11 《描かれた物語》フラセvsリンジュ
これは、描かれた物語。
世界の一幕ーーー
「フラセ、知っていまして? 今世で殺し合った2人は、来世で結ばれる運命となるそうですわ」
そう言って微笑むリンジュ・フィオーレは壮絶に美しかった。
******
どうしてこうなったのか…。完全なる詳細を知る人間はその時点では僅かだった。
西の地方間でいざこざが起こっていた事は、中央の魔法師団に務めて早6年となっていたフラセ・ドゥ・ラリオも耳にしていた。
西は魔法使いを積極的に集めている都市トラモントが中心になる事が多い。今回も、ここ近年様子がおかしい都市オッキデンスにトラモントが見かねて仕置き的措置を取ろうとしている…と思っていた。
それがどうだ? トラモントが高威力の破壊兵器を用いてオッキデンス他、周囲一帯を無差別に吹き飛ばしたと言うではないか。その報告も、その被害数も、早計にそう判断してトラモントを潰そうと動く中央も、フラセには違和感しかなかった。
しかし中央への反撃にトラモントが件の破壊兵器を使用したのは疑いようもない事実。
およそ1人の魔法使いが放てる量と質ではない高出力の魔力光線砲。突如西から飛来した光…魔力砲は真っ直ぐに首都メディウムの中央に建つ王城を射抜いた。
それがトラモントの放った破壊兵器による攻撃である事は確か。その攻撃でトラモントへの粛清を決めた中央の重鎮達は跡形もなく吹き飛ばされ、同時にトラモントの危険な破壊行動が確定された。
そこからはもう、何が何やら…。
人も物も情報も錯綜する中、フラセが受けた指令はトラモントに与し中央への反旗を掲げたとある地方部族の討伐。
蜂起したのはその地方部族だけではない。トラモントの動き、思惑、目的は判明しないままだったが、その勢力が拡大する事だけは防がなくてはならなかった。
情報は足りていないが、状況を考えれば妥当な指令である。フラセは同じ指令を受けた他の魔法使いと中央軍と共に戦地へと赴いた。
事前に仕入れた情報によるとその地方部族にいる魔法使いは1人。4年生には進級せず、3年生で途中退学している。フラセとは在学期間が被っていないので面識はない。
男性優位の部族で勇猛ではあるが、その数は魔法師団も参戦している中央軍から見れば脅威とは言えない。
すぐに片付く。周囲と同様にフラセもそう思っていたし、実際、一部罠などで多少苦戦する面はあったが物量差で押し切るのにそう時間は掛からなかった。
そこへ遅れて合流した救護班の一員であったルシア・ヴァーチュからの情報で、フラセの運命は変わる。
…いや、確定したと言うべきなのかもしれない。
「何度も確認したけど間違いないの。フラセ、あそこにリンジュがいる」
「は? 何を言っているルシア。リンジュはノトスに…」
「ノトスが戦力不保持の宣言を出す少し前に、リンジュがここにお嫁に出されているんだよ。ラライヤも付いて来ているみたいで」
「ラライヤ…ラライヤ・テッスートか。道理で、罠に手こずらされたわけだ。いや、しかし。リンジュがいるならもう少しまともな…」
「そんな事どうでもいいから! どうにか2人を見つけ出して、連れて帰れないかな!?」
今の泣き出しそうなルシアに縋られ、フラセは苦慮する。
リンジュ・フィオーレ。こんな所で、かつての初恋にして未だ消える事のない想い人の名前を聞くとは思わなかった。
「こちらは無抵抗な奴へ無差別に攻撃したりしない。投降してくれるなら、それに越した事はないさ。だが…」
本当にリンジュが夫を持ったのなら、彼女は夫に従う。物量差に押されても引こうとしない…勇猛を通り越して無謀な部族の男が闘い続けるのなら、妻として彼女もそうする。
リンジュ・フィオーレとはそう言う人間だ。卒業から6年経つが、彼女の本質が変わっているとは思わない。フラセは誰よりも知っているから、分かる。
「…次の攻撃で俺を含めた魔法師団の者が数名、奥まで入る事になっている。それで族長を捕らえるなりして決着をつけるつもりだ。その時、探してみよう」
