46.将来
人工義手で投球する=アウト
道具を使う=絶対アウト
自分の腕で投げる=当然セーフ
自分の腕に人工骨を埋め込んで投げる=??
いや、埋まんないだろ普通。どんな腕だよ?無理やり伸ばすのかよ?
学校に戻って、みんなはキャプテンを問いただした。
「まあ聞け。イヌイの投球を認めたのは、確かに高野連の責任なんだ。ルールブックにも、片腕はともかく、腕が長い奴の投球を禁じるなんて乗ってない。だが、その腕が人工のものかどうかを調べなかったのは、確かに怠慢であり、責任を問われても仕方ないだろう」
「そこを、俺たちは抗議しに行ったんですよね」
キャプテンは頷く。
「でも、イヌイの腕が人工のものかどうかは…」
「能口、その話は後にしてくれ」
手でそれ以上を制すると、話を続ける。
「一回戦で俺たちを破った時点で、そうすべきだったんだよ。だが、俺たちは昭和の監督のように試合後に抗議しなかった」
「だって、そんな事誰が気づくんですか」
「俺はすぐに思ってたぞ。でも、俺たちは野球で負けた以上、下手な抗議はしたくないと思ったんだ。それに、イヌイの腕が人工かどうかは、別の話なんだ」
「え…?」
「とにかく、海浜と対戦した高校は、誰も不正投球などとは思わなかったし、抗議もしなかった。その時点で、本当は訂正を求める権利を失っているんだ」
「唯一、最初に抗議した昭和の監督が、その権利を有効に活用したと…?」
「ま、ありていに言えばな」
「そ、そんな…野球をなんだと思ってるんですか?!」
「少なくとも昭和の監督は、きちんと考えていると思うぞ。例えば五回戦の西智のバカ監督よりはな」
「な、なんですか、それ」
「あいつは、イヌイの精神面を攻撃していたが、もっと単純に“腕が長いのは不正だ”と言えば良かったんだがな。ま、その辺は、うちの監督が猛烈に抗議していたけど」
「ああ…」
「自分のチームの選手が可愛ければ、どんな手を使ってでも勝たせてやりたいのが監督だ。まして、相手はあらゆる意味で常識外れな奴だからな。同情の余地などないだろう?
高野連の不備、他のチームの監督の不備が重なれば、自分の主張も通ると昭和の監督は計算してただろうし、それで押し切る力もあるからな」
「そんな…」
イヌイにだって野球をする権利はあるだろう。
いや、他になにも出来ないイヌイだからこそ、野球をさせてやらなくてはいけないんじゃないのか…?
「昭和の監督は、少なくともその辺の計算は出来ていたはずだ。だから、大事な決勝戦を、あえて選手たちに任せていた」
「じゃあ、尾形や他の部員たちは…」
「監督の意向は、知っていたと思うぞ。でも、出来れば自分たちの力でイヌイを倒したいと思っていたんじゃないか」
尾形が、なんで自分の応援席を尋ねてきたり、翌日の朝に電話を掛けてきたりした理由が、やっと判った。
だから、延長の回数がかさんでもマウンドを降りなかったし、200球以上投げたりしていたんだ。
最後は、イヌイに怪我を負わせてまで勝とうとしていたのも、それを昭和の監督が指示も止めもせずにただ選手の判断に任せたのも…
「能口、あいつら昭和の選手を、だから責めるなよ。アイツらはアイツらなりにやるだけの事はやったんだ。甲子園に行く資格は、充分あるぞ」
「キャプテン。そこまで判っているなら、俺たち何も、高野連まで抗議に行く必要はなかったんじゃ…」
「ああ、あれは、俺の趣味だ」
能口たちナインは、一斉にどっちらけた。
「キャプテンっ!」
「冗談だ」
「そんなこと真顔で言わないでください」
「そうだな…
俺自身、自分たちの試合の結果にも、昭和のやり方にも、高野連の決定にも、いま一つ納得行かないものがあったんだよ。だから、これは俺なりの、そして多分、お前らなりの、ケジメのつけ方だと思ってくれ。
ただし、俺たちの監督がすでに呼びつけられていたとは思わなかったがな」
…そう言われると、能口たちも黙って頷くしかなかった。
元々、無理を承知での抗議ではあったのだから。
「で、肝心の、イヌイの腕を人工物と認めるかどうかなんだが」
