22.変調
珍しく、いきなり先制点。しかもツーラン。
ピッチャーは未だ防御率0.00のイヌイ。
…勝ったな。
海浜の先攻で始まった試合は、一番バッターがいきなりクリーンヒットした。
二、三番はあえなく凡退。
だが、四番バッターは明らかなボール球を見送り、0-2からカウントを取りにきた球を右中間に高々とはじき返した。
海浜の応援団に飛び込むホームランだった。
わっと沸き返る海浜の観客席。
もう海浜のベンチはお祭り騒ぎで、みんなから手荒い祝福を受けている。
「…海浜の数少ない得点パターンが、いきなり初回からだな」
「帰るか?」
「三時間も待って、いい席取ったのにか?」
冗談を言い合っていた南洋ナインが、ピタリと口を閉じた。
五番を三振に仕留めて、守備を終えて戻ってきた西智のピッチャーを、監督がいきなり殴ったのだ。
ピッチャーも、ペコペコと頭を下げている。
「なんだよ、あれ…」
「知らないのか?あそこの監督はいつもああだよ」
キャプテンが前から知っているかのように言ったが、その腕は細かく震えていた。
「野球の事はよく知らないが、勝負の事はよく知っているんだそうだ」
殴られたピッチャーは、守備につこうとしていた海浜の選手をじっと睨み付けている。
お祭り騒ぎの余韻に浸りながら散らばっていた海浜のナインの顔がこわばるのが、観客席からもはっきり判った。
思い出したように、西智の観客席から応援歌が流れだした。
勇壮な軍歌だった。
マウンドで呆然と、イヌイが西智の監督を見つめている。
なにか、信じられないものでもみたように。
そして、自分の中のナニかを思い出したように。
「プレイ!」
審判のコールに、イヌイは西智の監督を見つめたまま、機械のように打者に向かって投げ込んだ。
ガシャァン…
ボールはバッターやキャッチャーのミットを大きく外れ、バックネットに突き刺さった。
「…ボール」
審判のコールがもどかしいように、キャッチャーがあわててタイムを取り、マウンドに駆け寄る。
他の選手も、すぐに駆け寄った。
ナインに囲まれたイヌイは、みんなより頭一つは余裕で高い。
その顔が、怯えていた。
泣くのを、必死で堪えているように見えた。
「なんだなんだっ!暴投かぁ!」
「こんな奴だすなっ!」
「危ねえぞっ!バッター気をつけろよ!」
すかさず、というタイミングで西智のベンチから野次が飛ぶ。
その声にビクリとしたイヌイが、堪えきれない様子で泣き始めた。
声を立てず、ただ涙だけが頬からこぼれ落ちる。
周りのナインが、必死になだめていた。
「…初めて、だよな」
能口は、呆然と言った。
「人前で泣くのが、か?」
「違うって。ボール球を投げるのがだ。しかも、あんな暴投するのは」
「…そうだな」
海浜ナインは、イヌイを必死になだめ、励ましていた。
だが、イヌイはなかなか泣き止む気配がなかった。
西智の監督がゆっくりとベンチから出てきて、主審になにか言い始めた。
海浜のキャッチャーが走って行き、監督に抗議している。
「なにやってんだ?」
「あの様子だと、無駄なタイムを取って試合を止めないように注意しているんじゃないか?」
キャプテンが、心配そうに言った。
「それで、キャッチャーが抗議にいったのか。いいキャッチャーだな」
「なんだ、褒めて欲しいのか?」
「お前のイヌイファンぶりよりはマシかな」
相棒にやり返されて、能口はぶすっと黙った。
どうも、一番心配そうにしていたのは、自分らしい。
イヌイって、ボール球投げれたんだ?
驚くところがそこですか?
相当なマニアですね能口君…




