第301話 顔合わせ
お出かけの日、りのとロゼリアは前宮の噴水近くのベンチで、親戚のおじさんであるアダンを待っていた。
いつもの町娘の格好をした「ノア」と、いつもの冒険者装備の「リア」となっている。
今日は、計画では本屋へ行ってからウェスたちとバロチ工房へ行く予定だったのだが、冒険者ギルド経由でロゼリアが受け取ってきたメッセージで、予定が変わった。
こちらから、ガディア商会へ伺います。
コニーと二人で行きます。
トビー・キャロウ
そう来たか、とりのは状況を見誤ったことを反省した。
相性はあるだろうがまあ大丈夫だろう、といったララの言葉に、じゃあ工房でじっくり話をするのがいいかな、と思ったのだが、それは少し早計だったようだ。
「うーん、ミスったかなあ……」
「どうしました?」
「もしかしたら、ララさん、工房の場所を教えたくなかったのかもしれない。だからトビーさんたちが来るのかもなって」
は、とロゼリアが息を小さく止めた。
「ガディア商会長が、貴族の係累だからでしょうか」
「可能性はあるよね」
念には念を入れて、工房の場所を隠し、自分の姿も隠して。
表に出るのはガディア商会と取引をする弟子二人。
「リンとしては困りますか?」
「全然。ウェスさんはちょっと残念かもだけど、姿を念入りに隠すにはいい案だと思う。でも、ガディア商会も警戒されてるなら、私ももう少し気を配るべきだったなって反省中」
ちょっと配慮が足りなかったかもしれない。反省。そこまで貴族を恐れるなら、こちらも傷に触れないように注意を払わなきゃだな、と思った。
とはいえ、いつまでも反省モードになっていても仕方がないので、そういえばロゼは冒険者登録してたんだね、と聞いてみた。
冒険者ギルドでは、冒険者同士の手紙やメッセージを預かってくれるサービスがある。そのサービスを利用して、冒険者のロゼリアと冒険者のトビーがやりとりをしているのだが、それはつまりロゼリアが冒険者登録をしているということで。
ロゼリアは照れくさそうに、
「領地にいるとき、冒険者登録をしたんです。兄たちがみんなアトラロの学園に行ってしまって、暇で。それで祖父や叔父たちに相談したら、登録してダンジョンででも遊んで来いって言われたんです」
えー……。
ダンジョンって遊ぶ場所だっけ……?
「な、なるほど……?」
「だから兄や姉たちは登録してないんですよ。私の方が冒険者としては先輩です。ふふ」
ふふって。
ふふって、かわいいー!! ロゼが今日もかわいいー!!
得意げなロゼリアがかわいくて心の中でもんどりうっているうちにアダンがやってきて、三人はガディア商会へと向かった。
ガディア商会につくと、すぐに貴賓室へ通された。
ソファでおいしい紅茶を頂いていると、ウェスとジェマがやってきた。
「いらっしゃいませ、リノア様」
「こんにちはウェスさん」
「こ、こここ、こんにちは、リノアしゃま、さま」
鶏かな?
「ジェマ君、すごい緊張してるね……」
「夕べは眠れませんでした……嬉しくて……あの布を織った方はどんな方なんだろうかと……」
アイドルの握手会みたいなものなのだろうか。もしくは憧れの推しに会うファンみたいな。
苦笑しているウェスの隣で、ジェマはぽやーとしている。
まあこれも経験かなあ、とりのはウェスに向き直った。
「今日のご予定は大丈夫でしたか?」
「ええ、問題ありません。あの布たちの職人さんにお会いするのが最優先事項ですから」
「実はウェスさんも楽しみにしていたり……?」
ウェスは照れくさそうに笑った。
「お弟子さんお二人だけだと伺っていますが、そのお弟子さん方も素晴らしい職人さんですから。今日、作品を持ってきてくださるのだろうかと、わくわくしております」
「それは私も楽しみです!」
つい声が弾んでしまう。
ものっすごくララにしごかれているらしいし、新作があったら嬉しいなとウキウキだ。
その時、階段の下から、重い足音と、その後に続く複数の足音。
護衛と、二人を案内するために階下にいてくれたアダンが上ってきているようだ。
「ジェマ君、来たよ」
「ひゃ、ひゃい!」
座っていたソファからぴょいんと立ち上がったジェマの横で、ウェスも静かに立ち上がった。
じゃあ私も、とりのも立つ。
わくわくとどきどき。
そんな三人の前で、貴賓室のドアがノックされ、アダンの低い声が聞こえた。
「連れてきた。入るぞ」
「どうぞお入りください」
ウェスの声で静かにドアが開いた。
まず姿を現したアダンが一歩横にずれて半身となり、後ろの二人を中へ招き入れる。