キャプテンは能口に尋ねるように、みんなに向かって言った。
「…はい。俺がピッチャーとして言わせて貰えば、もし俺がいくら速い球を投げたいと思っても、腕を伸ばす改造手術なんでしませんね」
「いや、普通はそうだろうけど、そういう奴がいないとは言い切れないだろう?」
「そうじゃ無くて…言葉が足りないよな…単に人工の骨を入れるだけじゃ、意味がないってことなんだ」
「しかし、あの高さから投げ込まれるのは、まさしく驚異だぞ」
「しかも、恐ろしく速い上に、変化球まで投げられるんだろう?」
「ああ、理屈から言えば腕が長いのは絶対に有利だ。
テニスの一流プロ選手がたたき込むサービスが、230キロ位だけど、それはテニスボールの軽さもあるが、まずラケットを使う事によって出来るからだろう。
サーブを打つインパクトを代える事で、同じ振りでも自在に変化させる事もできる。同じ理由で速くも遅くもできるし、まして自分の指でボールを触れるからな。
片腕が無くて、振りかぶれないイヌイにとって、そういう投げ方しか出来ないのも理由だが、それはイヌイ自身の力を最大限に引き出してもいるんだ。
肩の遠心力を最大に生かすためには、腕は長ければ長いほどいい」
「初歩的な力学の講義だな」
「ああ。そして、その力学の理屈から言えば、普通のピッチャーの二、三倍の力が肩や腕、足腰にかかっているのも間違いないだろう」
「…理屈だな。でも、それはいい球を投げるためにどんなピッチャーでもやってることだろう」
「当然だ。そしてイヌイは、その分俺たちの倍以上のトレーニングをこなさなけゃならないし、少々の怪我でも長過ぎる腕に過負荷をかけることになる。
決勝の最後で、イヌイが全身に怪我を負ってから、全力で投げられなくなっただろう。あの時、初めてイヌイは肩で息をし始めたんだ。今までは全身を使って投げていたから、楽々としていられたのが、腕だけで投げるようになってからはバテ始めていた。剛速球を涼しい顔で投げ続けていたイヌイが、あのヘロヘロ球を投げてバテてるんだぞ」
「ただ、腕が長ければいいってものじゃないのか」
「ピッチャーとして言えばな。人間の体はバランスよく造られているんだ。そのバランスを壊せば、どこかに無理や負担が掛かるのは当たり前だし、それを努力して補う力を持っているのもまた人間だろう。
イヌイは自分で、あの力を勝ち取ったんだ。誰から与えられたのでもない。
そして、打ったり守ったりすることは、イヌイにはほとんど無理だ。そもそも野球じたい、一人では出来ないし、それまでは誰もイヌイの思いを受け止められるチームはなかったんだ」
「能口…」
気づかないうちに、能口は泣いていたらしい。
自分でも知らないうちに、目元が熱くなっている。
「大体、骨を埋め込んだからって、腕がその分伸びるわけないじゃないか。順番が逆なんだよ、きっと。
アイツの腕が異常に伸びて、骨の成長がついて行かなくなったから、手術で人工の骨を埋め込んだんだ。
普通、腕にメスを入れたら、投手生命はおわりだ。でも、アイツ、あんな風になるまで鍛え上げていたんだ」
ちょっと考えれば、すぐに判る事だ。
しかし、俺はアイツの事を一時とは言え、信用しなかった。
なにがサイボーグだ。アイツの野球に対する情熱は、あの太い腕と、投げ込まれたボールを見ればすぐに判るじゃないか。あそこまで鍛え上げるのに、どれくらい投げぬいたのか…
「だから、俺はイヌイに投げ負けた事を、今は後悔してないぞ。むしろ、アイツと戦えて誇らしいし、将来プロの飯を食うようになっても、アイツと戦い続けたい」
「そうだな」
キャプテンが、ぽつりと呟いた。
「だがな、それは無理かもしれん」
「な、なんで…?」
「高野連は、正式決定としてイヌイの投球行為を認めなかっただろう?
プロ野球界も、その判断を踏まえてアイツの事を扱うはずだからな」
まあ、筋肉って、血の通ったゴムですからね。
神経って、筋肉が育てばその分伸びますからね。
伸びすぎて困った。そうだ、人工骨、入れよう!
やはり、この作品はSF…




