第二章 十二
私達三人と一頭が、植物と人との領域の境目である川を渡ってから一週間が過ぎようとしていた。
迷宮内はここが地中の空間だと忘れるほど不可解な所だ。
頭上には雲がある、熱のない光が降る、昼夜らしき日昇日暮れまである。
さらには 密林よりも密集した植物の壁が創り出す世界は、人が歩き進むには、苛酷という表現では生温い場所だった。
練達の収穫者ならば、この環境への対応は心得たものだろうが、私達は迷宮に関しては所詮素人の集まりでしかない。途中で会った収穫者に霊薬の素材と"森の人"の情報を貰いながら奥へ奥へと移動しているのだが、迷宮に最も早く馴染み、最も役立ったのは毛長牛のロバロだった。
「待って。ロバロが止まった。何かいる」
道無き道を踏みしめて先頭を行くロバロは、立ち止まって、ぶもーと警戒音(と、ルルディは言っていた)を発している。
「よし、私が先行する。ハイドラ、構えは逆八角で警戒防御だ」
「はいっオルヒアさん」
ここは高い木々が生い茂り周りは薄暗い。見通しは悪くないが周りがほぼ植物で埋め尽くされているため、どれが敵なのか分かりずらい。意識を聴覚と嗅覚に集中して敵の位置をさぐる。
いた。
木漏れ日の差す一帯。植物的には一等地の盛り上がった地面に、半分ほど埋まった茶色い岩に見える一尺(30cm)ほどの物体。
芽の上、頭とおぼしき場所に白い花を一輪かざし、甘い匂いを発している。
「(馬鈴薯だ)」
私は後ろでしゃがんでいるハイドラに、小声で敵の種類を告げる。
「(私は正面に回って注意を引く。お前はうしろからとどめを。落ち着いて急所を狙え)」
「(了解しました)」
ここ何日かの間に、修行と実戦を繰り返す濃密な時間を過ごした成果は、確実にハイドラを成長させている。元々地道に鍛練して土台を培って来た事もあり、きっかけを与えただけで飛躍的に技術が伸びているといった印象だ。加えて彼の素直な性格は厳しい修行をモノともしない。
植物、特に野菜類は戦う機会も多く、人対人でしか立ち合った事のない私にとっては、非常に新鮮な驚きの連続だった。
今目の前にいる馬鈴薯は以前にも戦っている。頭の花で誘引し、近づいた所を下草に隠れている蔓(触手? )で捕獲、一気に引き寄せ芽から出る毒針でとどめを刺す、という戦法をとる。
三間(5.5m)まで近づくと周りの張り巡らされた蔓に感知され、素早く足首に絡みついてきた。
しかし、心構えが出来ていれば冷静に対処が可能で、特に脅威ではない。
私は腰の刀で蔓を断ち切ると、跳躍し一気に間合いを詰める。
すると新たな蔓が攻撃に参加、地面から立ち上がり手首に絡みつく。これはそのまま受け止め、馬鈴薯との綱引きに持ち込む。
「ハイドラ! 」
「はいっ! 」
馬鈴薯の後ろから突進してきたハイドラは愛刀を引き抜き、気合いと共に両断の一閃を繰り出した。
寸前、地面から這い出した馬鈴薯は、蔓の引きを利用して私のいる方向へ逃走を図る。
「っ浅い! 」
ハイドラの剣は辛うじて馬鈴薯を捉えたものの入りが浅く、その丸い体を宙に跳ね上げる。
この機を逃すわけにはいかない。私は蔓の絡まった小手を思い切り捻る。
カチリ、という音と共にこまかい部品が噛み合い、その隙間から飛び出した刃が絡まった蔓を粉々に切り裂いた。防具屋の主人、いい仕事をする。
自由になった両腕の小太刀は軽い空気の鳴る音と共に馬鈴薯を八等分にしていた。




