安全な失敗をするために
―――シモン中央学園・中央大講堂/昼―――
定期試験当日は、珍しく晴れの日だった。
シモン中央学園における最大の空間、学園全体の生徒を収容可能な中央大講堂に、続々と生徒が集め荒れている。
学年問わず、学派問わず、生徒であるならば中央大講堂に呼び出されていた。
「なあ試験どうするお前?」
「魔術でイカサマできねーかなー」
「俺メモ作ってきたわ」
「おいマジかよお前やばいな」
「今年の定期試験なにやんのかな」
「筆記いやだなぁ、もっと実践したいな私は」
「分かるー、魔術ってやっぱ実践でしょ」
親友や友人と会話しつつ、学生らしい雑談に花を咲かせる生徒達と、それを眺めている講師や教授達。
しかし、その光景を見ていたのは教師だけではなかった。
アルビオン王国の公爵家や軍部の人物。
ビジネススーツを着こなしたプルリブスの代表取締役。
移動国家ニーベルンゲンから招かれた主要技術者。
遠い東の国からやってきた大八州の神職。
だは、生徒たちからすれば彼ら彼女らは見知らぬ大人でしか無い。それほどまでに、この試験が立場のある大人から注目されるということは、生徒からすれば知らないこと。
「⋯⋯胃が痛ぇ~~~」
「まぁ、わかります」
そして僕とフランクリン先生は、その光景を眺められる壁際で、これから始まるであろう惨劇に腹部をさすっていた。
「いや、セフィラ学園長は何を考えているんですかね⋯⋯実質僕が特別対応教室でやっているような真似でしょうに」
「でも橘先生?学園長の言っていることは筋が通っているんですよね、だから反論できないんですが⋯⋯まぁ、魔術学会の医療班も動いてますし、最悪の事態にはならないかと」
「肉体の治癒はともかく、精神安静が得意な魔術はあまりいないのが難点ですよえねぇ⋯⋯それを言ったら鎮静化魔術を使えるフローレンス先生は確実に駆り出されるでしょうけど」
「というか橘先生もプレッシャーとか感じるんですね」
「僕のことをなんだと思ってるんですかフランクリン先生???」
毎日あの後輩の無茶振りという名の走査や防諜を任せられたり、あの特別対応教室のメンツに対して日夜相手しているというのに、そんなふうに思われていたのか?まこと不服である。
⋯⋯まぁ後輩の件に関しては知られていないから当たり前か。むしろ知られていたら困る。
「あ、先生」
「ん、カリスタ達か⋯⋯フル装備だな」
現れたのはフル装備な特別対応教室の一同だった。
カリスタはすだれのような魔術触媒、ジキルは腰に巻き付ける工具ポケット、ラヴィニアは分厚い本型の魔術触媒を持っていた。特筆すべき点はマキナだけが普段と変わらない装備だということだ。
「えぇ、各々の魔術触媒を持って集合でしょ?」
「定期試験って感じじゃないよなこの雰囲気⋯⋯先輩とかも触媒持ってきているし」
「えぇ、さながらボス戦前のセーブポイントですわ」
「ボス戦前⋯⋯まぁそうか、大体合ってるんだよなぁ」
「⋯⋯何が起こるっていうの?」
「何もかもを使わないといけないかもしれない」
僕はそう返してみたが、案外その通りであった。
特別対応教室の面々、天才の類ならともかく、普通の生徒からすればそうしなければ《《生き残れない》》だろうから。
「ところで、今年定期試験の内容はお聞き出来ますか?先生?」
「んや、それは止められているから無理⋯⋯多分驚くだろうけど」
「あらそう、なら楽しみにするわ」
「定期試験を楽しみにできるのはお前だけだ」
ジキルのツッコミは至極当然だったが、天才に道理や常識は通じないものである。
そしてカリスタは先に席につこうとその場を離れようとして、それに続いて一同は仲良く話しながら去ろうとする。
だが、僕は不思議とその足を呼び止めてしまった。
「あー、ちょっと待て」
「質問、呼び止める理由は?」
「いや、定期試験の内容は言えないけど、アドバイスくらいは許されるかなって」
