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第5話 とりあえず嘘をつき通したらなんとかなった

 魔族たちが撤退すると、つい先ほどまで怒号と銃声に包まれていた村は、嘘のような静けさに包まれた。あちこちで土煙が立ち上る中、甲冑をまとった兵士たちが手際よく奴隷たちの縄を切り、負傷者の手当てを始めている。ようやく解放されたのだと実感したのか、座り込んだまま動けない者もいれば、泣きながら仲間と抱き合う者もいた。


「もう大丈夫だ。安心してくれ」


 落ち着いた低い声とともに、一人の男が兵士たちの前へ進み出た。銀色に磨き上げられた鎧に深紅のマントを羽織った男は、四十代ほどの精悍な顔立ちをしており、歴戦の軍人らしい威厳を漂わせている。


「私は連合国軍所属の大佐、ロイド・ラインハルトだ。諸君らを解放するため、この村を制圧した。もう魔族に怯えて暮らす必要はない。これからは我々が君たちを保護する」


 その言葉を聞いた途端、張り詰めていた緊張の糸が切れたように、元奴隷たちは次々とその場へ崩れ落ちた。


「助かった……! やっと自由になれるんだ……!」


「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます……!」


 涙を流しながら何度も頭を下げる彼らを見て、ロイドは静かに頷いた。


「礼には及ばん。我々は人々を魔族の支配から解放するために戦っている。それが軍人としての使命だ」


 なんて立派な台詞だろうか。俺もあんなことを言ってみたいものだ。いや、待て。今の俺は、それどころじゃない。


 そんなことを考えていたところへ、一人の兵士が慌ただしく駆け寄ってきた。


「大佐、ご報告があります! 屋敷内で魔族軍の隊長級と思われる個体が死亡していました。死因は毒殺です」


「毒殺か……。こちらの被害を抑えるうえで、あの魔族が生きていたら厄介だっただろうな」


「はい。もし生存していれば、戦闘はさらに激しくなっていた可能性があります。それと……この村には、我々に協力した者がいるのかもしれません」


 兵士の言葉に、俺の頭の中で何かが閃いた。


(今しかねぇ!!)


 そう、これは千載一遇のチャンスだ。向こうから英雄になるための舞台を用意してくれたようなものじゃないか。このビッグウェーブ、乗らずにいられるか!


「はいっ! はいはいはい!!」


 俺は人混みをかき分け、勢いよく前へ飛び出した。あまりの勢いに近くの兵士がぎょっとした顔で振り返ったが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


「その魔族を殺したのは俺です! 俺が毒を盛りました!」


 懐から黒い小瓶を取り出し、周囲によく見えるよう高々と掲げる。突然の告白に、兵士たちの間にざわめきが広がった。


「何だと? お前がやったのか?」


「隊長級の魔族を毒殺したというのか……?」


 驚きの声が飛び交う中、ロイドだけは騒ぐこともなく、じっと俺を見つめていた。


「ほう……。詳しく聞かせてもらおうか」


(よし、食いついた! 英雄ルート突入だ!!)


 隊長級の魔族を暗殺した人間。奴隷の身で敵陣に潜り込み、命懸けで敵の幹部を仕留めた男。これだけ聞けば、なかなかの大手柄じゃないか。多少話を盛れば、『魔族に虐げられた人々のため、たった一人で立ち上がった英雄』くらいの肩書きだって狙えるはずだ。


(ふっ……勝ったな!)


 勲章に賞金、名誉まで手に入るかもしれない。英雄様ともなれば、美人のお姉さんたちから「悠真様、ありがとうございます!」なんて感謝される展開も夢じゃない。


(異世界二日目にして勝ち組ルート確定! 神様、見てるか? ざまぁみろってんだ!)


 俺は込み上げる笑みを必死に抑えた。ついさっきまで殺人犯として処刑されかけていた男とは思えないほど、頭の中は明るい未来でいっぱいだった。


 だが、そんな希望は次の瞬間、あっさりと打ち砕かれた。


「あいつの言葉を信じないでください!」


 元奴隷の一人が、俺を指差して叫んだ。


「はっ!?」


「あいつは魔族に媚びを売っていた裏切り者です! 自分だけいい思いをしようと、魔族の機嫌ばかり取っていたんですよ!」


 その声をきっかけに、ほかの奴隷たちも次々と口を開いた。


「いつもヘラヘラ笑いながら、魔族に取り入っていたんです!」


「人間の恥ですよ! あんな魔族の犬を信用しないでください!」


「今は協力者のふりをしていても、どうせそのうち人類を裏切ります!」


 おいおい、ちょっと待て。さっきまでお前ら、俺を殺人犯に仕立て上げようとしてただろ。今度は人類の裏切り者って、罪状を盛りすぎじゃないか?


