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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第303話 お願いは講義


 セタの思わぬ台詞に、ウェスが目を見開いたまま固まった。

 ウェスから商売を教えてもらって、自身の作品を売るショップでも出すのだろうか。直売店。それもありかもしれないが、そうなると貴族からの横やりが防ぎにくい。


 固まったウェスと、瞬時に考え始めたりのの前で、ぶっこんだのはやはりジェマだった。


「ぼぼぼ、ぼくが失礼な真似をしてしまったからですか? だからガディア商会とは長いおつきあいができないとかですか?」


 みるみるうちにジェマの目に涙がたまって、セタが唖然としている。

 しかし、その視線がジェマの目に移って、とたんに鋭くなった。

 ジェマの目は紺色だが、涙が浮かぶとその光が反射して、星が浮かんでいるみたいに見える。

 その星空の目を縋るように向けられて、セタが黙ってその目を見つめた。獲物を見つけた肉食獣の目だ。


(あの目、ララさんが私の目を見てる時と同じでは? ジェマ君の目、たしかに綺麗だけど)


 セタはちょっと軽い感じの青年ではあるが、ララの弟子だけあって、美しいもの、美しい色に目がない。ララに肉食獣みたいな目で覗き込まれたことがあるりのには、同じに見えた。

 セタも、インスピレーションが爆発して、ララみたいに工房の奥へすっこんだりしないだろうか(りのは何度か経験している)。


 はらはらして見守っていると、セタが覗き込んでいたジェマの目からゆっくりとウェスに視線をうつした。

 ソワの方はまだジェマの目をじいっと眺めている。


「自分たちで商売したいとか、店を持ちたいとかではないっす」


 その言葉に、ウェスとジェマがほっと息をついた。


「俺ら、今まで作ることばっかりで、値段のつけ方とか、布の行先とか、考えたこともなかったんすよ。でも、それじゃあだめだって師匠が言いだして」

「師匠の工房にずっといてもいいけど、今の時代なら自分の工房を持つのもいいだろうって。その時のために、最低限でいいから商売のことも学んでおきなって言われたんです」


 ソワは、しぶしぶジェマの目から視線を外してこちらを見た。ジェマの涙がひっこんだからだろう。


 今の時代なら、自分の工房をもつのもいいだろう。


 その言葉に、バロチ工房を保ってきたララの苦労が滲んでいるような気がして、胸がつんとした。


「それに、俺ら、作ったものを売ったこともあんまりないし、売ったとしても工房を通してのお客さんなんで、どういう使われ方してんのかもわかんなくて。でもリノア様に言われてその辺考えてみたら、すごくおもしろくって。だから、その辺の知識も仕入れたいというか」

「販売はウェスさんにお願いしますので、お客様とのやりとりとか、値段のつけ方とか、大丈夫な範囲でいいので、教えてください」


 ウェスは二人の職人の顔を交互に眺めて、深く頷いた。


「かまいません。値段のつけ方、お客さまとのやり取り、ご要望、どんな使われ方をしたのか、お聞きになりたいことはお伝えします。それを糧に、さらに作品が磨かれていくなら、私どもとしても喜ばしいことです。ジェマ」

「はい、会長」

「今在庫にある布と、その製品を持ってきなさい。帳簿も」

「かしこまりました!」


 帳簿もかあ、ウェスさん本気だあ。

 薄い笑顔を動かさないりのに、ウェスは小さく笑って、


「私どもの帳簿に見られて困るところはなにもございませんので、ご興味がおありでしたら、リノア様もぜひ」


 りのは思わず笑ってしまった。堂々たる姿勢だ、なかなかできることではない。

 ありがとうございます、では勉強させてもらいますね。

 そう答えると、ウェスが満足そうに頷いた。





 そこから、二人への簡単な講義が始まった。講師はジェマである。

 その間、りのとウェスはこまごまとした打ち合わせをすることにした。

 講義用にジェマが運んできた布は、きちんと織られてはいたものの、色の深さや上質さ、織りの精緻さやていねいさではファブリカ・アウロラのものには及びもつかないもので、二人の職人が目を見開いていたのが印象的だった。

