30.手玉に取る
好投手同士の投げ合い。
違うのは、尾形が好打者でもある、という所。
次の打者にも、イヌイは変化球を織りまぜていった。
昭和の三番バッターはかなりの強打者であったが、相手にもならなかった。
外から入るカーブの切れは凄まじく、外への暴投だと完全に見逃した所に、アウトコース一杯に決まった。
外角低め一杯のストレートは、スピードの落差について行けずに空振り。
打者がスリーバントの構えを見せた所を、内角ギリギリに投げこんだ。
打ち上げさせて、サード小フライ。
四番打者に対しても、外、内とストレートを決めたあと、同じ軌道から外角に変化して落ちるスクリューボールで見逃しの三振に切って取った。
「完全に、怒らせましたね」
「そんな変化球持ってるなら、さっさと使えよな」
投げ終わってベンチに帰る前に、イヌイは昭和のベンチの方を向いた。
大きな片腕を伸ばし、指差した。
その先には、グローブを嵌めてマウンドに向かおうとする尾形の姿があった。
「なにやってるんだ、アイツ」
「…挑戦を、受けて立つって感じ、ですかね」
「俺には、ただムキになってるようにしか思えないですけど」
能口が呟いた先で、尾形は、イヌイに向かって指を立てて返してみせた。
二回表の尾形の投球も、イヌイに負けず劣らずの好投球だった。
海浜の四番に外角一杯のストレートを二球続けたあと、三球目に切れ味鋭いシュートを投げ込み、体をのけ反らせて三振を奪った。
「うわあ、去年よりまた切れがよくなってやんの」
右横手投げの投手が、右打者に対して投げる外角の球は、見極めが難しい上に体から自然に逃げていくため、バットの先に当たってしまい、クリーンヒットが困難である。
バッターボックス一杯に踏み込んで打たなければならないが、そこに内角をえぐるような鋭いシュートが投げこまれるとなれば、ボールへの恐怖感も手伝い、腰が引けてしまう。
それでなくとも、同じ軌道からコーナー一杯に投げられる球種は、ヤマでも張らないとバットを振り切れない。
バットだけはよく振れていた海浜打線であったが、中途半端なスイングになってしまい、三者三振に終わった。
「こりゃ、右打者しかいない海浜打線じゃ、手も足もでないな」
「一人、左打者がいるじゃない」
「どこに」
「イヌイ、左投げだろう」
「ありゃ、打者じゃない」
五番を打つ尾形は、そのままバッターボックスについた。
お返し、とばかりにバットを向ける。
マウンドに上がる途中だったイヌイは、ムッとした顔で睨み返した。
「君、高校球児らしく、清々しいプレイをしないと…」
見かねて審判が注意を促している。
「なんだ、あいつ」
能口が、ため息をついて応える。
「だから、野球馬鹿なんですよ。それも、熱血野球馬鹿」
「…なんだそれ」
「俺、あいつとは少年野球の時、同じチームメイトだったんです。その頃から、あんな感じでしたよ」
「あんなって?」
「だから、終生のライバルとか、青春の血がたぎるとか、消える魔球とか…」
「ああ、なるほど」
確かに、イヌイとはいい勝負になるかも知れないな。
関係ない所で感心したキャプテンだった。
高めの直球に大ヤマを張って、尾形はバットを振り回した。
しかし、かすりもしない。
完全に振り切ったあとに、目の前をスーっと通り過ぎていくボールが、コマのように回っている様子がはっきりと判った。
「投げやがった65キロ!」
「こ、こんな所で…」
狙われたら、もうどうしようもない球である。
だから、絶対に打てないと確信した投球だろう。
これだけ遅い球が、落ちもせずにストレートの軌道を保つことなどあり得ない。
普通の投手ならば、である。
イヌイのようにはるかに高い所から投げ込むからこそ、できる芸当である。
返されたボールを掴み、ニヤニヤと笑みを浮かべるイヌイ。
顔に、打てるものなら打ってみろと書いてあるのが、能口の席からでもはっきり判った。
今度は、尾形が悔しがる番である。
判ってさえいれば、リトルリーグでも投げられないような絶好球だ。
完全に、ふざけているとしか思えない。
カッカと来ている所に、全く同じ軌道で150キロが飛んできた。
今度は、ボールがミットに納まった後にスイングを始めてしまう。
再びニヤニヤと笑いながら、イヌイが尾形の様子を見つめる。
「あいつ、完全に手玉に取ってるな」
「尾形、完全に頭にきてるよな」
「いや、あれは演技だ」
「なんで判る?能口」
「ああしておけば、又同じ所に投げこんで来るって読みさ」
「ちきしょう」
能口の読みを肯定するかのように、尾形が叫んだ。
イヌイが、三球目を投じる。
それは、65キロの超スローボールだった。
しかし、尾形は完全にそのボールを待ち構えていた。
「やられたっ、尾形の勝ちだ!」
能口は思わず叫んだ。
尾形は、充分に引きつけて、バットを振る。
しかし、突然ボールが目の前から消えた。
「なにっ!」
思いっきり振り回したバットに引きずられ、派手な尻餅をつく。
あわててボールを確認しようとしたその目の前に、ミットに納まったボールがあった。
振り逃げすらできない、完全な三振だった。
「オッケー!いいぞイヌイ」
掛け声をかけるキャッチャーに、思わず尾形は尋ねた。
「な、なに投げたんだ今の」
「そりゃ、消える魔球さ」
ただの山なりの棒球を、海浜のキャッチャーはそう呼んだ。
スローボール、ですらない棒球を、そら来たっ!と認識させられる。
冷静さが足りませんねぇ。
65キロのスローボールは、実はチェンジアップです。
同じフォームから150キロ超と、65キロが投げ分けられたら、そりゃタイミングが取れない。
で、同じフォームから、ただの手投げ、棒球が投げられたので、手元でお辞儀します。
チェンジアップは、それなりの上向きの回転数が掛けられているストレートなので、あまり落ちないんです。




