第308話 テオのおしのび
テオドールはついと視線をそらした。
「リン、どうしてそのように?」
「ロビン君と仲がいいっていうのももちろんだし、それに『地雷ふみ』を知ってたからかな」
テオドールがびっくりしたようにりのの方に視線を戻した。
「『地雷ふみ』っていやあ、子どもの遊びじゃなかったか?」
「そうなんですか? 私は聞いたことがなく」
「外遊び……子どもたちが何人も集まって、外で追いかけっこする種の遊びだからね。高位貴族の人たちは多分、そういう遊びはしないんじゃない? 実際、カーティス君もリシェも、ローラン殿下も知らないみたいだったし」
カーティスとローランが乱入してきたお茶会の時に、少し鬼ごっこの話題が出た時のことだ。
そういう外遊びのことを全く知らなかったのだろう、「こっちの世界では『鬼ごっこ』ではなくこういう」とか、「ああ、あれみたいな遊びか」とか、それに類する話題が一切続かず、カノン以外の三人は不思議そうな顔をしていた。
「そうですね。高位貴族の子女が集まって何かをするならば、それは剣術や魔術の鍛錬や勉強、遊びとしても散歩やお茶会になるように思います」
まあチェル様はフィンレー様たちをひきつれて外遊びでどろどろになっていたらしいですが。
りのは心の中で呟く。本当にあの王妃様は規格外だ。
だからこそ王妃に選ばれたのだろうが。
「でも、テオ君、私に言ったよね、『地雷をふんだ』って」
はっとテオドールが目を見開いた。
「だから、どこかで『地雷ふみ』の話を聞いたか見たかしたんだろうなって。まあテオ君、王城のいろいろなところに出没してるみたいだから、その人たちに話を聞いた可能性もあるかとは思ってたけど、今日会っちゃったからね」
「そういえばリノア、お前さん、なんであの時、テオドール殿下だとわかったんだ?」
「そうですね、私にはまったくわかりませんでした」
わあキタキタキター!
その質問来ると思ってたよ……!
ひそかに汗を流しながら、顔だけはいつもと変わらず薄い微笑みを浮かべて、りのは用意していた理由を口にする。
「街の中にいるときは、怪しい人がいないか、魔力をできるだけ感知するように気をつけてるんだけど、テオ君がそばを通った時、なんか知ってるような魔力だなって。それで注意して見てみたら、魔力と色が揺らいで見えたの」
実際は「サーチ」にテオ君とタグをつけた魔力が現れたことがきっかけだけど、まあ嘘ではないので……。
「じーってみてたら、こげ茶の奥に金色がちらりと見えて。このくらいの年の子で、金色で、私が知ってる子なんてテオ君くらいしかいないからね。というかテオ君、あの偽装の魔道具、どうしたの?」
話を逸らす目的もあり、気になっていたことを聞いてみると、テオドールはわずかに胸をはった。
「あれは、僕が作ったんだよね!」
あちゃー。
アダンとロゼリアが動かなくなった。
そりゃそうだ、自作されたら脱走を防ぐ難易度が跳ね上がる。
「誰かに教わったの?」
「基礎は、一時期来てた魔術の教師に少しだけ。後は現物見ながら自分で考えたんだ!」
「その先生って、」
「もう今は来てないかな」
しれっと言うテオドール。
言葉の端から、追い出しましたやめさせましたというニュアンスが感じ取れた。おそらく、ガズメンディかダルクスか、その辺の紐がついた教師だったのだろう。
「なるほどね。自己流だから劣化も早かった感じかあ……」
「リノア様のこれ、すごいよね。魔術陣が細かいのにすごく安定してる。魔道具としても小さいのに機能が多いの、僕びっくりしちゃった」
「あげないからね? ちゃんとお城に戻ったら返してよ」
「えー」
「えーじゃありません」
渡さなくても、そのうち自分で作りそうなところが怖い子どもだ。
頭が切れ、魔術の才能があって行動力と思い切りがあって、なのに運動神経がない。
――――これは、一番捕まっちゃうやつでは?
