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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第302話 オタクの限界は早い


「じぇ、じぇまくん……?」


 ビビッて思わずカタコトになりながら呼ぶが、ジェマは反応せず、まばたきすらせず、ただ二人の服をじいっと見ていた。

 じいっと、涙を流しながら。

 じいっと……。


「ジェマ」


 ウェスが静かに呼んだ声で、ぱちりとまばたきをする。そして、ごしごしと涙を手でぬぐい、二人の職人の方へ近づいていった。

 ゆっくりと、ちょっとだけカクカクしている膝を動かして。

 その異様な動きに、セタが一歩前に出てソワをかばう。


 変な沈黙が貴賓室に広がっていて、りのはごくりと息を飲んだ。


 ジェマは二人の前に到着して、そこでやっと二人の服から目を離し、セタとソワの顔を見た。

 じいっと。

 セタの濃い赤色の目と、ソワの濃い青色の目が、困惑と警戒で揺れている。


 ジェマはぱちりともう一つ瞬きをして、そして叫んだ。



「……っすきです!!」



 りのは思わずてのひらで目を覆った。

 視界の端でウェスが同じポーズをしている。


 いやわかるよ、洋服というか布があんまりにも素敵で、好きだなって思ったんだよね、わかるよ。

 でもね、ジェマ君。

 君とその二人の職人さんは、初 対 面 です!

 そんな言葉の機微を分かれなんて言えないよ?

 端から見たら君、商談にやって来た男女にいきなり愛を叫んだ不審者ってことになっちゃうよ……!?


 そんなりのの内心のツッコミは当然ながら届かず、ジェマは震えながら手を差し出していた。



「ああああ、握手してください!!」



 あっあれもう仕事も吹っ飛んでるな……。

 完全に推しに会いに来たファンになっとる……。


 迫られたセタは、ドン引きしていたが、それでも妹弟子が後ろにいるからか、ひくことはなかった。

 差し出された手を、おそるおそる握り返していた。


(ナイスファイト!)


 ジェマは、セタの手を、宝物を奉じるがごとくそうっと、優しく握りしめていた。

 ジェマにとっては、美しい布を生み出す至高の手である。


(あのままだとうっかり手にキスとかしかねないのでは!?)


 はらはらするりのを前に、ジェマはその手をソワにも差し出した。

 ソワは、セタの後ろからセタを一度見上げて、小さく頷かれてから、その手を軽く握りしめる。

 ジェマはそちらの手もありがたそうにていねいに、柔らかく握ってから、ありがとうございます、と小さく呟いた。


 そして、ひどくゆっくりと礼をしてから、ぐりんっとりのを振り返った。

 ひえっ、と思うと同時に、ロゼリアが一歩前に出る。完全に不審者を警戒する動きだった。

 そんなロゼリアを気にも留めず、ジェマは今度はりのの方に近寄って来た。


「リリリリ、リノア様!」


 コオロギかな?


「握手、握手してもらっちゃいました!」

「ちょーっと落ち着こうかジェマ君」

「どうしようもう手が洗えない! 嬉しすぎる……!」

「いやご飯食べる前には洗いなよ、作品だってきれいな手で扱わないとだめだよ」

「手袋じゃダメですか!?」

「指先の感覚が楽しめないけどいいの?」

「イヤです!」

「じゃあ洗いなさい」

「でもでもだって! 握手が! セタさんとソワさんの! 手のぬくもりが!」

「変態っぽいからやめて!」

「変態でいいですあの手は布を生み出す手なんですよその手に触れてしまって僕はどうしたら」

「えーいひとまず落ち着きなさい!」


 限界オタクかよ! 限界オタクだったわ! 私ら仲間だもんな!


