28.決勝戦開始
お前らごときに本気で投げるのはもったいないんだが、そっちのピッチャーを本気にさせたいんだわ。
お前ができる事位、俺にもできるんだよ。うぬぼれてんじゃねえぞ。
海浜高校の先攻で始まった試合は、いつも通り三者三振で終わった。
先発したエースピッチャーの尾形は、右横手投げの投法である。
プレートの端を使い、真横から投げ込んでくる。
それは、右打者の目から見ると、まるで背中から投げこまれるように見える。
そのままベース外角を掠めるような軌道を取るので、きわめて打ちづらい。
スピード、コントロール、球種も豊富で、今春の決勝戦で南洋第一は九回まで2安打と押さえ込まれ、完封されて敗北した。
あの時の投球に比べると、尾形はまだ明らかに本気で投げていなかった。
球種もストレートしか投げないし、それほど速い球も投げてこない。
しかも、全てストライクゾーンである。
それでも、海浜の打者は全くバットに当たらなかった。
きれいに三球で仕留められていた。
「投球練習は、試合中でいいってわけか」
「海浜の打線くらい、片手間で抑えるつもりなんじゃないの?」
「いや、多分、イヌイを、意識してるんじゃないかな」
能口は、確信は持てないが、と付け加えた。
「ストライクしか投げないってやつか?」
「…ええ。イヌイはあの長い腕を縦に振り下ろすことで、見極めをさせませんよね。アイツに出来ることは、自分にも出来るという」
「確かに、尾形は背中から真横に投げ込まれる球で、出所を分からせないよな。でもな…」
キャプテンは腕を組んで考え込む。
「能口、お前だったら、決勝戦でそんな真似するか?」
言われてみれば…
能口は、海浜と当たった一回戦で、監督から「投手戦」と言われた時の事を思い出した。
あの後、自分の持てる力と球種をフルに使ったのだ。
まして、決勝で、手抜きなどするだろうか?
イヌイへの対抗意識に、とらわれたりするだろうか?
一回の裏、イヌイはいきなりど真ん中に投げ込んだ球を痛打された。
そこにしかこないとヤマを張っていた打者が、思いっきり振り抜いたのだ。
打球は球威に抑えられていたが、前進守備をひいていたファーストの脇を抜けて、一塁線上を転々と転がる。
すぐに追いついたファーストだが、一番打者の足が速い。
あわてて掴んで送球したが、走るランナーを避けようと軌道を代えたのがまずく、悪送球になってしまった。
「回れっ!」
「バックアップだ!」
あらかじめ一塁の後ろに構えていたライトが掴み、力のない返球で二塁に投げたが、とてもベースまでは届かずにグラウンドを転々と転がった。
さすがに三塁までは行かなかったが、ノーアウト二塁のピンチをいきなり迎える。
「あーあ、今のが安打扱いか?」
「一応、内野手を抜かれたからな。超前進守備にしても」
「ボテボテのゴロだから、普通ならアウトだけどな」
「おまけに、悪送球1だしな」
「一塁の後ろに、最初からカバーがいなければ本塁まで走ってるよな。海浜のザル守備にしたら、まだ良い方じゃないの?」
「しかし、あの肩じゃ、小学生の方がましだぞ。ほんとに素人なのな」
「まったくだ」
笑っている部員たちをよそに、能口はイヌイをじっと観察する。
顔が、怒っている。
前だったら、怯えていたか、泣きそうになっていたか。
そのたびに、他のナインやあのキャッチャーがなだめに行っていたのだが。
実際、キャッチャーもマウンドに行きかけたのだが、その様子をみて取り止めた。
「意識してるのは、アイツのほうか?」
尾形が、ストライクしか投げないで、三人で抑えたから。
自分も、そうしようと思った所を狙われたのか?
「…まあ、考え過ぎかな」
それでも、イヌイが、アイツが、ただの隻腕で繊細な精密機械から脱し始めているのはよい兆候だと、能口は思った。
泣き虫サイボーグが、怒りんぼさんに?
足引っ張っテんじゃねえ!しっかりシやがれ!




