表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/15

第12話 奪われた俺のファーストキス

(なんで恋人までセットなんだよぉぉぉぉ!!)


そんな悠真の心の叫びは、賑やかな宴の音にかき消されながら夜空へと消えていった。


***


悠真の絶望などお構いなしに、村では帰還を祝う宴の準備が急ピッチで進められていた。


誰かが酒樽を運び出し、誰かが焚き火の準備を始め、子供たちは広場を走り回る。


やがて中央には巨大な焚き火が組まれ、焼ける肉の香ばしい匂いと酒の香りが村中へ広がっていった。


気が付けばお祭り騒ぎの中心へ引きずり込まれていた悠真の前にも料理と酒が並べられていたが、問題は当然のように隣へ座ったゴブ美である。


肩どころか体の半分が触れているのではないかと思うほどぴったり密着しており、悠真に逃げ場はなかった。


「ゴブ郎、いっぱい食べてね。」


「は、はい。」


「痩せたでしょ?」


「そうですね……。」


「私がいないと駄目なんだから。」


「そうかもしれません……。」


適当に相槌を打つたび、周囲のゴブリンたちは意味深な笑みを浮かべている。


俺はもう笑うしかなかった。


そんな中、一人の若いゴブリンが酒瓶を片手に立ち上がった。どうやらかなり酔っているらしく、顔を真っ赤にしながらニヤリと笑う。


「せっかくだ!」


その声に周囲の視線が集まる。


「ゴブ郎も帰ってきたことだし、恋人同士の愛を見せてもらおうじゃねぇか!」


「おおおおおーーーっ!!」


村中が一気に沸き上がった。

誰かが手拍子を始めると、それはあっという間に広場全体へ広がっていく。


「「「キース! キース! キース! キース!」」」


酒瓶を掲げたゴブリンたちが机や膝を叩きながら大合唱を始め、焚き火の炎もそれを煽るように激しく揺れた。


その中心で、悠真は引きつった笑みを浮かべながら、先ほど放棄したはずの思考を必死に呼び戻していた。


(落ち着け。これは潜入任務だ。ここで拒否したら怪しまれる。落ち着いて考えろ俺。な、何か回避策があるはずだ!!)


(酔ったふり……はもう酒を飲んでるから無理。急病も心配されるだけ、逃げたらもっと怪しい……くそっ! 詰んでるぅぅぅぅ!!)


しかし冷静になろうとすればするほど状況は悪化するばかりだった。


ちらりと隣を見ると、ゴブ美は大きな体を小さく縮こまらせながら頬を赤く染め、恥ずかしそうにもじもじしている。


(やめろ。その顔で照れるな。)


「ゴ、ゴブ郎……。」


「はい?」


「みんな見てるよぉ……。」


(無理無理無理無理無理!!  相手はほぼボストロールじゃねぇか! なんで潜入初日に恋人イベント発生してるんだよ! 俺はゴブ郎じゃないんだよぉぉぉ!!)


その時、酒を飲んでいた年配のゴブリンが豪快に笑った。


「何照れてんだ! 昔はゴブ美に毎日のようにちゅーしてたじゃねぇか!」


「そうそう、今さら恥ずかしがる仲じゃねぇだろ!」


別のゴブリンも酔った勢いで割って入り、


「二人で森の裏に消えてったことなんて何回も見たぞ。あの頃は本当に熱々だったもんなぁ!」


と茶化したため、周囲からどっと爆笑が起きた。


(そんな設定まであるのかよ!!)


悠真は思わず頭を抱えた。


どうやらゴブ郎の人生は、自分が想像していたよりずっと充実していたらしい。しかも問題はそれだけではなく、知らないところで知らない過去が次々と生えてくる状況に胃のあたりまで痛くなってくる。


逃げ道を探して周囲を見回してみるが、広場には三百人近いゴブリンたちが集まっており、子供たちは目を輝かせ、大人たちは酒を片手に笑いながらこちらを見ていたため、悠真が逃げ出せるような隙はどこにもなかった。


「「「キース! キース! キース! キース!」」」


コールはますます大きくなり、広場全体が揺れているのではないかと思うほどの熱気に包まれる。


「ほらゴブ郎! 男見せろ!」


「逃げるなよー! ゴブ美泣かせるなー!」


周囲から次々と囃し立てられ、もはや逃げ場がないことを悟った悠真は、ゆっくりと息を吐いた。


(少しだけだ。ほっぺに触れるくらいなら何とかなる。必要経費だ。全部金貨五百枚のためだ!)


(目を閉じろ。想像しろ。可愛い美少女だ。絶世の美少女なんだ。)


(銀髪でスタイル抜群。しかも優しい……よし、いける。)


 |ω・`)ちらり。


(いや無理だろ!!)


