第四章 二十三
しかしそれに全く動じず、笑みを絶やさない唇端からは紅い筋が落ちた。
「オルヒアさん‼ 」
「心配ない。すぐに済むから少し待っていてくれ」
「ひざまずけ!地面に這いつくばって命乞いをしろ!」
膝を蹴りつけ肩に拳を落す。避けようともしなかったオルヒアさんはその場で崩れ、四肢を地面について苦痛に顔を歪めた。
「そんなに怖いのか。手足を縛られ、剣も持っていない私が」
「うるさいっ!」
かん高い怒声と共に、右手から伸びた鞭を、眼下に這いつくばる背に連続して叩きつける。空気が爆ぜる音が響く度にオルヒアの背は小さくなり、ちぎれ飛んだ服の繊維が辺りに漂う。
「やめろっ!やめろおっ! 」
肩で息をする怪人は、懇願する僕を見てうすら笑いを浮かべた。あんな姿を見せられて、冷静でいられるわけがない。
無力感、自責、後悔、いっそあの鞭がこの身を打ってくれた方がずっとずっと楽なのに。
「……どうした変態グモめ、もう終わりか……ご自慢のムチも大したことはないな」
額を地面からゆっくり持ち上げ、さらなる挑発の言葉を口にする。目の輝きをまったく失わないばかりか、この危機的状況においても絶望の色はカケラも見あたらない。
「いいわ、いっそのことハイドラちゃんを殺ってしまえば、自分の身の程を知るでしょう」
怪人ブブキは、歪んだ笑顔を僕に向けて、左手の曲刀を鼻先に突きつけた。
その動きが終わるか終わらないかのうちに、地に伏していたオルヒアさんは電光石火の動きで怪人に肉薄する。
気配を感じたブブキが視線を元の位置に戻したと同時に、オルヒアさんは懐から光る"もり"を取り出し、その顔に投げつけた。
「ぎゃあ⁉ 」
輝く光で視界を奪われ顔中をかきむしるブブキ。
間髪入れず仕込み小手の刃で縄を切断。自由になった手足で、手刀と蹴りを急所に叩き込むと、今度は怪人の方が地面に這いつくばる番だった。
うめき転がるブブキから鍵を奪い取ると、そのまま身体を引き起こし、部屋の外へと投げ飛ばした。
「どうした?勝者への賛辞は考えていなかったか」
たった今、目の前で起きた展開の早さについて行けず、呆気にとられていると、凛とした声が僕を現実に引き戻した。




