依頼出してくる」

「ついでにマッドアウラウネもよろしく」

「ままままって! そんな高いものを! 新鮮なのは!」

「だって無理って言われたから―、最上級を使わないとだなーって」

「ジェマさん目が紺色だから、きれいな紺色の布にしましょうねえ。ケイヴシープとヘンプバロメッツとシルクスパイダ―を縒り合わせた、きらきらの星が流れる夜空のような布で、お洋服を仕立てて着てくださいねえ」

「まってまって、そんなすてきな、でもぼくなんかのために、」

「まだ言うか!」


 セタはばん! と立ち上がって、びしりとジェマに指を突きつけた。



「今の俺たちに織れる最上級を贈ってやっからな! 覚えといてくださいっすよ!!」



 濃い赤色の目でニイッと笑われて、ジェマは今度こそ両手で顔を覆って、「ごめんなさいよろしくおねがいします……」と撃沈していた。

 

 めでたしめでたし。






 ウェスたちのところを辞したら、ちょうどお昼時だった。

 セタとソワに、一緒にご飯食べに行かない、と誘ってみたが、二人ともさっさと帰って作業に入るらしい。

 手を振って見送って、りのとロゼリアとアダンは、お昼の前にガディア商会の近くにある書店へ足を運んだ。



 ディリエ書店。


 貴族の顧客も多い、書店としてはかなりの大店であるという。

 アダンに案内してもらってたどり着いたその本屋さんは、リスラン街を少し入ったところにあり、周囲の建物とうまく調和した石造りの重厚な本屋は、それほど間口の広くない、二階建ての建物だった。

 黒光りするこげ茶色の重そうなドアをアダンが開けてくれて、足を踏み入れると、皮と紙とインクの混ざった匂い。

 灯りはくもりガラスの窓から入るやわらかな光のみで全体的には薄暗いが、不健全な感じはしなかった。


(なんか懐かしい。古道具屋さんとか古本屋さんとかの感じだ……)


 店の壁側にも、その間にも本棚があって、そこにいろいろな大きさの本がぎっしりと重ねられたり、並べられたりしている。


「ノア、俺は入り口の所にいるぞ」

「わかったー」


 本はジャンルごとに並んでいるようで、インデックスめいたプレートが本棚の上に掲げられていた。


「リア姉さん、ここに来たことある?」

「あり、あるよ。何か欲しい本があるの?」

「ほしいっていうか、どこにどんな本があるのかなって」


 ロゼリアはああなるほど、と指をさして大体の置き場所を教えてくれた。

 あの辺が物語、あの辺が詩、それで向こうが歴史関連、そしてこっち半分が魔術関連の本よ。


「……魔術関連がやっぱり多いね」

「そうね」


 奥にカウンターが見えたので、そちらに行きがてら小説の本棚をちらりと見ると、恋愛小説や冒険小説のようなタイトルのものもあった。


「えー、面白そう!」

「見ていいのよ?」

「……ううん、また今度にする。お腹すいたし」


 そういえばこの世界の小説は読んだことないなと思った。小説自体は向こうのお話をいっぱい読んでいるのだけど。


「おや、初めてのお客さまですね。いらっしゃいませ」

「――いらっしゃいませ」


 カウンターの向こうには、眼鏡をかけた壮年の男性と、十歳かそこらの男の子がいて、りのに小さく頭を下げた。

 二人とも、栗色の髪にきれいな琥珀の目をしている。親子かな、と思いつつ、りのは写本をお願いしたいのですが、と告げた。


「おやおや、それでは写本師を呼びますので、少々お待ちいただけますか」

「わかりました」

「ロビン、お爺様を呼んできて」

「はぁい」


 座っていた椅子からよっこいしょ、と降りた少年は、軽やかな足音を立ててバックヤードへ入っていく。


 その小さな後姿を見送って、店内をぐるりと見まわし、上を見上げると、高いところにある窓から斜めに差し込む光で、空中のほこりがきらきら光っていた。


 静かで、時間の止まったような空気感。


 懐かしいようなそれに身を浸していると、バックヤードの方から、ロビンと呼ばれた少年が老爺を一人、連れて戻って来た。

 背はそれほど高くなく、少し曲がった背中。白髪に琥珀の目。動きもゆっくりしていたが、その目は知性の光があり、はっきりとした意志を感じさせる。


「お待たせいたしました。写本師のアンゼル・ディリエと申します。写本のご依頼だとか」

「お邪魔してます。実は、この本の写本をお願いしたくて」


 りのは、バッグから先日のピザパーティーの時にユーゴからもらった本を取り出した。

 そのまま、アンゼル氏に手渡すと、彼は失礼しますと断ってからその本を丁寧にめくり始めた。


「ふむ、状態もよさそうですし、写本に問題はありませんな。ご希望の装幀などはございますか?」

「え、装幀もしてもらえるんですか?」

「素材によっては追加料金がかかりますが」


 思わぬことに、りのがアンゼル氏の説明をしっかり聞く体勢に入った時、入り口のドアが開く音がした。

 細く開いた隙間から入ってきたのは、こげ茶の髪にこげ茶の目をした少年だった。

 あ、という顔で、ロビンが小さくその少年に手を振る。お客の少年もロビンに気が付いたのか、手を振り返してととと、と近寄って来た。


 少年がりのの隣をすり抜ける。



(――――ん? 何今の魔力の感じ?)



 小さな違和感。

 りのはアンゼル氏の説明を聞きながら、視界の隅で「サーチ」を展開した。



(!?)





本日はここまで! お読みくださりありがとうございます。

リアクションもありがとうございました!

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