43.甲子園辞退
終章。
は?甲子園辞退?
お前、全部受け止めて甲子園に行くんじゃなかったのかよ?
長い長い決勝戦の終わった翌日、能口は一般紙のスポーツ欄に乗せられている結果に愕然とする。
南東京大会で海浜高校が優勝するも、甲子園出場を辞退する…
イヌイの投げる写真と共に、記事が掲載されていた。
「なんで…」
理由は特に明記されていなかった。
まだ、確認段階の報道ということだろうか。
テレビ欄を見ても、特に扱われている様子はない。
「昨日の怪我が、酷いからか?」
それならそうと、記事になっているだろう。
理由が示されていないのが、どうも判らない。
取り敢えず、尾形の家に電話をかけてみることにした。
「出ない…あいつ、電話番号変えたかな?」
掛け間違いかと思い、昭和高校の電話番号を調べる。
10回ほどコールが鳴って、慌ただしそうな空気の中、事務的な女の人が応対にでた。
「あの、俺、ピッチャーの尾形君の知り合いなんですけど…」
「えー、野球部関係の方ですか?」
「そうです。彼に連絡を取りたかったのですが、連絡先を教えて頂ければと思いまして…」
「そのような用件には、お答えできないことになっているのですが」
声が、ややキツイ。
もう何度も電話に出ている感じだ。
あの決勝戦を見ていた観客もそうだし、注目されていた一戦でもある。
イヌイも、新聞の記事になるほど有名になってきたし、物足りない報道に業をにやした者もいるだろう。
そうした対応に追われているみたいだ。
甲子園出場の祝祭気分どころではないのは、仕方ないだろう。
「いや、ゴシップとか抗議とかじゃなくて、昔のチームメイトなんです。能口と伝えて貰えれば判ると思いますが…」
「いえ、とにかくこちらではお答え出来ませんので」
一方的に切られてしまった。
「なんなんだよ…」
学校にいってみれば、なにか判るかも知れない。
不安な気持ちを抑えながら、部室に顔を出した。
昨日、決勝戦を見に行った連中は、もう全員集まっている。
「遅いぞ、能口」
「俺が最後かよ」
つくづく、こういうことには特別な団結力を発揮する連中だ。
一回戦負けだったが、この野球部で野球が出来て良かったと思った。
「で、どうなんだ尾形は?」
代表して、キャプテンが尋ねた。
「ええ、自宅に連絡してみたんですが、誰も出ないので、番号でも間違えたかと思って高校の方に掛けたんですけど、要領を得なくて…」
「ああ、高校はだめだ。今朝からテレビや記者が詰めかけてる」
「そうなんですか?棚ぼたでの優勝とはいえ、騒ぐほどのものじゃ…」
「いや、違うんだ。ついさっき、ニュースになったからお前は知らないんだろうが…」
携帯のテレビを持ってきた部員がおり、ちょうどニュースを扱っている所だ。
「高校球児、不正投球疑惑??」
何のことか、さっぱり判らない能口。
「腕の中に人工物を仕込んでの投球…」
「健全な青少年を育成するという高校野球の精神に反しており…」
「高校野球連盟としては、とても看破できる状況ではなく…」
能口は、ぼやっとした意識が、徐々に形を帯びてくるのを感じていた。
これ、イヌイの事を言っているのか?
あの腕が、人工物だって?
サイボーグって事か、もしかして?
俺は、サイボーグに負けたのか…?
「おいっ、よせっ!」
キャプテンの号令で、一斉に南洋第一ナインが能口に飛び掛かった。
拳を振り上げて、力任せに壁を打ち壊そうとしたのだ。
「バカヤロッ!お前の腕は壁を壊すものじゃないだろうっ!」
「まったくだ、このバカ」
「放せ畜生っ!」
やり場のない怒りに震えながら、親の仇でも見るようにテレビを睨み付ける。
「…良かったぜ、俺たちの前でブチ切れてくれて」
「だって、俺たちは…」
「黙って続きを聞いてから判断しろ」
テレビに、インタビューに応える監督が出てきた。
昭和の監督だった。
「今回の提訴によって、高校野球全体を脅かす不正な投球行為を未然に防ぐことが出来たことは誠に喜ばしい事であります。健全な青少年の肉体に、人工骨を埋め込むなどという改造手術を認めることは、一指導者として断固許される事ではないと決意しております。高野連のみなさまが私の提訴を尊重して頂いたことは…」
「人工骨…?」
「そうだ。昨日の試合の後に病院にいって判明した。イヌイの長い腕には、人工の骨が埋め込まれているんだよ」
確かに、人間として異常な体だと思っていた。
だが、機械で出来た腕を想像していた能口は、なにか釈然としないものを感じていた。
もし、自分がピッチャーとしてもっと凄い球を投げたいと思っても、腕の中に人工の骨など入れるだろうか。
そもそも、骨を入れても腕は伸びないだろうに…
「なんか、おかしいですね、この話」
「だろ?」
「…それにしても、キャプテンもみんなも、随分と冷静でしたね」
「そうでもないさ。部室の部屋割り、なんか変わったと思わないか?」
「そう言えば、ロッカーってここでしたっけ?」
部員たちが、ロッカーを持ち上げてずらして見せた。
「…」
あちこちと、木造の壁が陥没している。
よくよく見ると、みんなの手が赤く腫れているし、出血している者さえいた。
「野球選手は、拳を大事にしなきゃだめだ。第一、結構イタイ…」
昭和の監督、最初からこれ狙いでしたか。
最初から反則勝ち出来ると分かっていたなら、多少の選手の無茶も許容できたわけです。
いえ、むしろ選手たち、特に尾形が、あれと真っ向勝負して打ち負かしたいとバカなことをほざいたもので、やらせてやることにしたんですね。
こんなにけが人が出るなら、選手を疲労させるなら、止めるんだった…




