第4話 弁解してる間に戦闘が始まった
部屋は重苦しい沈黙に包まれていた。床に押さえつけられた俺を、魔族兵たちが取り囲んでいる。目の前にはゴードン隊長の亡骸が横たわり、俺の懐からは毒瓶まで見つかっている。どう考えても最悪の状況だった。
「本当に違うんだ! 毒なんて知らないし、ゴードン隊長を殺す理由もない! 誰かが俺を陥れようとして――」
「黙れ。証拠はすべて揃っている」
魔族兵の一人が剣を抜き、切っ先を俺の喉元へ突きつけた。下手に動けば本当に首が飛びかねない。俺は言い返しかけた言葉を飲み込んだが、黙っていれば犯人だと認めたも同然だ。どうにか誤解を解こうとした、そのときだった。
「あいつです! そいつが犯人に違いありません!」
部屋の外で様子をうかがっていた奴隷たちが、我先にと声を上げ始めた。
「前から怪しいと思ってたんです! 魔族に取り入って、何か企んでるんじゃないかって!」
「夜中も一人でぶつぶつ呟いてました! きっとゴードン隊長を殺す計画を立てていたんです!」
「そもそも、魔族に媚びて出世しようなんて普通じゃありません! 最初からスパイだったんですよ!」
「待て待て待て! そんなこと一言も言ってないだろ!」
思わず声を張り上げたが、奴隷たちは俺の言葉など聞く気もないらしい。それどころか、俺が反論するたびに、まるで思い出したかのように新しい罪状を付け足してくる。
「ほら、今だって必死に言い逃れしようとしてるじゃないですか!」
「魔族に取り入っていたのも、油断させるためだったんでしょう!」
「違う! あれは生き延びるために必死だっただけだ! お前らだって知ってるだろ!」
叫んだ瞬間、奴隷たちの視線が一斉に逸れた。昨日まで同じ小屋で寝起きし、酒を飲んで浮かれていた俺を見ていた連中だ。俺がノールに取り入ったことも、そのせいで嫌われていたことも、誰よりよく知っているはずだった。
それなのに、今は誰一人として俺をかばおうとしない。むしろ、俺を犯人に仕立て上げるために、必死になって嘘を重ねている。
――そういうことか。最初から、俺に罪をなすりつけるつもりだったんだ。
毒瓶を忍ばせたのも、ゴードン隊長が食事を口にするのを止めなかったのも、全部こいつらの計画だったのだろう。まさか、ここまで周到に罠を仕掛けてくるとは思わなかった。
魔族兵たちの視線は、もはや疑いというより憎悪に近いものへと変わっていた。奴隷たちの証言が重なるたび、俺の弁明が通じる余地はなくなっていく。
その中で、ノールだけは険しい表情のまま黙って俺を見つめていた。いつもなら、俺が何か言えばすぐに反応してくれるはずなのに、今はその顔から何を考えているのか読み取れない。
「悠真……本当にお前がやったのか?」
ノールの目には、迷いが浮かんでいた。昨日まで自分の角を褒めちぎり、一緒に酒を飲んでいた相手だ。本当は信じたいのかもしれない。だが、目の前にはゴードン隊長の亡骸があり、俺の懐からは毒瓶が見つかっている。おまけに奴隷たちまで口を揃えて俺を犯人だと言っているのだから、疑いたくなる気持ちも分からなくはなかった。
(くそっ……完全にはめられた……!)
いくら無実を訴えたところで、状況はあまりにも俺に不利だった。このまま誰にも信じてもらえず、処刑される。そんな最悪の未来が頭をよぎり、俺は奥歯を噛み締めた。
その瞬間だった。
ドォォォォォン!!