「私も行く!」
「お前は救護班だ。医療と薬学の知識の継承者、聖女ルシア・ヴァーチュ。聖女が後方にいるからこそ味方の士気は上がるし、敵だって治療を受けられると安心して投降する事ができる。自分の役割を見誤るな!」
「…ッ。親友1人自由に探しにも行けないなんて、聖女は不便だよ。後輩達も殆ど帰ってこない…。聖女なんて…」
「その弱音はリンジュに聞いてもらえ」
俯くかつての級友の肩に手を置いてから、フラセはその場を後にした。
ルシアの葛藤はよく分かる。
元来お人好しで人助けを信条とする彼女は、救護班であっても戦場に似つかわしい人物ではない。治癒魔法も異世界の医療知識も万能ではないのだ。取りこぼす命は後を絶たず、なのに聖女と言う異名だけで期待だけはされる。
さぞ重かろう…。とても可哀想だ…。
だが、如何に級友だろうとも、肩を抱いて慰めてやるのはフラセの役目ではない。
「ロクヤのヘタレ野郎が当てに出来ないなら、お前しかいないだろう…リンジュ」
作戦開始と共に、フラセは得意武器の魔槍を片手に反乱部族が守る土地の奥深くへと突入した。
族長が立て籠もる大凡の場所には目星がついている。
仲間とそこを目指して突き進んでいた時、ふと、フラセの耳に懐かしい音が掠めた。
ーーー歌? これは…。
思わず立ち止まったフラセを仲間が呼ぶが、先に行くようにだけ伝えてフラセは仲間に背を向ける。
まるで呼ばれるように、歌に導かれて進んだフラセが行き着いたのはすり鉢状に切り立った場所。幾つもの切り出された石の中に人影を認めた瞬間、フラセは躊躇する事なく下へと降り立った。
「…あらまぁ、どなたが来たのかしらと思ったら。御機嫌よう、フラセ」
「あぁ。卒業以来だな、リンジュ」
石が並ぶすり鉢状の中心で、石の一つに優雅に腰掛けていたのはやはりリンジュだった。
卒業から6年、フラセが青年になったように少女の面影を残していたリンジュもすっかり大人の女性へと成長していた。結わずに後ろに流した長く、誰よりも美しい髪はフラセの記憶のまま。
「ここは…」
「歴代の英雄達が眠るとても大切な墓地だそうですわ。女性を前線に出すのは流儀に反するそうで、代わりにここの守りを仰せつかりましたの」
「成程、な」
リンジュが腰掛けているのも含めて、並ぶ石は墓碑のようだ。そんなものに腰掛けるのはどうかと思うが、彼女らしいとも言えるし相変わらずの様子に安堵する気持ちもある。
本音としてはここで会いたくはなかった。
反乱部族にリンジュがいるらしいと言うルシアから情報が、誤りである事をフラセは願っていた。そもそも本当にリンジュがいるのなら、こうも簡単に部族が負ける訳がないと考えていたから。
だがその理由にも合点がいった。
嫁に貰っていながら、部族はリンジュの能力と才能を知らなかったとみえる。リンジュを前線に出し、指揮を取らせていたら最低限中央軍から和平なりの譲歩を引き出せるだけの戦況には持って行けていたと言うのに。
そうなっていたら中央軍の被害は今の比ではなかっただろうから助かったとも言えるが…。
男性優位の部族、流儀と言うがどこまで本当か怪しい。学園きっての才女リンジュ・フィオーレをこんなうら寂しい所に配置して…まるで理解していない。なんて愚かな一族。滅んで当然だ。
反乱部族へ特に思うところもなかったフラセだが、ここに来て初めて怒りが沸いた。
「リンジュ、俺と一緒に行こう。俺が何とかしてやる」
「……ノトスは、お母様は首尾よくやれているのかしら? ここに来てからまともな情報が得られていませんの」
「ノトスなら戦力不保持の宣言を出している。南地方はトラモント派が多いが、目立った混乱は今のところない」
「そう、よかった。ねぇフラセ、知っていまして?」
フラセから最愛の母がいる故郷ノトスについて聞いたリンジュは一度視線を下げた。
だがそれは一瞬の事。再び上げられたリンジュの表情は微笑みを帯び、凛とした雰囲気に場の空気が一気に引き締められる。
美しい笑みだ。本当に、壮絶に、美しい。
