第三章 六
『ーーそうじゃないハイドラ。例え眼を閉じていても、自身の刃が届く範囲を知っていればいい事だ』
『眼を閉じて……ってそんな事できるんですか?』
早朝、僕らはいつものように朝の修練を行なっていた。
森の中は薄っすらとモヤが漂い、そこかしこにある鮮やかな緑の葉の上には、朝露が真珠をつくっている。
オルヒアさんの弟子になって以来、僕は刀に夢中になれるこの時間が大好きだった。
まだまだ思い通りの行かない事の方が多いけれども、小さな前進を実感できた時がたまらなく嬉しかった。
『少し離れていろ』
オルヒアさんは双刀を構え、正面にある五輪ほどの白い花を切っ先で指す。
静かに眼を閉じ、わずかに腰を落とした。
『まず右端』
左手の刀を軽く降ると、音も無く一番右端の花がポトリと落ちた。
『次に左端』
同じく右手の刀を軽く降る。左端の花がハラリと落ちる。
いずれも一番届きにくい反対の側の花を、楽々落とすなんて信じられない。
『次に真ん中』
その場でくるりと回転して、縦に三つ並ぶ真ん中の花を切って落とす。
『次に奥』
逆に回転して一番奥の花を落とす。
まるで舞を舞っているかの様な優雅な動きに、僕は眼を奪われてしまった。
そして何故手前の花が無事なのかが全く分からない。
カキンと鞘に納める音で舞の終幕を告げ、師匠は静かに眼を開けた。
『どうだ? あまり実戦には役に立たない見世物だが、訓練には……』
『すごい!すごいですよオルヒアさん!ボク、感動しました』
『……あああのなハイドラ、そんなに急に触らないでくれるか、男女はそんなに易く手を握るモノでは……』
『どうやってやったんですか!僕にも出来ますかっ⁉ 』
何故か顔を紅潮させるオルヒアさんに、僕は必死に教えを請うた。
その後ろでは、最後に残った白い花弁が一枚、また一枚と落ちていた。