第6話 俺は英雄だあああ!!
数時間後、一行は連合国軍の本拠地――城塞都市グランディアへ到着した。
高さ二十メートルはあろうかという巨大な石壁が都市全体を取り囲み、そびえ立つその姿は、もはや壁というより山脈に近い。城門の前には武装した兵士たちが整然と並び、周囲を厳重に警戒していた。その光景を目の当たりにした俺は、思わず口を開ける。
「でっか……。なんだよ、ここ。要塞ってレベルじゃないだろ」
現代日本でも、そう簡単にはお目にかかれない規模の城塞都市だ。こんな場所を攻め落とそうと考えるだけで、俺なら胃が痛くなりそうである。
やがてロイドたちの馬が城門へ近づくと、待機していた兵士たちが一斉に敬礼した。
「ラインハルト大佐、ご帰還です!」
「うむ。戦況を司令部へ報告してくれ。それから、今回の作戦で隊長級魔族を討ち取った者も連れてきた。関係者への報告と、彼の受け入れ準備を進めておいてくれ」
ロイドがそう告げた途端、周囲の兵士たちがざわめき始めた。
「隊長級を討ち取っただと……!?」
「いったい誰がそんなことを?」
次々と向けられる視線に、俺は嫌な予感を覚えながら自分の顔を指差した。
「……もしかして、俺のこと?」
「そうだ」
ロイドがあっさりと肯定した瞬間、その場が静まり返った。だが、それもほんの一瞬のことだった。
「おおおおおおお! すげえ! 英雄だ!」
「思ったより若いな! こんな青年が隊長級を倒したのか!」
「顔つきも落ち着いている……。相当な修羅場をくぐってきたに違いない!」
(いや、最後のやつは顔から何を読み取ったんだよ)
兵士たちは勝手に納得し、俺を取り囲むように集まってきた。まさか、こんな大勢に歓迎される日が来るとは思わなかった。ついさっきまで奴隷小屋で命の心配をしていた人間に対する反応じゃない。
俺は慌てて両手を振った。
「いやいや、ちょっと待ってくれ! 俺一人でやったわけじゃ――」
「ご謙遜なさるな!」
近くにいた兵士が、感極まった様子で声を張り上げた。
「本当の英雄というものは、自分の武功を誇ったりしないものです!」
「なるほど! だからあれほど否定しているのか。なんて謙虚な人なんだ!」
「だから、そういうことじゃないんだって!」
必死に訂正しているのに、誰一人として聞く耳を持たない。それどころか、否定するたびに周囲の目が尊敬の色を増していく気がする。
(やめろ! 俺の言葉を都合よく解釈するな!)
しかも、騒ぎを聞きつけた兵士たちが次々と集まってくるものだから、状況は悪化する一方だった。
「聞いたか? 敵陣に単独で潜入して、隊長級の魔族を毒殺したらしいぞ!」
「毒殺だって? 俺は十体以上の魔族を素手で倒したって聞いたぞ!」
「おいおい、話が違うじゃないか!」
「どっちも本当なんだろ。だから英雄なんだ!」
(どこ情報だよ!? あと、なんで勝手に両方とも本当になってるんだ!)
噂というものは恐ろしい。人から人へ伝わるうちに、話の内容がどんどん盛られていく。しかも、俺が否定すればするほど「秘密を明かさない英雄」という解釈まで加わり、もはや手の施しようがなかった。
そんな騒ぎの最中、不意に人々のざわめきが静まった。集まっていた兵士たちが自然と左右に分かれ、その先から一人の男が姿を現す。
豪華な装飾が施された鎧に、肩から流れる深紅の外套。年齢は六十歳前後だろうか。白髪交じりの髪と鋭い眼差しには、長年にわたって軍を率いてきた者だけが持つ威厳があった。彼が歩いてくるだけで、周囲の兵士たちの背筋がぴんと伸びる。
「ラインハルト」
低く、よく通る声が響いた。
「元帥、お待ちしておりました」
ロイドが一歩前へ出て敬礼する。周囲の兵士たちも一斉に頭を下げた。なるほど。この人が連合国軍のトップか。
男――連合国軍元帥、グレゴール・ヴァルハルトは、ロイドに軽く頷いてから俺へ視線を移した。鋭い目が頭の先から足元までを確かめるように動く。
「君が、隊長級魔族を討ち取ったという青年か?」
「えっと、それには少し事情がありまして……」
今度こそ誤解を解くチャンスかもしれない。俺が説明を始めようとした、そのときだった。
「元帥。彼については、私の《審議眼》で確認済みです。先ほどの証言に嘘の反応はありませんでした」
ロイドが、なんとも頼もしい声で告げた。
(おい! 余計なことを言うな!)
