21.西智高校野球部
確かに、“あんな奴らが甲子園に行ったら恥”だと思います。
当人たちではなく、素人チームに負けた自分たちが。
でもねぇ、昭和も平成も超えて令和の時代に、怒鳴り散らせば選手は言うことを聞くと勘違いされてもね。あんたのチームが甲子園に行く方が、恥ずかしいんだが?
今だから言えるんです。昔はそれが当たり前だったんです。
「いいか!あんな奴らがもしも甲子園に行ってみろ!南東京野球部全体の恥だぞ!」
西智野球部の監督は、観客席に聞こえるような大声で選手に喝を入れていた。
「うるせえよ。てめえらが行ったところで似たようなものだろうが」
能口は、自分に言われているような気がして思わず呟いてしまった。
西智高校の野球部は、スパルタ的な指導と精神論を第一に掲げていることで都内では有名な学校だった。
大日本帝国軍に勤める父兄の子息が多く通う事でも知られており、進学、就職も軍関係が多い。
野球部もそうした流れを組んでいるのだが、もう一つの風習も取り入れていた。
予算が少ないのである。
部で使用するグローブやバットなどの道具は、すでに使用に耐えないものであっても流用し、使い回している。
ユニフォームも同様で、校名がすり切れて読めないようなボロボロの物であっても“伝統”の名の元に着回している。
選手にしても、厳しい練習で体を壊した者が後を立たないのだが、精神が弛んでいると相手にしない。
学校の教育システムとして組み込まれているので、補充の生徒はいくらでも手に入るらしい。
しかし、そのやり方は他の高校の野球部としてはあまり気分のよいものではなかった。
自由な部活動として取り組んでいる野球を、そのために嫌いになる生徒も数多くいるだろう。
ただ、それこそ鍛え抜かれた選手として試合に出てくるので、そこそこには強い。
ただし、常にベストな状態で出られるわけではないので、最近の成績は良くて四回戦どまりだった。
その西智の監督が振り回しているのは「週刊野球人生」である。
どうやらその記事を見て、かなり頭に来ているようだ。
「ほらみろ、あんな記事乗せられるから、俺たちまでいい迷惑だぜ」
「べ、別に週刊野球人生が悪い訳じゃ…」
ぶつぶつ言っている“おやじ部員”に茶々を入れながら、能口たちは監督の言うことも一理あるとは思っていた。
誰も、あの素人野球部を止められなかったのだから。
特に、イヌイはまだここまでの試合で一点も取られていない。
4試合で防御率0.00は、好ピッチャーならあり得ない記録ではない。
だが、あのザル守備の中での記録となると、注目に値する成績だ。
誰も打ち崩せなかったというのは、恥と言われても仕方がないかもしれない。
だが、そのことを西智の監督に言われたくもなかった。
自分の選手の状態も把握できないで精神論を振りかざし、ケガを抱えたまま練習や試合に出させて何人も選手をダメにしているのだ。
少なくとも南洋第一の監督は、厳しくはあったが、野球をよく知っていたし、自分たちの事をよく判ってくれていた。
本当は、自分が復帰した今年の夏こそ、甲子園に連れて行くことで恩を返したかったのだが。
ただ、西智の野球部員のうち、何人があの監督に恩を返したいと願うだろうか?
記事がお涙頂戴的に書かれていたので、イヌイを一目見ようと球場が混雑するのは予想できていた。
週刊野球人生は、高年齢の読者層には広い人気を得ているのだ。
おかげで、能口たち南洋第一の部員たちは、いい席を確保するべく三時間も前から球場に並んだ。
これも、比較的暇な立場の三年生だから出来ることであって、一、二年生の部員たちは秋季大会に向けていまも猛特訓を積んでいることだろう。
「まったく、いい迷惑だぜ」
とは言ってみたが、それは単に学校に残っている後輩たちに悪いと思う気持ちの裏返しかもしれない。
海浜のナインたちは、初めて支給された白地を基調とするユニフォームをお互いに見せあっこしてはしゃいでいる。
靴もバットも、ユニフォームも新品である。
そんな様子を見た西智の監督は、ますますヒートアップしているようだ。
「うらやましいのは、俺たちも同じだ」
「全くだ。俺たちも西智と初戦をやりたかったよ」
選手の健康を考慮しないきつい練習で真っ先に犠牲になるのは、投手である。
西智の投手は、正直いって大した事がなかった。
出てくるのはすでに潰れかけた選手か、誰も投げる者がいないのでにわか仕立ての急造ピッチャーしか出られないのである。
「今日は、アイツらも楽勝だろうよ」
「一点とれば、イヌイが完璧に抑えるだろうからな」
「ほんと、うらやましいよ」
半ば、西智野球部に対する反感も混ざった声で、部員たちは口々に言い合った。
楽勝ムード。
ハ、このまま、行くわけはありませんね。
誰が書いていると思っているんですか?
自慢げに言うことでもないですね…




