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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第304話 してやられた



 講義が一通り終わった頃には、ジェマとセタ、ソワの三人は最初の緊張が嘘のようにうちとけていた。

 セタはもう完全に言葉がラフになっているし、ソワも普段の快活なツッコミを連発している。

 ジェマはもうどもることもなく、楽しそうに話をしていたが、やはり憧れの人たちという気持ちは抜けていないようで、時たま、「え、推しとこんな気軽に話してもらえて、僕、今日死ぬのでは……?」という顔をしていた。まあわかる。


「ウェスさん、ウェスさんは混ざらなくていいんですか?」


 会長であるウェスがあの二人と誼を通じることも大切だろうと聞いてみたが、ウェスは穏やかに首を横に振った。


「これからあのお二人との関わりが大きくなるのはジェマですから。それに、私も貴族の末席におりますので、今日いきなり信じてくれと言っても難しいでしょう。私は私なりに、ゆっくりと距離を縮めて参りたいと思います」


 うん、さすがの判断だ。




「会長、セタさんとソワさんが、作品を持ってきてくださったそうです!」


 弾ける喜びを無理やり押さえつけたみたいな声で、ジェマがウェスを呼ぶ。


「リノア様、よろしければご覧になってください。気づいたことがあれば教えてもらえたら嬉しいっす!」

「ぜひ、お願いします!」


 二人は少しだけ作品を持ってきていたらしく、その布をソファの前のテーブルに置いていた。

 りのもウェスもそわっとして、いそいそとそちらへ近寄っていく。


「最近の作品ですか?」


 何気なくそう聞くと、すんとセタとソアの表情が落ちた。


「最近っす……師匠の手伝いの傍らで鍛えられてて……それでできたものっす……」

「魔術も毎日使って作業の速さを上げるように言われてて……毎日枯渇寸前で寝てます……」


 アッ。

 何かいけないスイッチを押した気がして、りのは露骨に話題を変えた。


「す、すごいね、最近の作品がこんなにあるんだね~」

「リノア様、これ、これ見てください!」


 ジェマが嬉々として差し出してきたのは、輝くようなオレンジ色の布だった。


「これ、シルクシープとクリスタルシープ、かなあ……触った感じだとクリスタルの方が多そうですけど」

「ジェマさんよくわかったっすね、シルクシープ四のインビジブルシープ六で紡いだ糸っす」

「ああ、当たりましたか! インビジブルシープは羊毛っぽくなくて軽いですもんね」

「それ、紡ぐのも染めるのも織るのもすごく大変でした……」

「えっソアさんそんなに?」

「聞いてくださいノアさん! そのインビジブルシープの毛って、魔力を指にまとわせてないと糸をよることもできないんですよ、すうって消えちゃって! なのに師匠ったら、『指に魔力を通わせるだけだろ』って!」


 ああー、とりのは苦笑した。


「それが難しいんだろうけど、できる人にとってはね、『だけ』だからねえ」

「そうなんですよう! 師匠が正しいだけに! 悔しくって!」


 その意気があれば大丈夫だろうなあ、だからララも言ったんだろうなあと内心思いながら、りのは若者たちのパワフルな会話に交じって、彼らの意気の成果を楽しく眺めていた。






 結局、セタとソワが持ってきた布は、すべてガディア商会のお買い上げとなった。聖女のお披露目が終わって展示会を行うまで、一部は小物の制作にまわすものの、後は大切に保管しておくらしい。


(小物はたぶんじわじわ噂を広めたり、顧客の目を試したりするのに使うんだろうなあ……)


 りのはその中から二枚ほど購入させてもらった。艶やかなあやめ色の布と、青みがかった淡いピンクの布。どちらも織りがていねいで整っており、上品な色がよかった。ぱっと見、これから色が成長するかは未知数だが、普段使いのドレスやお茶会用のドレスにするには最上級だろう。


(あやめ色の方は、この間のドレスのお礼にリシェに。もう一枚はティア様かなあ……チェル様にはララさんの布を贈るつもりだから、大丈夫かな? 魔術付与はそれぞれのお家で好きにしてもらおう。この二枚は付与で布がかわるってことはないって話だし)