 ウェスは、これでも今のアトラロではよいものの部類です、と苦笑していたが、なるほどこれは腕のいい染めや織りの職人が貴重なわけだとりのは納得してしまった。

 どれだけ先の王妃が職人から搾取していたのかがわかるというものだ。


「こちらが、職人さんにお支払いした金額です。仕入れ値ですね。で、こちらが卸値です」

「おろしね……」

「この布を使ってものを作り、それを販売したい職人さんにお売りする値段です。これをもとに、それぞれの職人さんが物を作り、それを販売します。そういう方たちにお売りしていますが、うちに所属している職人さんは従業員というかたちで働いていただいていますので、卸値での販売ではなく、原材料の支給という形になります。お支払いはお給料という形で、とりわけ素晴らしいものを作った時は特別報酬という形でお給料に上乗せをしています」



 セタとソアに、ジェマが帳簿を見せながら説明をしている。

 その言葉を聞いてウェスがりのにそっと囁いた。


「ジェマはなかなか見る目が厳しくて、特別報酬まで行かないことが多いのですよ。その辺りは職人を育てると思って加減しなさいと言っているのですが……」

「職人さんのご性格や、職人さんたちとの関係性にもよりますもんねえ」


 その辺りは職人の性格によるところも大きい。

 りのは昔、オーダーをお願いして前払いしたら、作品がものすごく手抜きでがっくりしたという経験がある。前払いでやる気がますます湧く人もいれば、お金が手に入ったからいいやーと手抜きする人もいる。


(あの時は向こうの国まで行かなきゃいけなくて、大変だったなー。後で、職人の性格とか国の慣習の違いとか考えてやれって師匠に叱られたなー)


 その辺も彼のこれからの課題ですね、一つ一つ学んで大きくなりますねと言うと、ウェスが楽しそうに頷く。育てることも楽しめる人なのだろう。

 そんな二人をおいて、講義はどんどん進んでいた。



「この布の値段はどうやってつけてるんですか?」

「基本的には、布の大きさ、材質、織りの細かさでおおまかなところを決めて、それに布の美しさや希少性、できの良さなどで加算して積み上げる形で決めます。うちでは、こういう布や布製品などについては、下の仕切りで定価をつけますので」


 え、そこまで言っちゃっていいの?

 ちらりとウェスを見るが、ウェスの表情は変わっていないので、まあいいのだろう。


「下の仕切り……?」

「定価のつけ方ですね。この布の仕入れ値に、職人さんにお支払いする分とか、うちの手数料とかを積み上げる形で値段をつけてます」

「?」

「他のつけかたがあるんすか?」

「あります。ええと、うちでいえば食料品とかですかね。だいたいもう定価が決まってるものってあるじゃないですか。パンとか、野菜とか、だいたいどこのお店に行ってもそんなに値段が変わりませんよね?」

「そっすね、多少安いか高いかくらいで、だいたい決まってる感じがあるかも」

「上の、つまり最終的な値段がだいたい決まってて、その金額を作った人や育てた人、あるいは冒険者とかと売った人で分け合う形になるんです」

「ああ、それが上で仕切るっていうことなんですね!」


 こっちでも向こうと値段の仕組みってそんなに変わらないんだなあ。というか、上質の布は本当に貴重品なのか、仕入れ値も大分高い。ここから上代や売値はどのくらいになるのだろう。

 ララの古布については、それを上回る値段をつけなきゃだな、と、耳半分で講義を聞きながら、りのはウェスと話を詰めていった。



 若者三人は真剣に、けれど楽し気に話し続けていた。





お読みいただきありがとうございます。

お休みの間にブクマ、リアクション、そして★評価をありがとうございました。異世界転移・転生のランキングにもお邪魔していたようで、ひゅっとなりました(小心者)

お楽しみいただけると嬉しいです。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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