第四章 二十三
あの寒さの中では命が危ない。僕たちは運がよかった……と思う。
「なんだか状況がよく分からないのですが、ココって本殿ですか?」
「だろうな。他に心あたりが無い」
造りや香りからここは大薬師神宮本殿である事は間違いないようだが、誰が僕達をここに運んで来たのかは、全く記憶にない。
「おはよう、お二人さん。ゴメンなさいねえ、いきなり来るもんだからこんな部屋しか用意できなくて。よく眠れた?」
扉から入ってきた男は、その長い手足を蜘蛛のようにくねくねと曲げ、軽口を叩きながら座敷牢の前に進み出る。
「またお前か。もういい加減飽きたな」
「アラごあいさつね。わざわざ雪山に倒れている所を助けてあげたのに」
「まともな理由でお前が人助けなどするものか」
「付き合いは短いのに、アタシをよく知ってるわねえ。やっぱり愛かしら?」
怪人ブブキは、口元に手を当ててホホホと笑い、慣れた様子でオルヒアさんの牢屋の鍵を開けた。
「残念だけど、これで最後よ。ハイドラちゃんの目の前でブッ刺し殺してあげるわ。出なさい」
小さな出口をくぐったオルヒアさんは、僕と同様に手足を太い縄で縛られていた。
服も、髪も、顔も、ドロドロのボロボロだ。
けれども僕を正面に見据えるその目は、疲れを微塵も感じさせないほど輝きを湛え、喜びを隠せずにいる。
「ハイドラ」
優しく耳に届く声。
なぜか僕にはオルヒアさんが別人のように思えた。
「オルヒアさん……ですよね?」
その問いにわずかにうなづき、にっこりと微笑む。不思議とドロドロでボロボロの姿なのに、彼女がとても美しい。
「立場が理解できないようね!貴女は今から死ぬのよ」
「その予定はない。やるべき事があるのでね」
イラついて声を張り上げ、曲刀をオルヒアさんの首筋に突きつける。それに対して目線を僕から外さず穏やかに答える。
「俎上の鯉に選択権などないのよ!」
「私は鯉ではないな。ま、恋はしているがね」
圧倒的に有利なはずのブブキが、帯刀もしていない彼女に圧されている。それどころか全く相手にされていない。
いつもならその話術で相手を翻弄し心を操るあの怪人が、自然体のオルヒアさんにイライラをつのらせている。
パンッと乾いた音が響き、ブブキの平手が彼女の頬を打つ。