 解放の喜びに包まれていた空気は一変し、周囲の視線が再び俺へと集中した。せっかく掴みかけた英雄への道が、みるみるうちに崩れていく。


「違う! 俺は人間を裏切った覚えなんてないぞ!」


 俺は慌てて両手を広げ、必死に弁明した。ここで誤解されたままでは、せっかくの大手柄が台無しだ。


「そもそも俺は、倒れている人がいたら放っておけないし、腹を空かせた奴がいれば自分のパンだって分けてやる! 困っている人を見捨てたことだってない! どうだ、この慈悲深さ! これでも俺が人類の裏切り者だと言えるのか!」


 ――もちろん、全部嘘だ。


 だが、会社で理不尽な上司や取引先を相手に鍛えられた演技力は伊達ではない。土下座に謝罪、熱意のこもったプレゼンに、心にもない称賛。社会人として生き残るために身につけた技術のすべてを、俺は今、この瞬間に注ぎ込んでいた。


 問題は、俺自身ですら今の台詞を微塵も信じていないことだ。


 それでも俺は目尻に涙が浮かんでいるように見せかけ、肩を震わせながら悲痛な声を絞り出した。


「こっちは命懸けで魔族を油断させて、隙を見て毒まで盛ったんだ! そうしてようやく隊長を討ち取ったっていうのに……!」


 拳を握り締め、悔しそうに俯く。十分に間を取ってから顔を上げ、ありったけの感情を込めて叫んだ。


「それなのに、お前たちは……人間同士で争うのかよぉぉぉぉ!!」


「うわぁぁぁぁぁん!!」


 もちろん、涙は一滴も出ていない。


 だが、あまりの熱演に元奴隷たちは呆気に取られたらしく、すぐには誰も言い返してこなかった。俺は顔を覆ったまま、指の隙間から周囲の様子をうかがう。


(よし……このまま押し切れそうだ)


 ところが、ロイドは腕を組んだまま、俺と元奴隷たちを交互に見比べていた。やがて何かを考え終えたように、口元をわずかに緩める。


「……面白い男だな」


 そう呟くと、ロイドはゆっくりと俺の前まで歩み寄り、鋭い眼差しでこちらを見据えた。


「佐伯悠真、だったな?」


「は、はい!」


(勝った。これは完全に信じたな!)


 そんな俺の期待をよそに、ロイドは懐から目を離さないまま、淡々と口を開いた。


「私は『審議眼』という能力を持っている。相手の言葉に嘘が含まれているかどうかを見抜く力だ。この能力を使って数多くの犯罪者を尋問し、真実を明らかにしてきた」


 なるほど、だから大佐なんて地位にいるわけか。周囲の兵士たちも納得したように頷いている。


 一方、俺の背中には嫌な汗が伝っていた。


(まっずい……! 嘘泣きどころか、今までの人生で培った渾身の演技まで全部バレるじゃねぇか!)


 ロイドは俺の動揺など気にも留めず、まずは元奴隷たちが騒いでいた件から確認することにしたらしい。


「最初の質問だ。君は魔族に媚びを売り、人類を裏切るつもりだったのか?」


「いいえ!」


 俺は即座に答えた。ここだけは迷う必要もない。


「生き延びるために従うふりはしました。でも、人類を裏切るつもりも、魔族の仲間になるつもりもありませんでした!」


 それだけは紛れもない本心だった。ロイドはしばらく俺の目を見つめていたが、やがて小さく頷いた。


「……嘘の反応はないな」


 その一言に、元奴隷たちの間でざわめきが広がった。だが、ロイドは構わず次の質問を投げかける。


「では、もう一つ。ゴードン隊長を毒殺したのは、本当に君なのか?」


(終わった)


