12 テーマ曲
フィオーレ先輩とフラセ先輩の婚約が発表された食堂はお祝いムード一色。
お祝いの言葉を皆で一斉に贈った後は通常通りの晩ご飯になったけど、誰もが表情を明るくしている。
「髪を結ったリンちゃんの姿は新鮮だなー。これってフラセがやったのか?」
「やろうとしたのですけれど納得のいく出来にならなくて、ルシアにフラセが頼みましたの。ノトスの女の髪は夫である旦那様のモノ。その旦那様の依頼と許可があって初めて、旦那様以外の人も触れる事ができるのですわ」
「一度でも良いからリンジュの髪に触ってみたいって思っていたからさぁ、念願が叶った上に2人が婚約。幸せが一気に来過ぎて今日死ぬのかと思ったよ」
「目出度いのは確かだが死ぬなよ…」
6年生の席に聞き耳を立てていたらそんな会話が聞こえてきた。
いつも結わずに後ろへ流していたフィオーレ先輩の美髪が、今はシンプルな三つ編みに結われている。髪を結ったフィオーレ先輩をこれまで誰も見た事がないから、皆がすごく新鮮な気持ちになっていた。
私としても、未来である『カログリア王国戦記』から本当ならフィオーレ先輩は一度も結う事なく一生を終えていたと知っているだけに、新鮮以外の気持ちが溢れてくるのを抑えられない。
叶う事ならこの思いとフィオーレ先輩の姿をスレッドに書き込んで、ファンの人達と共有したい。旦那様の依頼うんぬんについても書けば、きっと「フラセに頼まれて結いました」「フラセから許可を得て結いました」って注意書き入りで、フィオーレ先輩が色んな髪型をしている絵が公式でも二次創作でも作られるはず。
でも残念ながら、スレッドは見る事は出来ても書き込む事は出来ない。【記憶の魔法】で継承した知識は固定されているらしい。本当に残念で、寂しい…。
「でもリンちゃん、その髪留めはちょっとリンちゃんには子供っぽい気がするぞ」
「んふふふふふ、良いのです。だってこれはフラセから頂いた品ですもの」
6年生のキーファー先輩に指摘されるも、髪留めを大事そうに撫でながらフィオーレ先輩はポッと頬を赤らめる。滅茶苦茶可愛い…じゃなくて、ラリオ先輩から貰った事が本当に嬉しいのだと分かる。
「今のわたくしに似合う新しい物も用意してくださるそうですけど、似合う似合わないは重要ではありません。フラセがわたくしを想いながら選び、そして贈ってくれた事が嬉しいのですから」
「そう言うものか?」
「そう言うものですよ。特に女性はね」
「うむ。なら私も許嫁殿に贈るかな」
「許嫁様にはこれまで贈った事がないのですか?」
「前に贈ろうとはしたんだが、いらないと言われてしまってなー。摘んだ花なんかを贈った時は喜んでくれたが…。でも私が許嫁殿を想って選び、贈ってしまえばいいのだと今気付いた。感謝するぞ、リンちゃんとフラセ」
「お役に立てて何より。でも一方的にやり過ぎるのは注意ですわ、奥ゆかしい方なら特に。まず一つ目で反応を見て、好みの傾向を探ると良いでしょう」
「成程、分かった!」
キーファー先輩の許嫁。ひじょーーーに気になる言葉に、つい前のめりになる。堪えろぉ、堪えろぉ。
「て言うかフラセ、さっきから一言も喋ってなくないかー?」
「…」
「自分の事なのに終始我関せずみたいな顔でいるよな、コイツ」
「…婚約発表、寝耳に水でロクヤがメンチ切っても無反応」
「そんな事6年間で初めてだよね」
「…」
「んふふふふふ、照れているのですわ。わたくしのような美人で完璧な妻を得られた幸運に、いまにも駆け出してしまいそうな衝動を必死に抑えていますのよ。昨日はあんなにも情熱的に想いを告げてくれましたのにね~フラセ、んふふふふふ」
「…」
反応はそれぞれだけど、フィオーレ先輩とフラセ先輩を中心としたテーブルが盛り上がっている事に違いはない。
本来の目的を忘れてついつい眺めていると、色々と言われてきまりが悪いのか、顔を背けたラリオ先輩と目が合ってしまった。
紙束を持って自分達を見ながら突っ立っている1年生。これに気付いて無視する先輩はこのテフル魔法学園にはいない。
「ルシア、お前のところの後輩が何か用らしいぞ」
「お、フラセがやっと喋った」
「1年2組のローリ・クレインじゃないか」
「ローリ、どうかしたの?」
「ええっと、その。フィオーレ先輩にお渡ししたい物があって、ですねぇ」