「……失礼、します」
「しつれいします……」
入ってきた二人は、灰色っぽいローブをきっちりとまとっていた。
りのはちょっとびっくりする。
工房では、自分の染めた、あるいは織った布で仕立てた服をいつも着ていて、それがとても素敵だったのだが、今日のローブはいわば量産品で、冒険者たちがよく身につける質素な布でできたものだったから。
トビーとコニーは、りのの方を見て、少しだけほっとした顔をした。りのも小さくほほ笑んでおく。
「ようこそいらっしゃいました。私は当商会の会長をしております、ウェス・ガディアと申します。こちらは当ガディア商会で、布製品の部門の責任者をしております、ジェマ・コパスと申します」
「じぇ、じぇま、こぱす、です。よろしく、おねがいします」
わあ、がっちがちだあ……。
ちょっと気の毒になるくらい緊張している。噛まなかっただけよかったのかもしれない。
けれど、トビーとコニーも、その緊張に気を配るだけの余裕はなかったようで、すぐに頭を小さく下げた。
「初めまして。俺はファブリカ・アウロラのセタと申します。こっちは、俺の妹弟子のソワ」
「ソワ、です。よろしくおねがいします」
二人も作家名を名乗ることにしたらしい。
「ファブリカ・アウロラ」
ウェスがぽつりとつぶやいて、トビーが……セタが固い声で説明した。
「師匠の発案で。俺たちは、師匠の工房の職人ですが、作品を出すときは、一人の職人として出せ、と。その際は工房名ではなく、職人の集まりとしての集団名を名乗るように、と言われてます。『セタ』も『ソワ』も、俺たちの職人名で、本名ではありません」
「その辺りの事情はリノア様から伺っております。なるほど、織り染め職人集団として、職人としてのお名前なのですね」
「はい。『アウロラ』は、その、ノアさん、じゃなくて、リノア様に名付けて頂きました」
皆の視線が集まって、りのはほほ笑んだ。
「グループ名……集団名をつけたいが、お前さんの世界では『夜明け』は何て言うんだと聞かれましたので。『アウロラ』は、私の世界でも古い言葉で夜明けを意味します」
「そうでしたか。『アウロラ』……ふしぎな響きの、美しいお名前ですね」
「ありがとう、ございます……」
穏やかな目を向けられて、小さくセタは頭を下げた。
「ではどうぞお座りください」
「――――失礼します」
二人は、座る前に首元のローブの紐に手を置いた。座るならローブは脱ぐだろう。
(あ、これ、もしかして)
二人の職人は少しためらっていたが、目を合わせて、覚悟を決めたようにローブの紐をしゅるりとほどいた。
「おお……」
「きれい!」
飾り気のない灰色のローブの下から現れたのは、りのも初めて見る布、じゃなくて服。
「俺たちの、最近の布で、仕立てました。いかがでしょう」
セタが着ていたのは、落ち着いた青緑のスラックスに、淡い、少しだけ青みの強い黄緑色のシャツ。日本で夏虫色と言っていた色によく似ていた。緑のグラデーションで、どちらも決して派手な色目ではないのに、輝くような生命力に満ちている。セタの染めは、ララにもないこの強い生命力が本当にすばらしい。
(あの青緑、いい色になるわ……青みが少し抜けて、上品な緑になりそう。初夏の山の色)
コニー……いや、ソワが着ていたのは、きらきらと輝く白のシャツに、上から下へ行くにつれて濃くなる青のグラデーションのスカート。シャツは、目に刺さる白ではない、口に入れたらとけそうな雲のやさしい白さで、そこに光が入るとちらちらと柔らかく光を反射している。ラメというほど鋭くはなく、水晶の粉をまぶしたみたいだ。スカートは、上の方は青空のような色だが、裾にいくと夜のような紺色になっている。なんてきれいなグラデーションだろう!
「すごいわ、スカートに空がある……」
「そうなんです! そこを狙いました!」
弾けるような笑顔がかえってきた。
ソワの染めはとても繊細だ。あわいを掬いとるような手は、ララ譲りなのだろうか。
どちらの服も、デザイン自体はとてもシンプルで、だからこそ染めと織りの美しさがわかりやすい。
布を見せるために、あえてそういうデザインを選んだのだろう。
「すばらしい……ジェマ、お前も、ってジェマ?」
ウェスの感嘆の声に続いた戸惑いの声に、りのが布から目をひきはがしてジェマを見ると。
だばー。
ジェマの目から、滝のような涙が流れていた。
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