始まる試験
―――シモン中央学園・中央大講堂裏/昼―――
「開始まで3分だよ、事前同意しないと参加できないようになってるから、生徒達ちゃんと全員同意したー?」
「全員分ありますから全員承認済みかと」
「おい、幻覚の術式はどうなっている?」
「事前に確認しましたが、もう一回しておきますねー」
「映像投射システムも支障無いっす」
「非常時の医療班も完了済みです、最悪の事態に備えて精神安定剤も用意しておきました」
「バグ取りもうしたくねぇ⋯⋯」
当然と言えば当然だが、定期試験の裏は多忙である。
地面に乱立する無数のコードと、歯車のように噛み合いながらクルクルと回転する術式。複数の巨大モニターは様々な景色を示している。。
空中に浮かぶ術式を何度も確認するルーン人物。
書類や物資を持ってあちこちを駆け回る人物。
不安げな表情で待機している魔術学会の医療班。
どれもこれも、今回は特別な試験故に、様々なトラブルや問題が想定されるからこそ、それらに対処するべく様々な対策が必要である。
具体的には魔術の基礎構築のためにルーン学派が酷使され、万が一の非常事態に備えるために医療班と精神系の魔術や治療系の魔術が待機していた。
「ちょっとー、記録システムの事前確認したー?」
「しましたよ、もう五回目ですよ?」
「事前に試験運用したときの記録どこやった!?」
「あれ?東棟の第二記録室じゃ?」
「ヒャッハー!新しい鎮静剤の実験ができるぜー!」
「誰かあの馬鹿止めろよ」
「嫌だよ忙しいんだから」
「よーしあとは腹を括るだけかぁ!匙は投げられたって感じだね!」
「賽を投げろ」
一見楽しんでいるようにも思える光景だったが、実際問題その通りだった。
なにせ『幻魔術を利用した大規模仮想戦闘シミュレーション』は前例のない大規模実験。それ故に、教職についたとしても好奇心迸る精神性を持ち合わせる彼ら彼女らはウッキウキで準備をしているのだ。
その姿は教師としては赤点だが、研究者としては満点と言って差し支えないだろう。
「残り10秒でーす」
その言葉を誰かが言った途端、全員がモニターに映るデジタルな数字を見た。
それは思わず口に出して数えたくなるほど、正確に時間を刻んでいる。
「5⋯⋯4⋯⋯3⋯⋯」
「さてはて、どうなることやら」
「激務だーーー!」
その嘆きと同時に、カウントは0となった。
―――東部丘陵エリア・1分/―――
水上に押し上げられるように意識が浮上し、カリスタ・アルブレヒトはゆっくりと目を見開いた。
橘立花との戦闘で身についた経験が、反射的に周囲の状況を確認する。
「⋯⋯周囲の環境は、見晴らしがいいわね」
周囲は緩やかな起伏や姿を隠せるほどに伸び切った野草で溢れかえっている。遠くには北部山岳エリアや、南部湖畔エリア、近くに中央都市エリアの尖塔が見える。
「ポイント制のバトルロイヤル⋯⋯下手に撃破し過ぎると狙われやすくなるわね、これ」
カリスタの言う通り、ポイントランキング上位者は位置情報と所持ポイントが常に公開される。そして撃破時には相手の所持ポイントも一定割合で獲得できる。それは下手にポイントを大量に持っていると、同盟や徒党を組まれて集団的に狙われる可能性があるということだ。
「となれば適度にポイントを稼ぎつつ、最後の一時間に格上を狙うのがベストかしら⋯⋯多分、他の生徒達も似たような考えに至るだろうから、攻め込むのではなく迎撃ね」
己の思考を確かめるように自身の口から計画を語っていると、草木を潜り抜けるような雑音と共に複数の気配が彼女に向かっていることに気づく。
隠れ潜むようにして動いているつもりなのだろうが、橘立花と毎日訓練していた日々の前には、その初心者そのものな足取り程度は容易く気づけて当然だった。
「⋯⋯そこにいるのはわかっているわよ」
「っ!」
その言葉が丘陵に響くと、隠れて奇襲することを諦めたのか、近くの茂みから3名の生徒が現れる。
好戦的な笑みをした片手杖の生徒。
気だるげな顔をした両手杖の生徒。
怯えるような態度で本を抱える女生徒。
「ったく、奇襲しようと思ってたのによぉ、なんでバレるのかねぇ⋯⋯」
