その同盟は狩りの如く
―――シモン中央学園・中央大講堂/昼―――
中央大講堂の雰囲気は、普段の静謐な空気とは相反するように盛り上がっていた。
この定期試験を一目見るために集まったの要人たちは、鋭い眼差しで試験の中継を眺めていながら談義をしている。
「40分ほど経過しましたが⋯⋯いやはや、素晴らしい、なんとも素晴らしい、是非とも欲しい才能ですね」
「なるほど⋯⋯一つの魔術触媒で足らないのならば複数を用いるアイデアか⋯⋯悪くない!」
「しかし、あれは天才にしかできない芸当では?あの連結した魔術触媒の作成は可能でしょうけれど、安定して魔力を流し込むなど凡才には出来ぬ芸当でしょう」
「ある種の曲芸じみた技ではあるでしょうね、ですがそれを為してこそ、カリスタ嬢の才能は恐ろしいというべきですが」
「⋯⋯だがやはり、大半の生徒たちは自衛で手一杯か、攻め込んだりする生徒は数少ない」
歴戦の戦士そのものな雰囲気を醸し出す、ツヴァイヘンダーとハルバードを背負ったファミリスの老女が、何かに気づいたような声色で口を開いた。
「そうでありますなぁ?生徒の大半は徒党を組んでから攻め込もうとしたり、罠を張って防衛戦に徹しているでありますな!」
「しかし、アルブレヒト家のお嬢さんを囲む生徒達の動きがおかしいな」
「⋯⋯やはりわかるでありますか、アイリーン殿」
その声に真っ先に反応したのは、ただでさえ大きい大講堂の扉をくぐるほどの巨体を持つペーダソス、その老女と似たような装いと雰囲気の男。
「あぁ、最初の包囲は雑兵そのものだったが、今では地形を意識し、個々人の魔術適正を利用した戦術を作っている⋯⋯明らかに、指揮官が存在し始めた」
――――それも、天才の指揮官が。
確信の眼で中継を睨む彼女の腰には、黒い杖が提げられていた。
列強大戦の生き残り。
見抜く者。
先手を見抜き後手で斬る古兵。
「まさか、お前さんが『あの家の打ち手』なのかい?」
最優の黒杖官とも呼ばれる「『アイリーン・アングルシー』の瞳は、『ルーシッド・ヒプナゴジア』に向けられていた。
―――北部山岳エリア・45分/―――
岩肌が見えてながらも木々が視界を防ぐ山岳エリアにて、カリスタ・アルブレヒトは困惑しつつも戦っていた。
「っ、風よ!我が身を加速させろ!!」
石礫、火球、水槍、風刃。
それらが雨霰のようにではなく、文字通りに豪雨の密度で降り注ぐ。
それらを防いでいては即座に崩されるのは確実、故に自身を風の魔術で加速し、地面と平行なほどの低姿勢ですり抜けるように避ける。
そのまま転がり込むような体制で、土の防壁を無詠唱で築き上げてから、肩で息をしながら呼吸を整える。
「っ⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯⋯想定はしていたけれど、ここまでくると、確実ね」
彼女の表情は、何かに気づいたものであり、そしてそれは明らかなほどにわかりやすい問いの正答を見つけたものであった。
明らかに、私を潰そうと誰かが画策している――――!
試験開始から20分ほど経過した頃から、カリスタは常に誰かしらに狙われてた。
それは鬼ごっこのようにカリスタの後ろを追いかけ、後の戦闘を有利にしようとする目的だったり、同調されて共に走ったものだったり、腕試しの考えだったりと様々な要因である。
だがそれらは子供らしい稚拙な包囲であり、隙だらけ穴だらけの囲い込みだった⋯⋯しかし、30分経過した頃から明確に変貌した。
逃げようとした先に数人の生徒が分隊のように組んでいたり、退いたかと思えば挟み撃ちにされたりと、歴戦の軍人のような動きに切り替わりはじめた。
一瞬だけ姿を表したかと思えば、すぐさま撤退して行方をくらます。
逃げようとした先に待ち伏せしており、攻撃後即座に撤退する。
離れた距離から、狙撃するかのごとく魔術が飛んでくる。
複数人が、獣の群れが行う狩りのように、もしくは大波のように一体化するかの如く、カリスタ・アルブレヒトを追い詰めている。
それでも、そのような包囲の中で撃破されていない事実は、天才というべきなのだろう。
「魔力はどうにかなるとは言え、気力と体力は別ね⋯⋯っ」
首の裏が焼け付くような感覚が彼女を襲った。
それは橘立花との訓練の日々で、何度も繰り返された『危機の感覚』であり、本能と魂がこの場にいることを危険だと警告する第六感。
カリスタは即座に、弾けたゴムのように飛び出した。
地面に転がるようにして体制を立て直した途端、先程まで自分が座っていた場所から、轟音と共に土の槍が何本も生えた。
反応できなければ、致命傷を負っていたのは確実だろう。
「⋯⋯まったく、とんでもない殺意ね」
呆れたような口調だったが、彼女の広角は上がっていた。
それほどまでにマークされているということは、日頃から彼女の実力を疑うものがいないという証明に他ならない。
「そろそろ反撃したいけれど⋯⋯仲間が欲しいわね」
仲間。
同盟
もしくは、利用する相手。
試験の開始前の質問で、ルーシッド・ヒプナゴジアが投げかけた問い。
制度としてはないが、ルールで許されている同盟。
彼女がこうして追い詰められているのも、実力の無い生徒たちが徒党を組んで『天才の指揮官』が駒を動かしている状況こそが、仲間を作ることが試験で許されている証明。
ポイントの譲渡によって構築される、一時的な同盟関係。
「できれば、背中を刺されないような相手がいいのだけれど⋯⋯」
魔術で作られた剣林弾雨を背にしながら、彼女は走りながら呟いた。
許されてはいるものの、制度としては確立されていない同盟、それはただの口約束であり、容易く裏切れるものであり、時として利害関係という矛を前にしては簡単に貫かれる盾である。
もっとも、それは彼女を追っている生徒も同じであることは変わらない。
「せめて動かしている指揮官だけでもわかったらいいのだけれど、っと!」
彼方から、狙撃のように弧を描いて追尾してきた風の槍を、詠唱というイメージを固める手法を使わず構築した土の槍で相殺する。
彼女の言う通り、数多の生徒が個の如く動いているならば、指揮官がいるのが道理である。これほどまでに戦術に精通し、じわじわとカリスタを削り取るように、狩りをするかのように駒を動かす、軍人のような考えを持つ指揮官。
「⋯⋯ダメね、思いつかないわ」
こめかみに一瞬だけ手を当てて考えたが、脳裏には誰も浮かばなかった。
両親が軍人な生徒、チェスが好きな生徒、歴史が好きな生徒、様々な顔が脳裏に浮かんだが、ただ一人として、このような戦い方をするような相手なんて思いつかなかった。
それは、この状況が続くとマズイということであり、打開する手段が見つからないことを意味する。
「このままだと削り潰され―――――」
だが、今日の彼女は、運が良かったらしい。
一人の少女が、眼前に現れた。
金髪のメフィスト。
機械のコードのような見た目の尻尾。
鉄面皮とも形容される無表情。
マキナ・マクスウェルが、尾を揺らしながら現れた。