 今度こそ、終わった。


 ここで言葉を濁せば疑われるのは間違いない。かといって、正直に話せば犯人に仕立て上げられる。どう転んでも地獄なら、もう勢いで押し切るしかない。


 俺は覚悟を決め、勢いよく胸を張った。


「はいであります!!」


 ……しまった。思わず軍人みたいな返事をしてしまった。


 しかし、そんなことを気にしている余裕はない。ロイドは無言で俺を見つめ続け、数秒の沈黙の後、ゆっくりと目を閉じて頷いた。


「……分かった」


 その一言に、兵士たちが息を呑む。


「彼の言葉に、嘘の反応はない」


「……えっ?」


 思わず間の抜けた声が漏れた。俺だけではない。元奴隷たちも、何を言われたのか理解できないといった顔をしている。


「ば、馬鹿な! あいつが嘘をついているに決まっている!」


「そうです! 俺たちはあいつが魔族に取り入っていたのを見ていたんですよ!」


 昨夜、俺を陥れようとした白髪の老人まで、信じられないものを見るような目でロイドを見つめていた。だが、ロイドは騒ぎに動じることなく、きっぱりと言い切った。


「私の審議眼は、これまで一度も判断を誤ったことがない。少なくとも、彼は今の質問に嘘偽りなく答えている」


 大佐がそう断言してしまえば、周囲も簡単には反論できない。元奴隷たちは納得のいかない顔で互いを見合わせていたが、それ以上、俺を責める言葉は出てこなかった。


 一方の俺は、別の意味で頭を抱えたくなっていた。


(え、何で!? 俺、今まさに嘘をついたよな!?)


 ゴードン隊長に毒を盛ったのは俺じゃない。そこは間違いない。だが、毒瓶を持っていたのも、目の前で隊長が毒殺されたのも事実だ。なのに、なぜ俺の返事が嘘ではないと判定されたんだ?


(……いや、待てよ。俺の中では、さっきの時点でもう『自分が殺した』ってことになってたのか? それで審議眼も反応しなかった……とか?)


 考えてみても、さっぱり分からない。


(……まあいい! 助かったんだから、細かいことはどうでもいい!!)


 俺が心の中で盛大なガッツポーズを決めていると、ロイドは兵士たちへ向き直った。


「この者も保護対象とする。丁重に扱え」


「はっ!」


 兵士たちは即座に敬礼した。元奴隷たちはまだ不満そうだったが、ロイドの能力を前にして、これ以上騒ぎ立てる者はいなかった。


(よっしゃぁぁぁぁ!!)


 兵士たちも俺への警戒を解き、こうして俺は元奴隷たちと一緒に連合国へ向かうことになった。


 数台の馬車が街道をゆっくりと進み、その周囲を武装した兵士たちが警戒しながら護衛している。荷台では、ようやく自由を手にした安堵から眠り込んでいる者もいれば、これまでの苦しみを思い出して静かに涙を流している者もいた。長い間、魔族に支配されていた彼らにとって、今はようやく訪れた平穏な時間なのだろう。


 ……まあ、そんな空気の中で、俺だけは荷台に寝転がり、これからの生活に思いを馳せていた。


(保護されるってことは、衣食住くらいは保証してくれるよな? パンだけじゃなくて肉も食べられるかもしれないし、風呂にも入りたい。できれば、ふかふかのベッドで思いっきり寝たいところだ)


 魔族の村での生活を思えば、それだけでも夢のような待遇だ。もう、毎日誰かの機嫌をうかがいながら過ごす必要もない。少なくとも今は、命の危険を感じずに眠れるのだから。


 そう考えているうちに、なぜか目頭が熱くなってきた。


「ううっ……俺、今までよく耐えたな……」


 思わず空を見上げ、こみ上げる感情に身を任せる。


「つらかった……本当に、つらかった……!」


 肩を震わせながら、これまでの苦労を振り返る俺。ようやく報われたのだ。そう思えば、涙の一つや二つ流れたっておかしくない。


(……いや、待て。まだ二日しか経ってないわ)


 しかも、その半分くらいは魔族の酒を飲みながら、ノールの角を褒めていただけである。


(俺、そんなに苦労してなくね?)


 急に冷静になってしまった。


 とはいえ、二日間とはいえ命懸けだったのは事実だ。少なくとも、いつ殺されるかわからない場所で愛想笑いを続けるのは、精神的にかなりきつかった。うん、そういうことにしておこう。


 俺は鼻をすすり、再び空を見上げた。これからは温かい飯を食べて、風呂に入って、柔らかいベッドで眠る。そんな当たり前の生活が待っていると思うだけで、自然と頬が緩んでしまう。


 久しぶりに訪れた、穏やかな時間だった。


 もちろん、このときの俺はまだ知らない。


 連合国に到着した途端、俺が『隊長級の魔族を単独で毒殺した英雄』として祭り上げられ、本人の知らないところで、とんでもない勘違いが国中に広がっていくことなど、夢にも思っていなかった。

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