「だ、だからバレるって言ったじゃないですかフィアハさん⋯⋯しかも相手カリスタさんですよ、マルキーさん⋯⋯?」
「何言ってんだスキャハーン?むしろこれで終わったほうがつまんねぇよ、相手はカリスタ・アルブレヒトだぜ?」
最後に口を開いた余裕そうな顔、慢心している好戦的な生徒とは相反するように、カリスタは真面目な顔で三人の装備や配置を確認していた。
「片手杖、両手杖、本⋯⋯中心にいる本型の魔術触媒で防御しつつ、片手杖と両手杖をメイン火力として攻撃する感じかしら、盤石ね」
一瞬にして、戦法を見抜かれた彼ら彼女らは驚いたように目を見開いたが、すぐにその焦りを隠すように好戦的な生徒『マルキー・アフト』が口を開いた。
「⋯⋯戦術がわかったようだが、それでどうするんだ?3対1で勝てるってのか?お前は?」
「勝つとか負けるとかの話じゃないわ、私はやると決めたらやる主義なの」
会話しながらも、マルキーは周囲に魔力を集めて金属製の突撃槍を構築する。
それはこれから始まる戦闘のコングを鳴らすもの、開幕で一撃で倒すという意志の現れであろう。
「そんなら、その主義丸ごと貫いてやるよぉ!!」
魔術で作られた突撃槍がカリスタに向けられて、空気を押し退け貫くように放たれる。
カリスタは冷静に、だが反射的に、腰に突き刺していた片手杖を居合のように振り抜く。
「穿ち止めろ!!」
カリスタがそう叫ぶと、岩の槍が地面から高速で生え、突撃槍を貫いて動きを止める。
だがしかし、その程度の抵抗は想定済みなのか、気だるげな両手杖の生徒『フィアハ・トリーマハ』が即座に構えた。
「日照りの矢雨」
途端、上空から魔術の火矢が雨霰のように降り注ぐ。
その攻撃に貫かれたら致命傷なのは容易く理解できるが、カリスタはその攻撃にわざと当たるような真似はしない。
「防壁よ!」
土が隆起し、カリスタの体を覆い尽くすようにして壁となり、魔術の火矢を防ぐ。即席の防壁だが、遮蔽があるというだけでも戦闘においては有利に立てる。それを理解している彼女は、片手杖のを振り抜くようにして人の頭ほどの大きさを持つ火球を3つ生み出す。
「試験だから恨まないでね!」
その火球は急降下する燕の如き速度で3人に飛来する。
「か、鏡よ鏡!」
だがしかし、少し前に、橘立花の話を『校内恋愛模様』片手に語ってくれた女生徒、『スキャハーン・ブロンタナス』は、火球から彼らを守るようにして、射線上に魔術を構築する。
その魔術は文字通りの鏡であり、火球を飲み込んだかと思ったら、反射するかのようにして火球がカリスタに撃ち返される。
「っ⋯⋯なるほど、自身の有利を崩させないタイプね」
反射された火球の三連撃を、土の防壁に隠れて対処しながらそう呟き、彼女は考える。
まず突撃槍は火力は十分だけど、構築は遅い。だけど上空からの矢雨が足止めをし、動けなくなったところに一撃を入れる作戦。その上で攻め込もうとしたら鏡の魔術で飛び道具が反射される防御。
「互いの不足を補い合う関係だからこそ崩し難いわ⋯⋯っ!?」
防壁に突撃槍が突き刺さり、カリスタの顔が驚愕に染まる。即座に、放たれた弾丸のように防壁から飛び出て駆け抜け始める。
ジグザクと蛇行して射線から逃れつつ、じわじわと包囲されながら決断する。
「いきなり敗北は嫌だから、出し惜しみは無しよ!」
彼女は腰から垂らしていた、ある道具を取り出す。
それは十三本の片手杖を紐で繋いだだけの、一見すれば異国の民族が使う儀式道具代の見た目であった。
カリスタはその異形の魔術触媒『十三連携魔術触媒』を振り抜くと同時に、叫ぶようにして詠唱する。
「紅蓮の炎よ!眼前の敵を焼き尽くすがいい!!」
その言葉が丘陵に響いた途端、数十の火球が龍星群のように降り注ぐ。
「っ!?」
「うぇぇぇっっっ!?」
「おいおいおい!?嘘だろ!?」
鏡で反射されるなら、反射されないほどの量を、キャパシティを超えるほどの、処理できない量を叩き込む正攻法の荒技。
実に明快でありながら、それでいてカリスタにしかできない芸当による解決法で、3人の生徒は撃破されてしまった。
「悪いけど、今日の私は本気よ」
本気で、この試験に勝ちに来てるの。