そう自分に言い聞かせながらも現実から目を逸らし、悠真はゆっくりとゴブ美へ顔を近付けていった。


周囲の歓声はさらに大きくなり、ゴブ美も恥ずかしそうに目を閉じる。


(よし。軽く当てて終わり――。)


その瞬間、恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、ゴブ美は突然両手で俺の頭をがっしりと掴んだ。


「え?」


悠真が目を見開く。


「ゴブ郎ぉぉぉぉ!!」


「ちょっ――」


抵抗する暇などなく、次の瞬間には盛大な音と共に唇を塞がれていた。


ぶちゅぅぅぅぅぅぅぅっ!!


ほんの数秒の出来事だったはずだが、悠真には永遠にも思えるほど長く感じられる。


「おおおおおおおおお!!」


「やったぁぁぁぁ!! さすがゴブ郎だ!」


「愛の力だー! やっぱりこの二人は最高だぜ!」


広場が揺れるほどの歓声が上がる中、当の本人だけは完全に魂の抜けた顔で固まっていた。


「…………。」


瞳から光が消えている。


(神様……あんた、本気で俺を恨んでるだろ……。)


(俺のファーストキスが、なんでよりにもよってボストロールみたいな見た目のゴブリンなんだよ! せめて美少女にしとけよぉぉぉぉぉぉ!!)


もちろん、そんな悠真の悲痛な叫びが周囲へ届くことはなく、むしろゴブリンたちは感動ムード一色となり、再会した恋人たちの愛に涙ぐむ者まで現れていた。


「やっぱりお似合いだ!」


「村一番のカップルだな! 来年には子供ができてるぞ!」


「がはは! 孫の顔が楽しみだなぁ!」


そんな勝手な未来予想図が飛び交う中、悠真は聞き捨てならない単語を耳にして思考を停止させた。


「…………は?」


今、聞き捨てならない単語が耳に入った気がした。


子供に孫――どう考えても潜入任務とは何の関係もない未来予想図である。


だが周囲のゴブリンたちは悠真の動揺など気にする様子もなく、「絶対に子沢山だ!」「いや五人はいくだろ!」などと勝手な将来設計を語りながら盛り上がり続けていた。


(待て待て待て! 俺はゴブリンと一生を添い遂げる気なんて一ミリもないぞ!?)


悠真の思考が再び停止する。

嫌な予感しかしなかった。


すると人混みの奥から、一人の年老いたゴブリンが杖をつきながら歩いてきた。周囲のゴブリンたちが自然と道を開けるところを見るに、どうやら村長らしい。


村長は穏やかな笑みを浮かべたまま頷く。


「ちょうどよかった。」


村長がそう呟いた瞬間、それまで騒がしかった広場が嘘のように静まり返った。


「ゴブ郎。」


「はい?」


反射的に返事をしてしまった悠真へ、村長は満足そうに頷いて続ける。


「お前たちの結婚式は明日の予定だったからな。帰ってきたのなら予定通り挙げよう。」


あまりにも自然な口調だった。まるで明日の天気でも話すかのような軽さで告げられたその言葉に、悠真は完全に固まる。


そして数秒遅れてようやく意味を理解した。


「…………え?」


次の瞬間、広場は爆発したような歓声に包まれた。


「おめでとーーー!! 宴は七日間だぁぁ!!」


「酒だ酒ー!! 肉を持ってこい!! 結婚祝いだー!!」


祝福の声が四方から飛び交い、ゴブリンたちは酒瓶を掲げながら大騒ぎを始める。


酒樽が次々と開けられ、大量の肉が運び込まれ、興奮したゴブリンたちは歌いながら踊り始める。子供たちは走り回り、大人たちは肩を組んで騒ぎ、村全体が祝祭の熱気に包まれていた。


誰も彼も幸せそうな笑顔を浮かべていたが、その中で悠真だけは遠い目をしながら夜空を見上げていた。


(誰か助けてくれ……。俺は潜入しに来たんだ……結婚しに来たんじゃない……。)


その願いは心の底からの切実な叫びだった。


だが現実は残酷である。


連合国期待の極秘潜入任務は順調すぎるほど順調に進み、敵地への潜入どころか村への定住ルートに突入しかけていた。


そして当の本人だけが気付いていた。


魔王軍の情報収集どころではない。今の自分にとって最大の問題は、明日に迫った結婚式だった。


(金貨五百枚どころじゃねぇ……このままだと俺、ゴブリンと結婚することになるんだけどぉぉぉぉ!!)


こうして金貨五百枚のために始まった潜入任務は、開始からわずか一日で人生最大の危機を迎えるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