教師として働いていたせいか、親心にも似たような感情で、彼らを呼び止めたのかもしれない。それは悪く言えばおせっかいで、良く言えば優しさだろう。
必要かどうかはさておき、役に立つかどうかはさておき、言ったほうがいいかもしれないから。
「魔術や格闘問わず、戦闘において主要な分け方が4つある」
それは『有利の関係』だ。
「まず『自身の有利を押し付ける型』、これは単純に自身の得意分野を押し付ける。射程の有利や属性相性の有利を押し付けるタイプだ」
「盤石な準備をしたルーン魔術、事象領域を扱う伝承学派が該当するのかしら?」
「正解だ、カリスタ⋯⋯次に『自身の有利を崩さない』、自身の有利を盤石にしていたり、そもそもの性質で有利が崩れにくい相手。これは正面戦闘を避けるべきだ、そして相手の得意な舞台に何があっても上がるな」
「該当するのはカリスタ様とマキナ様でしょうか?カリスタは基礎スペックが高いからこそ切り崩しにくく、マキナは詠唱速度が桁違いだから対策が取りづらいですわ」
「そうだラヴィニア、そして3つ目は『相手の有利を崩す』、撹乱や妨害によって相手の有利な状況を切り崩すことが得意だ⋯⋯これはまぁ誰でもできるんだよな、常に相手に嫌がらせをし続けてペースを崩す感じだ」
「質問、橘先生が普段からやっている戦法?」
「あぁうん、人間を盾にして射線から逃れたり顔に向けて水魔法を放って意識を途切れさせるアレ⋯⋯それで、最後なんだけど」
「何よ、早く言ってほしいのだけれど?」
カリスタが圧をかけるようにして、いや、本人にその自覚はないのだろうけれど、睨むように僕を見る。
別に隠すようなことでもないのだけれども、身も蓋もない言い方をしてしまえば『知っていてもどうしようもない戦法』であるが故に、言っても無駄かもしれない。だが、言わなければ学べないこともあると思ったので、言うことにした。
「――――《《そもそも有利不利に持ち込ませない》》」
当然、その言葉を聞いた一同は小首を傾げて疑問符を頭上に浮かべた。
「それは⋯⋯どういう意味かしら?」
「いや、部分的には合ってるんだけれども⋯⋯あ、そろそろ時間だ」
チャイムの音が大講堂に響き渡り、その音を聞いた生徒は早足で席につく。勿論それは特別対応教室の生徒達も無関係ではなく、彼ら彼女らはお辞儀や手を振ってから僕の前から去っていった。
そしてチャイムの反響が聞こえなくなると、壇上に後輩が、セフィラ・ソフ・オウル学園長が現れる。
同時に、彼女がマイクの前に立った途端、先程まで騒がしかった空気が静謐へと転じる。
「⋯⋯シモン中央学園は、絶え間ない研鑽と成長を目標としています」
静寂を切り裂くように、凛とした声が大講堂に響く。
「研鑽と成長、口にすることは簡単ですが実現するのは難しい言葉です。研鑽するには挑戦が必要であり、成長するには失敗をすることが必要です」
「なぜ失敗が必要なのか?という疑問もあるでしょう⋯⋯それは偏に、失敗や過ちは自身の過誤を気づかせてくれる好機、チャンスでもあるからです」
「ですが、過ちは過ちだと気づかなければ成長できず、世の中には一回の失敗で取り返しがつかないこともあります⋯⋯故に、これから貴方達には『安全な失敗』を経験してもらいます」
その言葉は言い終えたセフィラは、懐から一枚の紙を取り出す。
「それでは、これより定期試験の内容を開示します」
壇上の壁に、プロジェクターが文字を映す。
「――――今回の試験では、殺し合いをしてもらいます」
スクリーンに大きく、大きな文字で『バトルロイヤル』と書かれていた。
「無論、実際に命を落とすというわけでは無く、仮想シミュレーション⋯⋯夢や幻覚のような状態で行ってもらいます。魔術の制限も、何もかもない状態で、本気で、ですが⋯⋯ルールはこちらです」
壇上のスクリーンが切り替わり、試験の詳細が明かされる。