だがその笑みに見据えられたフラセの背はゾクリと冷えた。
「今世で殺し合った2人は、来世で結ばれる運命となるそうですわ」
「…こ、ここへ辿り着くまでに随分と葬ってきたからなぁ。来世の俺は恋人だらけと言う事か。その中にお前の旦那がいないといいんだが」
「その気遣いは不要、とだけ言っておきましょう。それよりも、そんな羨ましい程の数の恋人候補にわたくしも混ぜていただきたいの」
スッと音も立てずにリンジュが墓碑から立ち上がる。
ささやかなそんな仕草すら、優雅だ。
「わざわざ混ざらんでも、今世で立候補してくれたらいいじゃねぇか。お前なら大歓迎だ」
「あらまぁ、暫く会わない内に随分と軟派な事を言えるようになりましたのね」
クスクスと鈴を転がすようにリンジュは笑う。
一方のフラセはリンジュが立ち上がった瞬間から忙しなく周囲を見張っていた。
ここへ降り立った時から本当は気付いていた。あちらこちら…おびただしいと表現してもいい数の罠や魔法トラップが、この墓地一帯に仕掛けられている事を。
それ等がリンジュの動きに連動するように、一斉にざわめき出した。実際には音など立っていないのだが、気配で分かる。
数。巧妙さ。精度。そしてリンジュとくれば、これ等を仕掛けたのは1人しか思い浮かばない。
「テッスートか」
ラライヤ・テッスート。2学年下の後輩で、魔法を使わない罠から使う魔法トラップまで、古今東西ありとあらゆる罠を操る仕掛けの天才。
魔法学園に在学している間も趣味と称しては校内中に仕掛けを作り、殺傷能力こそなくとも同級生や下級生を中心に怪我人を続出させた有名な問題児だ。それがリンジュに懐いて、元々魔力適性があった別のクラブから音楽クラブに変更までした。
懐いた理由は一つ。自分の仕掛けをリンジュが一番上手く綺麗に使ってくれるから、である。
「ご明察。ここは墓地であるとともに、ラライヤの遺作なのですわ」
「遺作…。死んだのか?」
「この土地に来てすぐ…まだ戦況がそれほど厳しくなかった当初、あの子が暇つぶしに仕掛けていた罠が殿方達のお気に召したらしくて、それで」
「女性を前線に出さない流儀は何処へ行ったんだ…」
「わたくしも行かなくていいと言ったのですけどね。五体満足で弔ってあげられただけでも幸運…なんて思う、なんと無情な先輩なのでしょう」
「お前に葬ってもらえたのならテッスートも満足だろう」
「そのラライヤが、遠目で見ただけだけど貴方が来ていると教えてくれましたの」
会話しながらフラセは悟った。
これでリンジュが投降する道は絶たれた、と。
ノトスが戦力不保持の宣言を出した時点で気付くべきだった。リンジュ・フィオーレがいるのに、何故? と疑問を抱いたと言うのに、なんと無能か。
リンジュは戦いを求めて自らノトスを出た。表向きにはそれで通さなくてはならない。
ノトスで危険なのはあくまでもリンジュだけなのだとする事で、リンジュがいなくなったノトスは脅威ではないと示した。そしてそれを通し続ける為に戦いを放棄したりはしない。
最初から、彼女は己の退路を断ってここにいる。
せめて、せめてラライヤ・テッスートが生きてくれてさえいれば、後輩を人質に取り投降を強要する事も出来た。残された手はそれしかないと、フラセは考えていたのに…。
リンジュは自分を慕ってここまで付いて来た後輩を死なせて、自分だけが生き永らえる選択を絶対に選ばない。
ーーールシア、すまん。
こうなってしまえばルシアの名前を出してもリンジュは考えを変えない。仮に出しても傷付けるだけなので、その名前を告げる事もフラセはしない。
今、フラセがリンジュにしてやれる事は彼女の覚悟に最後まで付き合ってやるだけ。
リンジュ・フィオーレに相応しからざるこの場所を、彼女に相応しい戦場にしてやる事だけだ。
「俺に勝てると思っているのか? リンジュ」
「フラセこそ、わたくしに勝てるとでも?」
貴方ならそう言ってくれると思ったから呼んだの。
