14.初めてのランナーを出しちまったわけだな
もうチョイ短くカットしたいのですが、だんだん強敵になってきますので、上手い所で切れないのです。
地方大会とはいえ、四回戦である。
南東京の六十三校の中から、甲子園に行けるチャンスを残しているのは、僅か八校である。
そして、この試合を勝てば準々決勝に名を連ねることになる。
球場は両校の応援団や、一般生徒、父兄や高校野球ファンでほぼ満員の状態であった。
海浜高校のナインは、今だユニフォームを着ていなかった。
ただ、今までと違い、本当にユニフォームを造るのが間に合わなかったようだ。
その証拠に、全員スパイクシューズを履いており、金属バットも人数分が用意されていた。
新品のシューズを少しでも慣らしておこうと、海浜ナインは試合前にも係わらず球場をランニングで回っている。
「あいつららしいぜ」
「学校側も、さすがにここまでくると恥ずかしい格好させられないんだろうな」
自分たちを負かした他所のチームながら、どうも他人のような気がしない。
それでも、そのことをまともに認めるのも照れくさいのか、南洋第一ナインは互いに苦笑を浮かべていた。
そんな彼らを目ざとく見つけ、足踏みをしながら海浜ナインが一斉に帽子をとって頭を下げる。
「バカッ、ヤメロよこっぱずかしい…」
「こうなったら、絶対勝てよ!」
「新品のスパイクで張り切って転ぶなよ!」
照れ隠しと期待を半分半分にしながら、口々に声援を送った。
海浜高校の先攻で始まったが、あっという間に三者三振に終わった。
「予定通りというか、なんというか…」
「相手校が真剣に取り組んでるっていうのに、相変わらず進歩のない打撃陣だな」
そして、1回裏の東征高校の攻撃である。
トップバッターは、前に出した足をしきりに踏みならして、リズムをとっていた。
イヌイが振りかぶったと同時に、リズムが速くなる。
投げると同時に、バットを振り始めた。
チイィィン…
バットを僅かに掠めて弾けたボールが、真後ろのバックネットに勢い良く突き刺さった。
「ファールボールにご注意ください」
そんなアナウンスの声にかぶさるように、東征高校の応援団から拍手が沸き起こる。
「おい、当てたよ」
「ああ、まともにバットを振って当てたのは、あいつが初めてじゃないのか?」
バントやカットで当てたことはあるが、きちんとフルスイングして当たったのだ。
東征のベンチからも、歓声が沸き起こる。
キャッチャーが、審判からボールを受け取ると、そのままマウンドに向かう。
なにか話しかけ、肩を叩いてポジションに戻ってきた。
「なかなか巧い間の取り方だな」
能口とバッテリーを組むキャッチャーが、感心している。
「なにいってんだ。たかが一球、ファールされただけじゃねえか」
「ピッチャー同士だもんな。やっぱりイヌイの方を持つか」
「そんなんじゃねえよ。俺はただ常識的に…」
金属バットの快音が響いた。
打球が一、二塁間に転がって行く。
極端な前進守備を引いていた内野手は、反応できなかった。
塁間を守っていた外野手が追いつき、打球を体で止めたが、手に取ろうともたついている間にバッターは一塁を駆け抜けていた。
「さすが東征のトップバッターだな。足が速いぜ」
「記録は…エラーか。普通ならボテボテのセカンドゴロだからな」
「まあな。でも、今のは良く当てたよ。球威に押されて長打にはならなかったけどな」
「とにかく、初めてのランナーを出しちまったわけだな」
「それと、今の打球をアウトにできない、内野を守っている外野陣の守備の下手さもな」
海浜のナインが、全員マウンドに集まってきた。
打球をうまく処理できなかった選手が、何度も頭を下げている。
しかし、他のナインはそんな仲間を励まし、慰めている。
「随分甘やかしてるよな」
「そうそう。うちのチームならあんなイージーミスでもやらかしたら、即交代だもんな」
「いや、まずレギュラーで出てこないって」
「あんな奴が守ってたら、ピッチャーはたまらないぜ」
「いや…」
能口は、それを否定した。
「あいつ自身、投げる事以外は全く野球になってないだろう?他の仲間を責める事は出来ないし、しないはずだ」
「…そうだな」
だが、そんな仲間うちの結束と、試合の優劣は別の問題である。
「海浜の打線じゃ、一点取れるかどうかだろう。初回からピンチを迎えたな」
「どうするつもりだ?」
海浜のナインが、マウンドを囲んで円陣を組む。
「がっちりな!」
「おお!」
気合を入れて、各ポジションに散った。
守備陣形は、全く変えてこなかった。
誰も、ファーストも、ベースカバーにすらついていない。
「どうぞ走って下さい、ということか?」
不思議そうに、キャッチャーが首を傾げた。
自分なら、こんな無策な指示は出さないということのようだ。
「イヌイのモーションは、窮屈な上に大きいからな。ただ、牽制はまだ見たことないから判らないが…」
能口も、そう応えつつも釈然としない気持ちだった。
確かにクイックモーションで投げられるほど、イヌイは器用そうには見えない。
しかし、そう簡単に得点圏にランナーを走らせていい道理もないだろうに…
二番バッターが、ボックスについた。
イヌイは牽制球を投げず、そのままバッターに向けて一球目を投げた。
内角低めにズバリ決まって、1ストライク。
バッターも一塁ランナーも、動いてこない。
「様子見、か?」
二球目を振りかぶった時、ランナーがスタートを切った。
バッターのバットは空を切ったが、キャッチャーがスローインの構えを見せた時には、すでにランナーは二塁を陥れていた。
「ふえぇ、さすがに東征の一番バッターだ。足が速いな」
「ノーアウト、2ストライクでランナー二塁か。踏ん張り所だな」
東征の二番バッターも、タイムを取って素振りを繰り返す。
勝負所と、感じ取ったようだ。
サインを確認して、打席に入り直した。
「スリーバントもエンドランもあるな」
「どっちにしても、ランナーは三盗かけるぜ。さっきから守備陣形が変わっていない」
イヌイは、まるでランナーなど最初からいないかのように、大きなモーションを見せる。
二塁ランナーが走った。
投げ込まれた三球目は、外角高め、コーナーいっぱいに決まった。
完全に振り遅れたバッターは、しかしそのスイングでキャッチャーの送球を妨げる役割を果たした。
送球の構え、だけで、ランナーは悠々と三塁に達した。
「ワンアウト、ランナー三塁か」
「まあ、バッターとしては最低限の仕事を果たしたという所だな」
キャプテンが頷き、腕を組んだ。
「スクイズでも、内野ゴロ転がしても、犠牲フライでも、一点入るな」
「打順も、三番四番ですね」
「一点とれば、まず間違いなく勝てるからな」
「お前なら、どう守る?」
キャプテンに尋ねられたキャッチャーが応えた。
「セオリーなら、回も最初だし、アウトカウントを増やすことが優先ですね」
「海浜の打線じゃ、そうも行かないだろう。満塁策を取って、ゲッツー狙いじゃねえのか」
「いや、イヌイは、多分そんな事思ってもいないだろう」
能口が、少し強い声で言った。
「アイツは、多分逃げるとか避けるとか、そういう事は考えないはずさ」
「なんでそう言い切れる?」
他のナインが尋ねた。
「あの不格好な体で、あれだけの球を放り込むんだ。わかるだろ?」
「いや?」
「アイツは、逃げたり避けたり出来ないのさ。多分、生まれつきな」
乾、エラーとはいえ、初めて打たれました。
そしてランナーが出ると、走られ放題、とバレましたね。