『ポイント制のバトルロイヤル』
『試験時間は5時間』
『エリアは東西南北中央で分かれており、東部丘陵エリア、西部森林エリア、南部湖畔エリア、北部山岳エリア、中央都市エリアがある』
『撃破時は10点、10分生存で1点のポイントを獲得、相手の所持ポイントも一定割合で獲得できる』
『ポイントランキング上位者は位置情報と所持ポイントが常に公開される』
『接触した相手にポイントは譲渡可能であり、互いの承認が必須』
『定期的にポイントが大量ゲットできるイベントが発生する』
だが、その内容を即座に理解できた生徒は多くなかった。
「⋯⋯え、何を言ってるの?」
「へぇ?面白えじゃん」
「実戦不足は確かに思っていたけど⋯⋯まぁ、理に適ってるか」
「いいじゃん、魔術の制限とか無いんだろ?最高じゃねーか」
「うぇぇえ⋯⋯な、なんで、学園長頭おかしくなったの⋯⋯?」
「⋯⋯まぁ、殺し合いはともかく、死なないのなら」
戦闘を好む生徒、怯える生徒、理解できずに困惑する生徒、理に適ってると納得する生徒。実に個性豊かで様々であった。
「では、質問がある人は挙手を」
しかしセフィラはそのような光景を無視するかのように、いや、理解した上で進んだ。
様々な感情が大講堂を満たす中で、理解をし終えた生徒が手を上げ始めた。
「撃破の定義は?」
「肉体的意識の消失による死亡なので、現実と殆ど変わらないです」
「ランキング上位者の範囲はどうなんだ?割合なのか、それとも人数なのか?」
「上位100名からですね」
「ポイントはどれほど成績に影響されますか?」
「評価基準の一部です、最終的には試験中の記録を確認した上で成績は判断します」
「あ、あの、途中棄権って⋯⋯?」
「可能ですが、成績に響くかと」
その後も生徒達から怒涛の質問が溢れる中、真っ直ぐに手を上げている人物がいた。
それは特別対応教室の一人であり、寝ぼけ眼を擦りながらも明確に、そして正確に、壇上のセフィラを射抜くようにして見つめている人物。
見た目こそ薄紫の髪色と緩くふわふわとした雰囲気を醸し出していながら、その瞳には一切の光が存在しない深い青色、深淵のように深い眼だった。
「どうぞ、ルーシッド・ヒプナゴジアさん」
その名前が大講堂に響いた途端、空気が微かに揺れた。
「⋯⋯え、起きてるの?」
「起きてるとこ初めて見た」
「ヒプナゴジアって⋯⋯辺境伯の?」
「嘘、あれって眠りの令嬢?噂の?」
驚愕と困惑、彼女の名前が空気を揺らしただけで、生徒の感情が揺さぶられた。
「ポイントの譲渡上限、譲渡の時間、は?」
「ポイントの譲渡上限がありませんが⋯⋯譲渡量が多いほど必要時間が増加します」
「イベントの詳細とか、は?」
「それは開催時に説明が入ります」
「最後⋯⋯同盟の構築は、あり?」
「同盟に関してはルールに抵触しないので構いません」
「⋯⋯へぇ?」
それはまるで、獲物を見つけたような笑みだった。
長年求めていた獲物をようやく見つけたような愉悦、楽しみにしていたゲームをようやく手に入れたような悦楽。
少なくとも、その顔は普通の生徒がする表情ではなかった。
「同盟組めるんだ」
「5人でも10人でもいいのかな⋯⋯」
「⋯⋯待てよ、裏切りもありなのか?」
誰かが呟いた『裏切り』という一言は、やけに大講堂に響き渡った。
そしてその静謐を、静寂を埋めるようにして、セフィラは笑みを浮かべながら口を開く。
「えぇ、ルールに抵触しない限りは」
その一言は、生徒の闘争心や好奇心に火を付けるには十分な一言だった。
「では、これより試験の準備を始めますので、各々準備と覚悟を初めてください⋯⋯あぁそれと、本試験は第一回であるため運営側も改善点を洗い出す予定ですので、どうか気楽に、されど本気で、遊戯のように楽しんでくださいね?」
要約したセフィラの発言
「仮想シミュレーションで魔術の危険性を覚えるついでに鍛錬しよう!」




