第二章 十一
「これは提案なんだが、私をお前達の旅に同行させて貰えないだろうか。私にあるのは剣ぐらいだが、今のお前には必要だろう」
ハイドラは急な成り行きにポカンと口を開けて、呆けてしまっている。
「……えと、そっそれはオルヒアさんが僕に剣を……弟子にしてくれるってことですか? 」
「そのとおりだ。私は未熟者だ……があっ⁉」
「オルヒアさああああああんっつ!」
「きゃああああああああああっつ‼」
私はハイドラの予測不能の行動にまったく対応できず、真正面からその両腕に力強く抱きしめられ、胸に顔を押し付けられてしまった。
「僕、昨日の夜からずっと思っていたんです!あんな強い人に剣を教えて欲しいなって!次会えたら絶対頼んでみようって‼ それがこんなに早くこんな形で叶うなんて最高だ‼」
「わかった! わかったから、一度冷静になれ! 落ち着けって! 」
ハイドラは急に私を解放すると、その喜びを立ち止まったままでは消化できなかったのだろう、二、三度飛び跳ねた後、全力で走って行ってしまった。
ぺたん、と腰抜けのように地面に座り込み、吸いきった息を大きく吐く。いまだ心臓は飛び跳ね続けていて胸が痛い。首から上が異常に熱くて、落ち着け落ち着けと焦るほど温度が上がっていく。
何なんだこの衝動は。
不覚にも男にあのように抱きしめられるとは、こんな事だから私はいつまでも未熟者なのだ。
アイツが戻って来たら、こんな不埒な真似を二度としないようにとキツくキツく叱責せねばなるまい。……いや、きつく言い聞かせる、ぐらいにしておこう。せっかく出来た弟子に逃げられてしまってはいかんからな。うん。
耳たぶまで紅くなるほど動揺した心を鎮めるために念仏でも唱えようかと思い始めた頃、私にぶつけられる視線に気付いた。
「あー……こっちで少し話でもしないか」
毛長牛の向こうの少女は、声をかけるとさっと身を隠す。どうやら呼びかけに応じる気は無いらしい。
確か、人見知りすると言っていたか。しかし、これからは一緒に旅をしようという者に何も言わないワケにもいくまい。
「ルルディ、私は凱門オルデヒア。故あってお前達と旅をする事になった。突然のことで戸惑うだろうが、よろしく頼む」
毛長牛の向こうで多分聞いているであろう少女に向かって一応挨拶をする。慣れてくれるかどうかは不明だが、最低でも敵じゃないと認識して貰わないと困るのでな。
てん、と。小さな木の実が、足元へと落ちた。
見ると、毛長牛の横から少女が眉間にシワをよせ、への字口の不機嫌顔で木の実を投げている。
「容姿端麗っ! 眉目秀麗っ!体格流麗っ! 流れる艶髪にっ剣の師匠⁉ 属性持ちすぎ!」
と、よく分からない単語を叫ぶ度に、木の実をへろんと投げてくる。
「とりあえず落ち着けよ! 落ち着いて私の話を聞け」
「その揺れる乳でハイドラを誘惑するつもりなんだな! そうなんだな! 」
「ちっ違う! 私は別に……」
咆哮する小動物は、私の言うことなど聞こえていない様子だっだが、その口撃に対して木の実を投げ続ける攻撃はかわいすぎて怒るに怒れなかった。