32.日没サスペンデット
決勝戦なので、決着がつくまで試合は続きます。
選手も大変ですが、応援団や観客も大変です。
延長十八回を終わって、両チームとも0-0のままである。
イヌイはここまで、初回に安打1を許したものの、後の打者はことごとく三振に取っている。
毎回二桁安打、二桁得点を誇る昭和高校野球部が、50三振を喫している。
バットに当てたのは、最初の内だけである。
あとは、全く同じフォームから繰り出される多彩な変化球と、時速150キロを超える直球のコンビネーションに、バットをかすりさえしなかった。
一方の尾形は、まだ一本の安打も許していない。
海浜の打者が打ち気なら、沈む球を引っかけさせるし、様子見なら打ち頃のストレートをコーナー一杯にていねいに決めていく。
完全試合の条件は今だ続いており、球数を節約しながら、安打は許さないという、頭脳的なピッチングでもある。
昭和の監督も、ピッチャーを変える素振りは少しも見せない。
まさに、エースピッチャーに試合を任せきりにしており、尾形もその期待に十分すぎる程応えている。
試合自体はテンポよく進んでいるのだが、単調な膠着状態になっているのもまた事実である。
両チームの打線とも、手をこまねいていた訳ではない。
海浜の打者は、振らないで2ストライクまで様子をみたり、セーフティバントを仕掛けたりしていた。
だが、見透かされたかのような投球や、鉄壁の守備陣の前に、全く効果がない。
昭和の打者も、頻繁にタイムを取ったり、大声で野次ってみたりもしてみた。
だが、イヌイは全く意に介さず、待っている時間の間、内野手と冗談を言い合ったりニヤニヤと昭和のベンチを眺めたりして自分のペースを一切崩さなかった。
「どっちのピッチャーも、一点でいいから援護が欲しい所ですよね」
「そうか?まだ投げたりなさそうに見えるのは俺だけか?」
キャプテンの言う通り、延長三十回を超えても、両ピッチャーの肩に衰えは見られなかった。
「えっと、ここまでで尾形は125球です。ようやく一試合分投げた感じですね」
「ほとんど、初球を当てさせて討ち取ってんだよな」
「しかも、全力で投げたのは数えるほどしかねえよな」
「一方のイヌイは、268球ですね」
「最初の方でバットに当てさせた以外は、全て三振だからな」
「結構、飛ばして投げてますよね」
「そうだな…」
キャプテンが腕を組んでイヌイを見つめた。
「どう見ても、イヌイの不利だよな」
「ですね。尾形は、チームの守備を当てに出来ますけど、イヌイは打者を完全に打ち取るしか勝つ見込みがないですからね」
「もしイヌイが両腕そろっていたら、こんな素人野球部じゃなくて、強いチームに所属出来ただろうにな」
「まだ勝負がついたわけじゃ無いでしょう!」
能口は、大声で叫んだ。
「イヌイっ!こうなったらとことん投げろよ!」
声が聞こえたのか、イヌイは楽しそうに手を振って応えた。
~ ・ ~
延長五十回。試合開始から約十時間が経過した。
普通の試合でも、詰めに詰めて5試合分に相当する。
朝10時から始まった決勝戦も、今はナイター照明が照らしだしていた。
最初は活気ついていた応援団も観客席も、今は静かなものである。
守備についていた選手たちも、疲労の様子は隠すことができない。
決勝の延長戦である故に、審判団も決断がつきかねていた。
甲子園予選の日程が、詰まってもいた。
しかし、これ以上の試合の続行は事実上不可能と判断が下された。
「日没サスペンデットにより、翌日に試合を続行する」
翌日再試合が告げられ、選手が整列した時である。
尾形は、イヌイの前でグラブを叩きつけて悔しがりながら叫んだ。
「まだ決着はついてないからなっ!」
イヌイも、負けずおとらずの大声で怒鳴り返す。
「うるせぇ!てめえの負けだっ!」
その後、主審に呼びつけられて、こっぴどく怒られたのは言うまでもない。
延長50回。お互い、1点もやらない。
今なら考えられない、とんでもない試合です。
今ならタイブレークがあるので、こんなことは起きないはずですが、可能性はないことも無かったりして。