先輩達から一斉に視線を送られて思わずたじろいでしまったけど、見知ったルシア先輩が近くへ来てくれたお陰でホッとする。ただせっかく近くまで来てくれたルシア先輩には申し訳ないのだけど、私の用はフィオーレ先輩にあった。
「あら、わたくしを御指名? 何の御用かしら?」
「あの、この度はおめでとうございます。これ、お祝いです。受け取ってください」
フィオーレ先輩も席を立ってわざわざ近くまで来てくれた。そんなフィオーレ先輩に、私は持っていた紙束を差し出す。
クラブも違ってあまり接点のない私からの突然の贈り物に、流石のフィオーレ先輩も2回程瞬きをする。でも、すぐにいつもの綺麗な笑みを浮かべて紙束を受け取ってくれた。
「これはお気遣いありがとう」
「そう言えばローリ、さっき外に出ていたものね。これを取りに行っていたんだ?」
「ルシア先輩お気付きでしたかぁ」
「そりゃ結構な勢いだったから。で、これ何? 私も見ていい?」
「はいどうぞぉ。その、もっと綺麗に書けたら良かったんですけど…間違ってはいないはずです」
ルシア先輩が紙束を覗いたからか、フィオーレ先輩はその場で紙束を捲った。
最初から渡すつもりで用意していたけど、目の前で先輩2人に見られるのは何だか気恥ずかしい…。
「楽譜、ですか。ちゃんと綺麗に書けていますよ。……でも、知らない曲ですわね」
「リンジュでも知らない曲があるんだね。楽譜を見ていてもどんな曲なのか私じゃ分からないや」
「素敵な曲ですわ。すぐにでも奏でたいと思えるくらい」
「お気に召してもらえて良かったですぅ。それ、私が【記憶の魔法】で継承した異世界の物語で出てくる曲でしてぇ」
私としては特に変な事を言ったつもりはなかった。ところが言った瞬間、食堂全体が揺れたように錯覚する程のどよめきが起きた。
誰かが椅子事ひっくり返って、ビックリする。
「え? え?」
「ローリ…。楽譜に限らず異世界の物はとても貴重、有り体ですが分かりやすく言うととても高価なのです。高価な品は簡単に扱ってはなりません。持っている者の心得であり責任ですよ」
言い含めるような口調で私にそう言うフィオーレ先輩の表情は何処か困っている風だ。
でも言われるまでもなく、継承した異世界の知識…『カログリアシリーズ』の情報を簡単に扱うつもりはない。翻訳して印税でウハウハ生活をするのは、ラブアンドピースを完遂してハッピーエンドを迎えてからと決めているし。ラブアンドピースの為に活用するにしても、わろたさんに情報を渡した時のようにかなり気を付けているつもりだ。
でも、それでも、この曲はフィオーレ先輩に渡したいと思った。だって…。
「だってそれはフィオーレ先輩の曲ですからぁ」
「わたくしの?」
「あっ、いや! じゃなくて! 聞いた時にフィオーレ先輩にピッタリって思ったんですよ! それで自分の中で勝手に、フィオーレ先輩の曲って呼んじゃっていまして!」
思った事がポロッと口から出て、慌てて言い直す。
「だからフィオーレ先輩にあげようって思って前から少しずつ書き写していたんです! でも言われた通り簡単にあげちゃいけないとも思ったから、何かあげるきっかけがないかなって密かに困ってて、そしたら今回お祝いの品に出来るチャンスが来たぁと思って! だから、簡単に出したわけじゃなくてですね!」
我ながら、大分しどろもどろだ…。
でも全部本当の事である。
フィオーレ先輩に渡したのは、ずばり「リンジュ・フィオーレのテーマ曲」。
『テフル魔法学園生シシー』の国営アニメでフィオーレ先輩が登場したり活躍したりする度によく流れ、『カログリア王国戦記』のアニメではラリオ先輩との死闘の際にフィオーレ先輩が展開した魔法の楽譜でもある。実際にはフィオーレ先輩は曲を知らない訳なので、気付く人は気付く的なファン向けのサービス演出だそうだけど。
しかしまぁ、楽譜まで載っていると知った時は流石に驚いたよねぇ。【記憶の魔法】マジ万歳。
個人のテーマ曲は一応他の人の分もある。ルシア先輩にも他の人にもあげようとは思わなかったけど、音楽クラブ部長のフィオーレ先輩にだけはあげたいと思ったんだ。写すだけとは言え楽譜なんて今まで書いた事ないから、かなり苦労した。
「ま、まぁ、そんな訳でして…受け取っていただけたらなぁと」
気を付けたつもりだけど、やっぱりまずかったのかと気まずくなって声が段々小さくなる。