グレゴール元帥は興味深そうに眉を上げる。
「ほう。お前の《審議眼》で、か」
「はい。彼が魔族に従っていたのは生き延びるためであり、人間を裏切る意思はなかった。また、隊長級魔族を毒殺したという証言にも、嘘の反応はありませんでした」
「なるほど……」
元帥はしばらく俺を見つめていたが、やがて納得したように頷いた。
「お前の《審議眼》がそう告げたのなら、疑う理由はあるまい」
(だから、そこなんだって! 俺自身が一番その判定を信用できてないんだよ!)
そもそも俺は、隊長級魔族を毒殺した覚えなんてない。なのに、なぜか嘘を見抜く能力には引っかからず、周囲の人間は俺を英雄だと信じ込んでいる。誰か、この状況を説明してくれ。
もちろん、俺の心の叫びを聞いてくれる人間などいなかった。
グレゴール元帥は城門前に集まった兵士たちを見渡すと、威厳に満ちた声で宣言した。
「連合国軍の兵士たちよ! 今回の作戦において、隊長級魔族を討ち取った功績は大きい。この青年を連合国の特別功労者として迎え入れる!」
その瞬間、再び歓声が爆発した。
「英雄万歳!」
「人類の希望だ!」
「特別功労者殿、万歳!」
割れんばかりの歓声に包まれながら、俺は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
(なんか知らんけど、とんでもないことになってきた……)
だが、元帥の話はそれだけでは終わらなかった。
「さらに、彼には衣食住を保証し、褒賞金として金貨五百枚を与える!」
(勝ったぁぁぁぁぁ!!)
心の中で、俺は盛大にガッツポーズを決めた。
金貨五百枚がどれほどの価値なのかは分からない。だが、衣食住が保証されるというだけでも十分すぎる。もう、粗末な小屋で寝起きする必要もなければ、魔族の機嫌を取るために酒を飲んで角を褒め続ける必要もないのだ。
(神様、見てるか!? 能力ゼロでも、人生どうにかなるじゃねえか!)
つい先日まで奴隷だった男とは思えないほど、俺の未来は希望に満ちあふれていた。少なくとも、今のところは。
「それと、もう一つ頼みがある」
元帥が満足そうに笑いながら、何気なく言葉を続けた。
……頼み?
その一言を聞いた瞬間、俺の背筋を嫌な予感が駆け抜けた。こういうときの「頼み」は、たいてい断れない面倒事と相場が決まっている。
「来月、魔王軍討伐作戦を予定している。ぜひ君にも参加してもらいたい」
「…………はい?」
「隊長級魔族を単独で討ち取った実力者だ。君が加わってくれれば、兵士たちの士気も上がる。もちろん、戦場でも大いに活躍してくれると期待しているぞ」
元帥は俺が当然引き受けるものと思っているのか、満足そうに頷いた。周囲の兵士たちもすっかりその気になり、期待に満ちた目を向けてくる。
「英雄殿がいれば百人力だ!」
「これなら魔王軍にも勝てるぞ!」
「人類の未来は明るい!」
(いやいやいや! 勝手に人類の未来を俺に背負わせるな!)
俺は何とか口を開こうとしたが、期待に満ちた視線が一斉に集まっているせいで、言葉が出てこなかった。
衣食住に金貨五百枚。これだけ聞けば、夢のような待遇だ。だが、その代償が魔王軍との戦争だなんて、話が違いすぎる。
(終わった……俺の人生、ここで終わった……)
能力ゼロ、魔法なし、戦闘経験なし。武器を持ったところで、まともに戦える自信なんてない。そんな俺が、来月には魔王軍との戦場に立たされるらしい。
しかも、敵の隊長級魔族を毒殺した英雄として。
(待て待て待て! 俺、そもそも毒なんて盛ってないんだぞ……?)
今さら真実を話したところで、信じてもらえるかどうかも怪しい。なにしろ、連合国軍の元帥自らが、俺を英雄だと認定してしまったのだから。
こうして俺――佐伯悠真は、本人の意思とはまったく関係なく、人類の希望を背負う英雄として祭り上げられてしまったのである。
……誰か、俺の代わりに魔王軍と戦ってくれないかな。