そんなリンジュの心の声が聞こえた気がした。きっとここに来たのがフラセでなくても彼女は一切引かず、一切躊躇せず戦いを始めたのだろう。そして一切手を抜かずに相手を葬っていた。
そうはならないようにフラセを呼んだ。覚悟の相手に、最後の相手に自分を選んでくれたと言うのなら、それに応えずして男と言えようか。
フラセは魔槍を握る手に力を入れ直した。生け捕りなんて生温い事は言わない。そんな事を気にしていてはリンジュ・フィオーレには勝てないし、リンジュもフラセを呼んでおいて手を抜いたりしない。
言わずとも、分かる。
お互いが、分かる。
知っているのだから。
互いの全力を掛けた、最初で最後の、本気の死闘だーーー
「では始めましょうか。至上の一曲を貴方へ…」
リンジュが魔法行使に特化した得意武器の魔法棒を振った瞬間、彼女を螺旋状に囲う楽譜が宙に現れる。
楽譜に載っている無数の音符一つ一つが何らかの魔法か、テッスートが遺した魔法トラップを起動させるモノだ。
かつては音楽クラブにてあらゆる楽器の演奏を極めた才女が一番得意としたもの…指揮。それを戦闘にも応用しスタイルを確立した彼女の姿は、戦場にあってもやはり優雅だ。
そこからフラセはひたすら走った。動き続けた。
一瞬でも止まればテッスートの仕掛けか、リンジュの攻撃が飛んでくる。
予備動作に注意すればリンジュの攻撃はある程度は避けられるが、そこを計算して罠や魔法トラップの場所へと誘導される。魔法トラップは発動権を有しているリンジュの思うままで、発動時の微弱な魔力を感知して避けても今度はそこへリンジュの攻撃が来る。更には予測不可能な魔力を一切帯びない通常の罠まで。
ひたすら避ける、ひたすら防ぐ、ひたすら動く。
息つく間もない。
一瞬の判断ミスが文字通りの命取りとなる。
リンジュ・フィオーレは接近戦には向かない。
前線にあっても後方から指揮を取り、敵の隙へ遠距離魔法を撃ち込む戦法を得意としている。
本来なら彼女を守り、指示を聞いて敵をかく乱し隙を作る前衛が必要なのだ。テフル魔法学園に在学している間は、その役をよくフラセが担っていた。2人で組んだ実戦訓練で負けた事は一度もない。
今、前衛の代わりにあるのがラライヤ・テッスートの仕掛けだ。
テッスートの仕掛けがない所まで引いて遠距離魔法を撃ち込んでも、遠距離魔法を得意とするリンジュに防がれた上に更に強力な魔法を撃ち込まれるのがオチ。第一、フラセが墓地に降りた時点でテッスートの仕掛けの領域内に入ってしまった事を意味する。なら逃走は不可能。
ーーーお前もリンジュに生きてほしかったんだな、テッスート。
リンジュに勝つには彼女に肉薄し一撃で致命傷を与えるしかない。
敵がそれに気付けばリンジュに近付こうとする。ましてや誰よりもリンジュを知るフラセが来ていると、テッスートは知っていたのだ。
前衛の代わりである自分の仕掛けで敵が、フラセが、リンジュに近付くのを何としても防ぎたかったのだろう。
殺傷能力の高さは当然だが、それ以上に足止めやリンジュから距離を取らせる仕様の仕掛けが多く見受けられ、後輩の強い執念をフラセは感じ取っていた。
そこにあるのはただただ、矜持高くしか生きられない不器用な先輩を案ずる想い。
「ぐっ!」
片足を射られた。突き刺さった矢を抜いている暇はない、動き続けなければ。
少しずつ少しずつリンジュとの距離を縮めているが同時に、防ぎきれなかった攻撃もまたフラセの身体を少しずつ少しずつ削っていた。
尽きない攻撃、終わりの見えない戦いに心が折れそうになる。
そんなフラセの心を繋ぎとめているのもリンジュだった。
ーーーあぁ、なんて美しい。
リンジュが動く度に結っていないのに決して絡む事のない彼女の髪が、広がっては踊る。
その様が綺麗で、ずっとずっと見ていたいと思ったからフラセは止まる事をしなかった。
フラセがそう思っていたように、リンジュも同じように思っていた。
ーーーあぁ、なんて素敵。
単身でひたすらにリンジュへと向かってくるフラセ。
