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ロンギヌス  作者: 白河・DG・夜舟
6回戦

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31/49

31.投げ合い

 尾形は、乾の事を、ただの一人の野球選手と見ているわけです。

 特別な力を持つわけでも、障害者扱いするわけでもなく。

 だからムキになってやり返します。遠慮なんかしません。

 続く六、七番も三球で討ち取り、イヌイは今までにない上機嫌な様子でベンチに戻る。

 そんな様子に、海浜の他の選手も活気が沸いている風である。

「アイツ、楽しそうだな」

「泣いたり怒ったりはあるけど、投げていて楽しそうにしているのは初めて見るよな」

「やられる相手は、たまらないけどな」

「いや、尾形は、やられっぱなしで黙っている奴じゃないよ」

「知ってるのか、能口」

「ああ、アイツが張り合ってきたから、今の俺があるようなものだからな」


 海浜の攻撃は、いつも通りに三者三振で終わるはずだった。

 実際、七、八番とも初球に内角を鋭く抉るシュートを決められた。

 そのまま、バットすら満足に振らせて貰えずに、外角スライダーを見逃し三振に倒れていた。

 しかし、左打者に対しては、右横手投げ投手の優位性は失われる。

 球の出所ははっきり判るし、段々近づいてくるように見えるボールへの狙いも付けやすい。

 だが、海浜の左打者はイヌイだけである。

 隻腕で、異様に長い腕を持つイヌイは、打者としてはただ立っている以外にはなにも出来ない。

 尾形は、女の子が投げるような仕草で、山なりにボールを投げてよこした。

 スルスルとボールが落ちてきて、ベースの手前で弾んだ。

「…ボール」

 意外そうな顔で、イヌイがマウンドを見る。

 尾形は、ニヤニヤ笑いを出して、舌まで見せた。

「ちょっと君、高校球児らしく…」

 見かねた審判に注意され、一応帽子を取って謝った。

 が、二球目もただボールを転がしただけのボール球。

 審判が再び注意しようとするのを、キャッチャーが押し止めた。

「すいません、これは作戦のうちなので…」

「しかしね…」

「いいです。俺たちの不利、じゃないですから」

 ちょっと怒ったように、イヌイが審判を止めた。

 そう言われると、確かにルール違反と言う訳でも無い。

 審判がプレイ再開を宣告する。

 同時にイヌイは、バッターボックス一杯に下がった。

 バットを大きく構える。

 巨漢であるだけに、その構えは大きい。

 しかし、それはなお一層、イヌイの片腕ぶりを見せしめる結果となる。

「あいつ、何のつもりだ?」

 能口は思わず叫んでいた。

 打てないと判っていて、からかっているのか?

 あの熱血野球馬鹿が?

 尾形は、ボールを大きく真上に上げて、片手で受け止める。

 帽子を被り直し、打席をじっと見据える。

 目一杯、体を使った大きなモーションで投げ込む。

 唸りを上げたような球が、内角高め一杯に決まった。

 イヌイは、ピクリとも動けなかった。

「ス、ストライク…」

 第二球目も、低め一杯に鋭く曲がるカーブ(左打者から見て)を決める。

 イヌイは、バットを振ることも出来ないまま見送るだけだ。

 三球目はど真ん中に入って、見逃しの三振。

「どうだっ!」

 尾形が、大声で叫ぶ。

 打てるものなら打ってみろ!

 そう、全身で叫んでいた。

「あいつ、馬鹿じゃないの?イヌイが左打者だからって、打てるわけねえだろ」

「あの片腕で、どうしろっていうんだ?」

「さっき恥をかかされた、お返しなんじゃないの?」

 わけも判らず、口々に言い合う海浜ナイン。

 能口も、訳が判らなかった。

 しかし。

 イヌイは悔しそうな顔をすると、バットを思いっきりグランドに叩きつけた。

「君、高校球児らしく、礼儀を正しなさい」

 審判に注意されて、ハッと気づいたように謝っている。

 バットを拾い直し、頭を下げてベンチに走っていく。

 と、振り返って尾形を睨み、げんこつで殴るまねをして見せた。

「…アイツ、高校生みたいですね」

 ふと感想を漏らして、能口も我に帰った。

 イヌイは、障害者だし、怪物でもある。

 それでも、障害者とか怪物とか言う前に。

 アイツは、一人の人間で、しかもまだ世間を判っていないんだ。

 野球を通して、これから学んで行く最中なんだと。


 キャッチャーに肩を抱えられながら、楽しそうにイヌイがマウンドに登っていく。

 なにかの冗談を言われたのがおかしいらしく、腹を抱えて笑っている。

 気持よさそうに投げる球は、もう壁に向かって黙々と投げていたような球ではなかった。

 ストライクゾーンこそ外さないものの、カーブ、シュート、スライダー、スクリュー、フォークと、投げられない球などないかのように、多彩な投球をテンポよく投げ込んでいった。

 昭和の打者は、バットに掠らせることすら出来なかった。

 それどころか、バントすらさせて貰えなかった。

 打者達のあせりとは対照的に。

 イヌイの顔は、投げることが楽しくて仕方がないような笑顔だった。


 尾形の投球も、イヌイに対抗するかのようにピッチが上がっていった。

 打者の三巡目から、外角ストレートに沈むシンカーを混ぜてきたのだ。

 威力のある内角シュートに対して、体をそらさずに外角一本に絞ろうとする作戦にでた海浜のバッターは、この球をことごとくバットの先に引っかけていった。

 鉄壁の守備を誇る昭和の守備陣は、打てないストレスを発散させるかの如く、転がる打球をキビキビと捌き、アウトの山を築いていく。


「尾形の奴、球数を節約し始めてますね」

「ああ、今の海浜の攻撃も、三人を三球で終わらせている」

 巧いな、とキャプテンは付け加えた。

「最初の打巡で、打者から逃げていく外角のストレートの威力を教えておく。

 次の打順で、内角のシュートを見せて、バットを振れなくしておく。

 すると、なんとか打ちたいと思うバッターは外角のストレート一本に狙いを絞ってくるわけだ。

 充分蒔いておいたエサに、食いつかせて引っかけるか…」

「あの監督の作戦でしょうか?」

「今までの対戦校なら、九回を回った所でピッチャーを代えてきたが…」

 延長十回、尾形はそのままマウンドに上がった。

「違うみたいだな」

「ええ、尾形の奴、とことんイヌイと投げあうつもりですね」

「どっちが上か、はっきり決着を付けるつもりなんだろうな」

 それは、はっきりいって、尾形の我が儘であろう。

 しかし、それでも。

 いいなあ…

 心からうらやましく思う、能口だった。


 さっき棒球で空振り三振だったので、キッチリと女の子投げでお返しします。

 借りは必ず返します。絶対にです。特別扱いしません。打てるもんなら打ってみろ、です。

 ガキかよ…

 ガキ、なんだよな…

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