 布の贈り先や段取りを考えていると、今まで黙っていたロゼリアが、りのに声をかけてきた。


「リン、自分のドレス用の布はいいんですか?」

「え?」


 全く思っていなかったことを言われて、りのは思わず聞き返した。


「いっぱいあるから別にいいかなって……」

「足りないってイリットが嘆いてましたが」

「そうかなあ」


 りのの感覚ではもう十分ある感じなのだが。


「最近は外出も増えてますし、少し増やしては? リンの好きな布だったら楽しいでしょう?」

「まあ、うん、うーん……」


 りのも大好きな布で作った服が着られるのは嬉しい。だが、服を仕立てるのはけっこうな作業だ。りのは定期的にサイズを測られるだけだが、デザインだけでなく裁断に縫製、すべて人の手が行うのだから、それを考えるとどうにも申し訳ない気持ちになるというか。

 それに、今りのが着ているものは、イリットがワードローブ全体のバランスを見ながらデザインや装飾を考えてくれているけれど、りのが自分で仕立てるとなれば、そこを全部自分で考えなければならない。そうなれば外に出て、人に会って、ということをしなければならないわけで……。


(それくらいなら、布のままで眺めている方が楽しいっていうか)


 生来のインドア気質の上、自分の洋服となると一気に億劫になるりのである。

 贈る相手のためなら頑張るけれど、着るのは自分だしなあ……。


「お金使ってくれって、ユーゴ師団長にも言われていたでしょう? 夜会用は今のところ必要ありませんが、デイドレスは必要では?」

「まあそうだけど……」

「デザインなどはイリットに任せたらいいと思います」


 うーん、それならいいかなあ、でもイリットの仕事を増やしちゃうしなあ。

 迷っていると、ロゼリアが職人たちを振り返った。


「セタ殿、ソワ殿、いかがでしょうか」


 二人はロゼリアの言葉に、ぱあっと顔を明るくした。


「ノアさん、それなら新しく染めたいっす! ちょうど今、いい感じの糸が上がってるんで!」

「でも忙しいでしょ? 注文品になっちゃうよ?」

「大丈夫です問題ないです、私もノアさんに織りたーい! 注文されたーい!」

「リノア様、たとえばですけど、色のご希望などはおありですか?」


 さりげなくウェスに聞かれて、ワードローブを思い浮かべる。目の色に合わせて青系が多い。ならば。


「ええと、青系以外の色がいいかな。青系はけっこうあるから」


 その言葉に職人たちが湧きたった。


「なら桃色系がいいかな。この間師匠に習った、透き通るような青みがかった桃色の染め……それを縦糸と緯糸で濃さを変えて……こうふわっと色が変わるように……」

「俺は柔らかい白に染めたい。それに少しだけ青みがかった白をつかって地模様を入れるか……」

「いいわねそれ、光の反射で模様が浮き上がるの! 私もしようかな」

「じゃあお互い色と模様変えてやってみようぜ」


 職人たちが燃え上がっている……。

 さてはロゼ、これを狙ってたな!?

 というか、ウェスさんにもさりげなく誘導されてた……! 


 がくぜんとするりのの傍らで満足げなロゼリア。

 してやられた感はあるが……まあ……ロゼがいいならいいか……。

 りのは苦笑した。


「――――じゃあ、お願いします。ええと、ジェマ君、そちらを通して納品してもらってもいいかな?」

「よろしいんですか?」

「うん、納品の流れも見せてあげて。私も仕立ててもらったものは着てくるようにするから」

「かしこまりました。ありがとうございます、ご予約という形で承ります」

「この二枚は聖女様のご予算から出すので、正式に申請してもらえるだろうか」

「かしこまりました、ティレル卿」


 ジェマもぴっかぴかの笑顔だ。ウェスも満面の笑みである。


 ロゼとウェスさんにしてやられた感じだけど、まあいいか。二人の布も楽しみだし。

 りのはそう思って、もうひとつ苦笑した。



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