23.弱点
いや審判、あの監督止めろよ?
あー審判は野球に関する権限しかもっていないので、チーム内のことは干渉しませんね。
昔の話ですけどね。
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2025年夏の甲子園は、沖縄尚学が優勝でした。おめでとうございます。
選手、関係者の皆様、お疲れさまでした。
ようやく気を取り直したらしいイヌイが、長い片腕で顔を拭ってマウンドで構えた。
西智のベンチからは相変わらず汚い野次が飛ぶが、キャッチャーがミットをばしばし叩いて「さあ来い!」と掛け声をかけている。
イヌイはそのミットに集中したようで、西智のベンチを見ようともしなくなった。
唸りを上げて飛んでくるようなイヌイの剛球に、西智のバッターは全く手が出なかった。
さっきの暴投が嘘みたいに、ど真ん中にストライクを三つ揃えて三振を奪う。
「馬鹿者がっ!貴様、勝つ気があるのかっ!」
戻ってきた選手の頭を西智の監督が掴むと、地面に引き倒した。
そのまま脇腹のあたりを蹴っ飛ばす。
「な、なんだあのバイオレンスな監督っ!」
「だから、あの監督はいつもああなんだ」
キャプテンが、顔を引きつらせながら応えた。
「あんな監督を甲子園に出したら、それこそ南東京の野球部の恥だぜ」
「まったくだ…おい…」
深く頷いた能口が、ふとイヌイの方を見て硬直する。
イヌイも、硬直していた。
キャッチャーが慌てた様子で再びタイムを取り、マウンドに駆けだす。
イヌイの腕を引っ張り、頭を下げさせ、ミットを見せてなにか言っている。
明らかに大きなトラブルを抱えているようで、しかも隠す余裕も無い風だった。
西智の監督が、今度は駆け足で審判の元に走りより、イヌイの方を指さして何か怒鳴っている。
キャッチャーもとって返し、審判と三人で揉め始めた。
「マズイな、イヌイ…」
「キ、キャプテン…」
キャプテンは、腕を組んで険しい顔をしている。
「力や技術があっても、精神的に弱い奴は勝ち残れないのが甲子園だよな」
「…精神論だけでも、勝てませんよ」
能口は、思わず反発した。
「そりゃそうだがな。ただ、弱点をつくのも野球のうちだ。ありゃ、あからさまにさらけだしちまったからな」
「そ、そんな…」
「あの監督は、さっきも言ったけど、野球は知らなくても勝負には辛いんだよ」
「それって…」
「ああ、イヌイ、徹底的につつかれるぞ。九回まで持つか?」
「だって、もう二点勝ってるんだし…」
「関係ないよ。アイツが投げない海浜野球部なんて、何点くれてやろうが」
「イヌイ…」
能口は、祈るような顔でマウンドを見つめた。
揉めてはいたが、審判としてはイヌイを退場させるつもりは無かった。
ただ、試合の進行を無意味に妨げないように海浜のバッテリーに注意しただけだ。
それでも、イヌイは動揺を隠せないようだった。
西智のベンチからも、ひっきり無しに野次が飛んだ。
「イヌイッ、ここだけ見て投げろ!」
キャッチャーが声をかける。
イヌイは頷き、次のバッターに向けて内角高め一杯を投げ込んだ。
「ヒエエェェ!」
バッターがのけ反って、そのまま尻餅をついた。
「…ストライク!」
審判のコールに、ギョッとしている。
「バカヤロッ!死ぬ気でやれっ!」
西智のベンチの中でもひときわ大きな声で、監督が怒鳴った。
バッターがびくつく。
しかし、イヌイも同じようにびくついていた。
「イヌイっ!」
キャッチャーが駆け寄ろうとしたが、これ以上無駄な所でタイムを取れないと思ったらしく、そのまま構える。
「イヌイ、大丈夫だ」
「普通にやればいいんだ」
「負けんな!」
代わりに他のナインがイヌイに声をかける。
イヌイは頷き、外角低めに投げ込んだ。
バッターは手が出ず、ストライク。
「どこに目ぇ付けてるっ!死んだ気でバット振れっ!」
監督の大声が、再びイヌイを動揺させる。
「な、あれはあの監督の手だよ」
「な、じゃないですよ。堂々と野球で勝負すればいいじゃないですか。汚いですよあんなやり方」
冷静なキャプテンに、能口は思わず食ってかかる。
「確かにな。東征のやってたスパイ行為よりはましだけどな」
「だって、あんなの…」
「ルール違反、ではないさ。マナー違反だけどな。
さっき言ったように、あの監督は」
「勝負に辛いっていっても」
「イヌイさえ潰せばいいんだから、しかも監督の野次だけで潰せるんだから、楽なもんだろ。
…能口、お前だったら、あんな野次や目の前での暴力ざた見せられて、動揺するか?」
「まさか。自分たちが野球では勝てない格下だと暴露しているようなものじゃないですか」
「そういう境地に達するのも、ピッチャーの資格だろ?」
「そりゃ…」
イヌイに、その資格があるのか?
あって欲しい、と願う能口だった。
弱点が分かれば、徹底的に狙い撃つ。
卑怯でも何でもなく、ごく当たり前のことです。
西智の監督は、野球に関しては下手でも、勝負には辛いのです。
ついでに、軍属を教育する学校方針と完全に一致しています。




