13.分析
四回戦開幕。
分析して相手をよく知ることは、大切です。
南洋第一の野球部は、視聴覚室を借りてビデオに見入っていた。
海浜のピッチャー、イヌイの投球フォームを観察していたのである。
片腕が無い分、不格好なフォームではあるのだが、軸足は全くぶれず、振り上げた足も力強くパワーを伝えている。
何より、投げ降ろす腕が異様に速い。
スローモーションで再生しても、ぶれてはっきりと見えない程である。
「肘から先が長い分、遠心力が増すから速度が増すんだな」
「背が高い上に、この腕の長さだからな。マウンドの上からだと、3メートルは軽く超えるだろうな」
「バレーボールのスパイクより高い所から、打ち降ろすって感じだよな」
「いや、そんなもんじゃねえ。俺は二階の窓から投げられてるように思ってた」
「しかも、いつ投げてるんだか判んねえんだよな。球持ちがいいっていうのか…」
一同、頷き合っていた。
名門校だけあって、バッティングには絶対の自信があったし、それを支えるだけの練習はしてきたつもりである。
しかし、あのピッチャーはそんなプライドを粉々に打ち砕いてしまったのだ。
「いや、負け惜しみでいうんじゃないけどな」
能口が、口を挟む。
「こいつ、陰で相当練習してるぜ」
「例えば?」
「確かに片腕がない分、格好は不器用だ。しかし、下半身が完璧に安定してるんだよ。これは、長い間相当走り込んで造らなきゃ出来ない」
「まあな」
ピッチャーの基本は、足腰にあるということ位、野球部なら誰でも知っている。
「この足腰があるから、あれだけのスピードボールを投げても、球がうわづらないんだ。腕力だけで投げてちゃ球が速くても抑えが効かない」
大切な事だが、つい忘れがちになる。
能口自身、投げ込みの練習がたたって肩を壊した原因の一つは、走り込みの不足ではないかと反省している。
「へえ、お前と同じってわけか」
「茶化すなよ。それに、肘から先が長くても、それを振り降ろすだけの筋力がなければ、球は速くても軽くなっちまう。カットに出た時も、球威に押されてバットごと弾かれただろ?」
「ああ、あの時手首を捻挫しちゃってな。最近、ようやく良くなってきたよ」
「球の重さを増すためには、手が長ければいいってものじゃない。全身のパワーをきちんとボールに伝えるための筋力と握力が必要なんだ」
「…そうだな。あいつ、確かに肘から先が普通の奴より倍は長いが、それは腕の筋肉も伸びきった状態って事だろ?それを普通のピッチャー以上に鍛えるのは並大抵の努力じゃできない」
ただ闇雲に練習したのではない。
基本的だが地味で辛いウェイトトレーニングを長い間、しかも計画的に行なってきたのだろう。
あの、泣き虫で精神的にひ弱そうなイヌイが…
「ほお…」
自分たちのチームのエースピッチャーも、イヌイを認める発言をしている。
であれば、自分たちが負けたのは、運不運ではない。
持って生まれた才能や、それを伸ばすための努力を、あのピッチャーが自分たち以上に積んできたということなのか…
「で、こいつの次の相手の、東征高校はどうするつもりだろうな」
四回戦ともなれば、強豪と呼ばれる所と当たる率はかなり高くなる。
南洋第一がビデオで研究している内容位は、当然調べあげていることだろう。
「俺、見に行ったんですけど、やはりピッチャーは人数を揃えるみたいです。あそこは選手層も厚いから、二軍のピッチャーでもかなりレベル高いですし。先発できるピッチャーを五人揃えてくるみたいですね」
偵察にいってきた部員は、東征の野球部と親しいらしい。
こちらが一回戦でそうそうに負けているので、気軽に教えてくれる気になったようだ。
「ちぇっ、当てつけかよ」
「まあ、作戦としてはそうだろうな。三回戦では、急造ピッチャーが打たれたのが敗因の一つだったからな」
キャプテンが納得したように頷いている。
「だが、イヌイからどうやって点を取るつもりだ?アイツ、化け物みたいにスタミナあるぜ」
「やっぱり、とにかく点をやらないで辛抱するのか?」
「それもありますが…」
偵察部員は、ちょっと勿体を付けて東征の練習風景を紹介した。
「ピッチングマシンの下に台を乗せて、3.5メートルの高さから投げ降ろさせていました」
「なにいっ!」
そこまでするか…
と言いかけて、しかし有効な練習方法だと思い直した。
しかも、発射台に目隠しをして、投げる瞬間が目に見えないようにしているんです。
「完璧なイヌイ対策だな」
「しかし、部員たちはそれで打てているのか?」
キャプテンの問いに、偵察部員は頷いた。
「完璧とは言えませんが、少なくともバットに当てる事は出来るようです」
おおぉ…
部員の間から、称賛のため息が漏れる。
自分たちが全く打てなかった球である。
それを、曲がりなりにもバットに当てるとは…
寸暇を惜しんで、相当な練習を積んだのだろう。
ただ、イヌイ一人を打つためだけに。
「元々、東征高校は三回戦までは間違いなく行ける実力を持ってましたから。
俺たちのピッチャーを打つための対策をするつもりで、練習時間を開けておいたのが、こちらがいきなりコケたので、なんとか間に合ったようです」
「じゃあ、もし初回であいつらが海浜に当たっていたら…」
「うちらが、同じ練習をしていたでしょうね」
「…そうだな」
やはり、勝敗には運不運はつきもののようだ。
もちろん、勝つためには血の滲むような努力を惜しむつもりは無い。
イヌイが、それだけの鍛練を積んできたことは認めるし、尊敬に値する事だとも思う。
だが、東征高校のように、もっと後で対戦できていたら…
「まあ、今さら言っても仕方がないだろう。せめて、アイツを最後まで応援してやろうぜ」
キャプテンの言葉に、能口も、チームのみんなも頷いた。
拭いきれない、わだかまりを残しながらも…
徹底した対策と準備こそが、勝利への道なのです。