 こいつどうしたろ、でも気持ちがちょっとはわかるだけに……とりのが懊悩していると、くくく、と小さな笑い声が聞こえた。

 セタが笑っている。

 その笑いにつられるように、うふふふ、あはははは、とソワも笑いだした。


「ちょ、笑わないでよ……!」

「いやだって、こうなるとは思ってなかったっつうか」

「びっくりした、けど、なんか、ちょっと安心したっていうか」

「だなあ」


 二人で脇腹を肘でつつき合いながら、小さな声で笑っていた。

 二人が動く度に、服が触れ合い、色彩が変化して美しい。

 りのは思わず、その動きが見せる煌めきに見惚れた。


「洋服のために生まれたような布ねえ……動きが出るとなおきれいだわ」

「ひだができるとそこに光がたまってるみたいに見えます。セタさんの緑はきらきらして、ソワさんの青は表情がくるくる変わりますね」

「きれいねえ」

「きれいですねえ」


 正気を取り戻した……取り戻した? ジェマと、布をガン見しながらうっとりと語り合っていると、セタとソワの目がこちらを向いた。


「ありがとうございます、リノア様。この間、リノア様に言われたことを、自分たちなりにかみ砕いて作ってみたっすよ」

「はじめから、お洋服にしようって思って染めて、織りました」


 それがなんかすごく楽しくって、とソワがくるりと一回転すると、スカートの裾がふわりと円を描いてすとんとおさまる。


「いいわねえ、今流行ってるサーキュラースカートのデザインにしたら、きっともっときらきらできれいだわ」

「さーきゅらーすかあと、とは、夜会服で使われている、ダンスが美しく見えるデザインのことですね」

「そうそう、さすがウェスさん。あれは布の動きを楽しむデザインだから、こういう表情の変わる布はぴったりだと思います」


 始めからお洋服にしようと思って。

 それがなんかすごく楽しくって。


 ソワの言葉の沸き立つような響きに、りのの胸も弾んだ。






 一同は、改めてソファに座りなおした。

 ジェマの奇行で、二人の職人の緊張もほどけ、場の雰囲気は柔らかい。

 当のジェマは、うっかり仕事もぶっ飛ばして趣味に走ったことが気恥ずかしいのか、頬が真っ赤に染まったままだったが、目は二人の洋服から離れていなかった。


「――では、リノア様の助言で、動きのある布を制作されたと」

「はい。まあ何からでもよかったんすけど、まず洋服かなって思って。それで、服にするなら動いたときに色が揺れたりとか、きらめきが残ったりとか、そういうのがいいかなって思ったっす」

「ソワさん、これ、先染め……糸を先に染めてから織ったの?」

「あ、はい。縦糸と横糸を別の色に染め分けて、色の変化を調整してます。師匠にやり方を教わりました」

「なるほど、それでこんなに色合いが繊細なのね……」


 ウェスもりのも、聞きたいことはいっぱいあって、それに二人はていねいに答えてくれた。


「――すばらしいです」

「ありがとうございます」


 ほっとしたようにセタが笑った。


(こう見ると、セタ君なかなかいい男よねー。向こうだとイケメン染織作家でSNSから火がつきそうなタイプ)


「リノア様から、お二人が作品を販売する商会を探していると聞いております。ぜひ、ぜひ我が商会で扱わせて頂けませんか」


 熱のこもったウェスの言葉に続けて、ジェマがぴっと背筋を伸ばした。


「あの、展示販売会という売り方で、期限を決めて販売することももちろんできます! 店頭に常に置くこともできます! もし布を使った作品の販売がしたいということでしたら、そちらももちろん大丈夫ですし職人さんのご紹介もします!」


 商機であると同時に、大好きなものをお客さんに渡したいという熱意の感じられる台詞に、セタとソワは顔を見合わせて小さく頷きあった。


「あの、一つ、お願いがあって」

「一つと言わずいくつでも仰ってください!」


 セタの台詞に、ジェマがウェスを押しのけて身を乗り出した。

 ぐいんと二人の顔が近づいて、セタの紅い目が丸くなる。それから、セタは目だけでふわりと笑った。


「!! し、しつれいしました……!!」

「いいえ。――ジェマさん、本当に布が好きなんすねえ」

「は、はい、すき、です……」


 あっジェマ君が茹ってる! ヘルプ、ヘループ!


 それで、お願いって? とりのがそっと促すと、セタはウェスの方を向いた。



「俺たちに、商売を教えてください」


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