罠と魔法トラップが無数に仕掛けられたこのすり鉢状の墓地から逃げる事は出来なくても、仲間に救援要請を出す事くらいなら簡単に出来る。いかに無数と言っても無限ではない。リンジュに近付く事は諦めて回避に徹し、ラライヤの仕掛けとリンジュの魔法が尽きるまで仲間に安全な位置から遠距離で攻撃させる方法だってある。
安全性と確実性を考えれば、それが正解なのだ。
なのにそうはせず、リンジュの我が儘にこうやって付き合ってくれている。
年相応の見た目に成長していても相変わらずの不器用で、相変わらず甘くて、相変わらず…優しい。
その事が嬉しくて嬉しくて、恋慕の情は悲しい程に消えてはくれない。
2人でずっとずっとこうしていたいと思った。
けれど無情にも、時は止まってはくれない…。
「うおぉおおおっ!!」
決着の時は一瞬。ついにフラセの魔槍がリンジュに届く。
魔槍は寸前で止まる…などと言う事はなくリンジュの胸を貫いた。
リンジュに決着の一撃を与えたフラセだが、体中に負った酷い傷の影響で最早立ってもいられず、リンジュに覆い被さる形でその場で倒れ伏した。
「うっ…ぐ」
全身が悲鳴を上げているような痛みにフラセは顔を顰める。
これはルシアに治療してもらっても、再び戦場に立つ事は出来ないだろう。
戦士としてのフラセ・ドゥ・ラリオはここで死んだ。
だが構わない。
リンジュに捧げられるのなら、フラセにとってこれ以上のモノは…。
「リン、ジュ。………ッ!!!」
最期に恨み事でも聞いてやろうかと、痛みを堪えながら上体を起こしたフラセが見たのは……自分達の身体の間でリンジュが魔法を発動させているところだった。
この期に及んで何をと思うが。
ーーーこれは、爆破魔法!!?
発動された魔法を理解した瞬間、フラセの生存本能が咄嗟に逃げようとした。
もう戦う事は出来ない傷だが、生きる事は出来る。逃げる事は、出来た。
リンジュもそれを分かっていた。
だから魔法が、実際に爆破するまでに少し時間が掛かるようにした。
フラセならその時間で逃げられると、知っていたから…。
リンジュの誤算は、目が合った瞬間にそれをフラセに悟られた事だ。
「……リンジュ」
フラセが逃げようと身じろいだのは僅か。彼はその場から動かず、ソッとリンジュの顔に自分の顔を近付けた。
お互いに見えるモノは、お互いの顔だけ。
リンジュの視界いっぱいに映るフラセがニカッと笑う。
「知っているか? 今世で殺し合った2人は、来世で結ばれるんだそうだ」
【記憶の魔法】によりこの世界には、異なる世界と前世と言うモノが存在する事が確認されている。
前世があるのなら、来世もある。
「来世で会おう」と生まれ変わっても再び相まみえる事を願う別れの言葉なんてものがあれば、その来世での関係を期待するまじないもある。どれも不確かで、確実なモノは一切ない。
フラセは不確かなモノを信じ、賭ける性格ではない。
ただ思うのは、一緒に…と。
よく、リンジュの我が儘に良く付き合えるなと在学中に言われた。
リンジュと一緒にいる事も我が儘に付き合う事も、フラセにとっては苦でもなんでもない。
だって好きだから。
好きでやっているのだから。
今世から一緒に去るのも、来世へ一緒に逝くのも、フラセが好きで選んだ。
フラセの意思を理解してリンジュは何か言おうとしたが、胸を貫かれた影響からか声を発しようとしても言葉ではない掠れた音が出るだけだった。
ダメと拒否する言葉だったのか、逃げろと切願する言葉だったのか、それとも感謝か…はたまた愛の言葉だったのか。
ただ喋れないと理解したリンジュがフラセの笑顔へ応えたのは、美しく優しい笑み。
リンジュの爆破魔法が発動するまでのほんのひと時の間、2人はただ見つめ合っていた。
離れていた時間を埋めるかのように。
かつて言葉に出来なかった想いを伝えるかのように。
ほんのひと時は、2人にとっては永遠にも似た時間。
恐れはない。
だって
結ばれる来世が、2人を待っているからーーー
ローリが持つ『カログリア王国戦記』より。
明日の更新はお休みしまぁす。