アダンとロゼリアも同じことを考えていたのだろう、眉間に薄く皺を寄せて考え込んでいる。
(テオ君のうっ憤とかもわからないではないんだけど、ねえ……)
「テオ君、街に出て何をしてたの?」
少し圧を込めて聞く。
テオドールもわずかに背を伸ばした。
「はじめは、暇だったから何かしようかなってだけだったんだけど。――兄上が、街に出たいけど許してもらえないって言ってたのを偶然聞いて」
「うん」
「安全上、兄上が外に出ない方がいいのはその通りだと思ったんだ。だから、兄上の代わりに僕が行っていろんなものを見て、お伝えしたいなって思ったの」
「うんうん」
本当に根っからのブラコンなんだなこの子……。
しかもちょっと駄目な方の。
「僕の方はまともな護衛騎士がいなかったし、偽装の魔道具さえあればいけるなって思って、まず魔道具を作って抜け出したんだ」
「門番に止められなかったのですか?」
「――出入りの商人が門を通った後、少し時間を置いて、旦那さまーって言いながら追いかけるフリで走ってたら、わりと見逃されるんです」
聞いたアダンが、とうとう片手のてのひらで目を覆った。
自分の幼さと門番の善良さを存分に生かしたやり方だ。子どものやり口ではない。
「――――殿下の教育係は、今、どなたが?」
「ついてませんよ」
「は?」
「ほら、今、いろいろ入れ替えがあってるから、ね?」
ね? じゃないんだよなあ……。
「――うん、それで、街に下りてどこに遊びに行ったの? ディリエ書店だけ?」
「ええとね、はじめはやっぱり怖かったから、前宮の広場でベンチに座ったり、噴水を見たりしてたんだ。そこで、集まってる民たちの話に耳をすませたりしてた」
そういうところは慎重なんだね……。
わかるよ、私も同じことすると思う……。
「でも、兄上が知りたいって言ってた民たちの暮らしは見えてこなかったんだ。これじゃだめだなって思ってたら、前宮から馬車が出てることに気づいて、それが戻ってくることもわかった。発着を見て金額も大体わかったから、馬車で移動するようになって、いろんなところに行ったよ。あ、でも、」
眉を跳ね上げたロゼリアの様子に目ざとく気づいて、テオドールは両手を胸の前でひらひらさせた。
「さすがに、城門の近くまでは行かないようにしてる。リスラン街とラハラン街、行ってもバーリ街やユマ街くらいまでかな」
「――――そう、ですか……」
酸っぱいものを噛んでるみたいな言い方で、ロゼリアが頷いた。
「ユマ街まで行ったら民たちが暮らしてるところや子どもたちが遊んでるところも見られたから、その辺を歩いて、兄上にお伝えしたいことを集めてたの。ディリエ書店はもともと本の取り寄せを依頼してたところだから、いっぺん自分の目で見たいなと思って行ったんだ。それで、ロビンと仲良くなって」
テオドールが初めてディリエ書店を訪れたころ、ロビンの母親は娘、ロビンの妹と共に体調を悪くしていたらしい。体の弱い妹の看病疲れから病を拾ってしまったようだった。
よく似た境遇のロビンとテオドールは、自然と仲良くなったのだという。
「なるほどねえ。その間、誰かに追いかけられたとか、怪我をしたとかはなかった? 大丈夫だった?」
そのりのの言葉に、テオドールは照れくさそうに頷いた。
心配されるのに慣れていない、王子らしくないその様子が切なかった。
「大丈夫。第二騎士団の駐在してるところを頭に入れておいて、嫌な感じがしたらすぐそっちの方角に行くようにしてるんだ。そしたら、たいていは離れていくから」
「そっかー……」
一応、安全に対する意識はあるから今までトラブルに巻き込まれてなかったんだろうけど、根本がだめなんだよねえ……。
りのは内心で頭を抱えた。
どうしようね、この子。