腹の底まで響く爆発音とともに建物全体が激しく揺れ、天井から土埃が降り注いだ。魔族兵たちが一斉に身構え、ノールも扉の方へ顔を向ける。
「な、何だ!?」
誰かが叫んだ直後、廊下を全力で駆けてきた魔族兵が扉を勢いよく開け放った。
「ノール様! 大変です!」
「何があった!」
「連合国軍です! 人間どもが村へ攻め込んできました! 外壁はすでに突破されています!」
「何だと!?」
ノールの表情が一変した。つい先ほどまで俺を問い詰めていた男は、もうこちらを見ていない。腰の剣を抜き、報告に来た兵士へ鋭い声を飛ばした。
「敵の数はどれくらいだ!」
「少なくとも数百! 後続も続々と押し寄せています!」
「くそっ……!」
ノールが舌打ちした、そのときだった。
バァァァン!!
再び轟音が響き、今度は部屋の壁そのものが吹き飛んだ。石や木片が飛び散り、もうもうと立ち込める土煙の向こうから、鋼鉄の甲冑に身を包んだ兵士たちが姿を現す。その手には、この世界では見たこともない黒い金属製の武器が握られていた。
長い銃身に木製の銃床。あの形には見覚えがある。
(……は? 鉄砲?)
思わず目を凝らした。いや、見間違いであってほしい。だが、何度見ても鉄砲にしか見えなかった。
(いやいやいや、ちょっと待て! 剣と魔法のファンタジー世界じゃなかったのかよ!? なんで普通に銃があるんだ! 世界観、どうなってんだよ!)
混乱する俺をよそに、兵士たちは手慣れた動きで隊列を組んだ。先頭に立つ指揮官が剣を掲げ、魔族たちを見据える。
「全隊、構え!」
兵士たちが一斉に銃口を魔族へ向けた。
「人間は撃つな! 魔族だけを狙え!」
その言葉に、俺は一瞬だけ希望を抱いた。少なくとも、あいつらは俺たち人間を殺しに来たわけではないらしい。もっとも、目の前で銃を構えられている魔族たちにとっては、たまったものではないだろうが。
「撃てぇぇぇぇぇ!」
ダダダダダダダダダッ!!
耳をつんざく銃声が部屋を揺るがした。銃弾を浴びた魔族たちが悲鳴を上げ、次々と床へ倒れていく。魔族たちも炎や雷の魔法を放って応戦するが、銃弾の雨を浴びせられては、反撃するどころか距離を詰めることすらままならない。
「隊列を崩すな! 次列、撃て!」
指揮官の号令に合わせて射撃が続き、魔族たちはじりじりと後退していった。ノールは炎の魔法を地面へ叩きつけ、もうもうと煙を巻き上げる。
「全員、退け! ここにいたら全滅するぞ!」
煙幕に紛れ、生き残った魔族たちが一斉に森へ向かって走り出した。ノールもその後を追いかけようとしたが、ふと足を止め、煙越しに俺を振り返る。
「悠真ァァァァ!!」
怒りと悔しさの入り混じった叫びが響き渡った。
「覚えておけ! 貴様だけは必ず見つけ出す! そのときは、この手でぶっ殺してやるからな!!」
(いや、今それどころじゃないだろ! 村が襲われてんだぞ!)
心の中でツッコミを入れたものの、当然ノールには届かない。彼は捨て台詞を残し、炎と煙の向こうへ姿を消していった。
やがて銃声が遠のき、戦場と化した村に静けさが戻り始めた。あちこちで火の手が上がり、地面には倒れた魔族たちが横たわっている。焦げ臭い煙が漂う中、俺はその光景を呆然と見渡した。
目の前には、こちらへ銃を向ける連合国軍。逃げ延びた魔族からは毒殺犯として命を狙われ、奴隷たちからは裏切り者として憎まれている。しかも、俺自身は無実を証明できないまま、いきなり戦場のど真ん中に取り残されてしまった。
魔族の村で生き延びるために、必死で上司に媚びを売ってきた。その結果がこれだ。出世したと思ったら殺人犯にされ、処刑されかけた挙げ句、今度は村そのものが戦場になっている。
「……これ、俺だけ詰んでないか?」
思わず漏れた呟きに、答えてくれる者はいなかった。
魔族からも人間からも信用を失ったまま、俺の異世界生活は、どう考えても望んでいなかった方向へ転がり始めていた。




