36.やるからには、徹底的に
よく、退場にならなかったな。
ってか、しれっとデットボールです、と一塁に行こうとするんじゃないよ尾形君。
ってか、本当に大丈夫か?病院で精密検査だろう、本来なら。
昔は、意外にそういうことは無かった、というか、当たり前にプレイしていた、と思います。
まあ、わざと当たりに行った、ということは、まともに当たらないようにはしておいたのでしょう。
周囲も、あまりに見え見え(そりゃそうだ)なので、あまり騒がなかったようです。
粉々に割れたヘルメットが、衝撃の凄さを物語っていた。
普通の球がぶつかっても、メットは滅多なことでは割れたりしない。
その破片を踏みしめながら、尾形が立ち上がった。
「だ、大丈夫、です。ちょっと頭がフラフラするだけ…」
「き、君、無理しちゃいかん」
「大丈夫です。大丈夫ですから
しきりに頭を気にしながら、尾形は取り囲んだみんなの前で力のない笑顔すら見せる。
一塁に向かおうとするのを、審判が止めた。
「今のコースはストライクだ。君の行動も、ボールを避けようとしたようには見受けられない。1ストライクノーボールで試合は続行される…本当に大丈夫か?」
「ああ、すいません…」
「バカヤロっ、代われよ!」
駆けつけた能口は、大声で怒鳴った。
「お前に?バーカ、こんなおもしろい勝負、誰が譲ってやるか」
「ふざけてる場合か!頭撃っておかしくなったんじゃないのか?!」
「…君、試合中だから、部外者は入っちゃいかん…」
審判の声に、はっと能口は我に帰った。
海浜のナインも、能口のことに気づいたようだ。
「尾形、お前いい加減に…」
「いいから黙って見てろっ!いくらかっこわるくても、勝つのは俺たちだ!
『野球は強い方が勝つんじゃない、勝った方が強いんだっ!』」
尾形といっしょのチームだった少年野球で、監督が口癖のように言って言葉。
最初は決してうまいチームではなかった。
だが、その言葉に乗せられて、能口はうまくなったようなものだ。
尾形とエースピッチャーの座を争う姿に、他のナインも練習に励むようになり、いつしか地区最強の少年野球チームと言われるようになった。
俺たちの、原点の言葉…
「判った。骨は拾ってやるから燃え尽きるまでやれっ!」
そう言い残して、イヌイの方を見る。
イヌイは、震えていなかった。
泣いても、いなかった。
怒ってもいなかったし、憐憫の様子もなかった。
イヌイは、全て判っているように、頷いてみせた。
~ ・ ~
尾形は、全くバットを振らせて貰えないまま、三振に仕留められた。
二球目も、内角高めストレート。
初球と寸分違わぬコースに決められた。
そこから、一番目線の遠い外角低めで止めをさされた。
「アイツ、デットボールでもいいから塁に出ようとしたんだな」
「あのイヌイの剛速球に体を張るなんて、自殺行為だな」
「ただの馬鹿だ。イヌイはストライクゾーンにしか投げないんだから、当たってもカウント取られただけだろ」
言い捨てたが、それでもほっとした能口だった。
たしかにかっこわるいが、それでも尾形は野球をやりたいのだろう。
俺が好きになった。
そしてあいつも好きになっただろう。
あの、怪物ピッチャーと。
海浜の延長53回表の攻撃も、二番手ピッチャーは付け入る隙を与えない。
七、八番はあえなく凡退し、左打席にイヌイが立った。
海浜のナインはそうそうに守備の準備を始める。
その手が、急に止まった。
昭和の監督が出てきて、審判にピッチャー交代を告げたのだ。
「ほお、こんな所で変えるのか?」
「イヌイに投げさせて、次の回からにすれば…なにぃ?」
ファーストの尾形が、マウンドに上り、二番手ピッチャーがそのままファーストについたのだ。
昨日、50イニング200球以上投げており、しかもついさっき頭にヘルメットが割れるような投球を受けたばかりである。
投げられるはずが、なかった。
普通の状態なら。
しかし、現にイヌイが同じ条件とすら言えない中で、倍以上の球数を投げている。
こいつにだけは、自分の手で投げたいのだろう。
「気持ちは判る、いや、判りたくないけどな」
「ほんと、とことんかっこわるいですね」
海浜ナインの評価をよそに、昭和の応援席が盛り上がる。
昨日の力投を、観客も充分判っているのだ。
「まあ、ここまできたら、好きにやらせるしかないんじゃないか。どうせイヌイは打てる訳ないし」
当のイヌイも、この起用には首を傾げていた。
それでも、相当なめられていることは判ったのだろう、バットを構える真似だけはしている。
審判が、マウンドの尾形に近づいていく。
「君、本当に大丈夫かね」
「大丈夫です、やらせて下さい。お願いしますっ」
審判は、じっと尾形の顔色を観察している。
やがて、頷くと、投球練習をするように言った。
「いえ、それはいいです。すぐ始めて下さい」
審判は一瞬意外そうな顔をしたが、昨日の今日だということを思い出して頷いた。
「プレイ」
コールがなされ、尾形は右横手の構えで振りかぶる。
歯を食いしばって、思いっきり投げ込んだ。
左打者のイヌイに向かって行くように、ボールが走る。
インコース高め、自分の長い腕では振り抜けない。
イヌイは早々に打つことをあきらめた。
が、ボールがシュート回転して、自分の右肩目掛け跳ね上がってくる。
「うわっ!」
避けようとしたが間に合わず、肉を潰す嫌な音を立てて死球を食らった。
「ウウッ、ウウ…」
痛さのあまり、イヌイは転げ回った。
失った腕の、ちょうど付け根の辺りに当たり、骨に直接響いている。
「だ、大丈夫ですか?!」
駆け寄った尾形を、イヌイは苦痛にゆがんだ顔のまま見つめた。
と、ふいに、尾形が視線をそらした。
「デットボール、ランナー一塁」
審判が宣告した後、治療のためにタイムが取られる。
一般客が乱入しました。速やかに排除してください。
結構な新聞記者とか来てるんだから、そういう真似しちゃだめでしょ、能口君。
イヌイの打席でピッチャー交代。もう、ぶつける気満々ですね。
自分がぶつけられた(ぶつかりに行ったのでは?)ので、報復としてぶつけてやる。
イヌイを(物理的に)潰せば、俺たちの勝ちだ。
勝った方が、強いんだ。
…どいつもこいつもバカばっかりだなこの作品。




