37.やるからには、容赦なく
ぶつけられた方は、元々腕の無い肩。痛い以外は、影響はそれほどでもないです。
そういうことでは、ないのです。
ベンチの中で、テキパキと海浜のキャッチャーが応急処置を施していく。
「直接、骨に当たってんな。筋や筋肉じゃないだけましだ。ただ、しばらくは腫れるし痛いな」
「…あいつ、わざとだ」
うめくような小声で、イヌイが言った。
「わざと?」
「ああ…」
「…どうする」
「借りは、返す。絶対に」
「だろうな」
ニヤリと笑うと、わざとらしくぶつけられた肩をキャッチャーは叩いた。
「ウギャアッ!」
「その元気があれば大丈夫だろう。さっさと塁に行け」
イヌイは、恨めしそうに睨み付けながら、一塁ベースに向かった。
~ ・ ~
尾形は、すぐにファーストの二番手ピッチャーと交代した。
塁のカバーに入った尾形を、イヌイが睨み付ける。
当然といえばそうだが、イヌイが地区大会で塁に出るのは初めてである。
リードも取らないし、まして盗塁することなど論外だろう。
「どういうつもりだ」
「別に」
「わざとぶつけただろう」
「まさか」
「真剣に勝負するんじゃ、なかったのか」
「勝つためだ」
尾形は心底悔しそうに、しかしそれでもきっぱりと言い切った。
「俺にぶつけて、投げさせないようにすることでか?」
「そんなヤワな奴じゃ、ないんだろ」
一塁に投げられた牽制球をキャッチして、儀礼的にイヌイの胸を叩いた。
リードも取らないランナーに牽制など無意味だが、2巡目に入るトップバッター相手に、間合いをとったらしい。
「じゃあ、どういうことだよ。なんで俺に投げたんだ?」
「責任をとるためだ」
「責任?」
カキーン…
久しぶりに響く快音に、イヌイは反射的に走りだした。
ボールが目の前を抜けていく。
セカンドが全速力で走り、抜けそうなボールに飛びついて止めた。
「げっ、それ取るかっ?」
ドタドタと走るイヌイを見ながら、尾形は倒れたセカンドからトスを受け取る。
ステップを切って、勢いよく2塁ベールカバーに入ったショートに送球。
さすがに鍛えられた守備である。
巨漢を倒して、慣れないヘッドスライディングするイヌイ。
ボールはやや高くそれて、カバーのショートがジャンプしてボールをキャッチ。
なんとか伸ばした長い手が、先にベースを触った。
「セーフ!」
しかし、その真上に遊撃手のスパイクが落ちる。
「ギャっ!」
激痛に、叫んだイヌイ。
バランスを崩した遊撃手は、そのままイヌイの体の上に倒れ込んだ。
「た、タイム!」
二塁球審が審判が試合を止める。
他の審判も集まってきた。
海浜のベンチから、キャプテンが出てくる。
それに合わせるかのように、昭和の選手も二塁ベース付近に集まってきた。
観客席も、ザワザワとし始める。
昭和の遊撃手は、すぐに起き直った。
しかし、イヌイはまだ起きない。
「わざと、くさいな」
「まさか。ラフプレー、とは言えないだろ?」
「送球はギリギリだったし、今の尾形に送球のコントロールは求められないんじゃねえか?」
「一塁に投げれば確実にアウト取れたはずだ?なにもギリギリの二塁に投げることはないだろ」
「いや、ピッチャーのファーストへのベースカバーが遅れていた。それに、ああ見えて、海浜の1番バッターは結構足速いぞ」
「まあな。足の遅いイヌイを刺した方が確実性は上という判断も、あるか…」
「状況としては、不可抗力だな」
キャプテンが腕を組んで、険しい顔のまま言った。
「だから、審判も、海浜のナインも、なにも言わないんだよな。
ただ、尾形のコントロールは、別に関係ないな。イヌイにぶつけた時は、間違いなく肩を狙っていた」
「…あいつ、かっこわるいって、このことなのか?」
愕然とする気持ちを、能口は抑えられなかった。
新品のユニフォームをドロドロにしながら、イヌイが起きなおった。
海浜の客席から起こる歓声に、イヌイは息を切らせながらも、手を上げて応えた。
海浜のキャプテンがその様子をみて、コールドスプレーをかけている。
「まずいな。がっちり踏まれてるぞ」
「でも、治療にいく様子、ありませんね」
「そこまでの必要はないということだろう?」
「いや…スパイクを履いた靴で踏まれてるんだぞ。後で絶対に腫れる」
「なに考えてるんだ、アイツ?」
「代わりは、いないのさ」
明らかに、勝利のために、チームとして、イヌイ潰しに動いています。
汚くても卑怯でも、強い方が勝つのです。
何が何でも、何と言われようと、どうしても勝ちたいのです。




