ゆめからさめよう!
一同は浮遊する肉塊、光見えぬ腫瘍に乗りながら、大量の水が流れ込む大穴を渡る。
以外にも光見えぬ腫瘍はかなりのパワフルさを持ち、その名前の通り腫瘍のような見た目だが、少なくとも子供四人と案内人一人を背中(といっても、肉塊なためどちらが背中なのかはわからない)にのせても、移動できている。
「⋯⋯これは傍から見たらだいぶおかしい光景だよな」
ジキルの言う通り、はたから見れば瘤の集まりのような見た目をした怪物に乗っている四人の子供と大人の案内人、そのような光景は不可思議極まるとしか言いようがない。
「さて、到着ね」
滝のように水が流れ込んでいながらも、底が見えない、水が溜まっているのが見えない大穴を無事渡り終えると、そこにはまたしても扉である。広大なプールの空間であるこの情景には不釣り合いな、オフィスのような扉だ。
「あら!またしても扉ですわ、それもオフィスビルのような扉ですの?」
「一応聞き耳を立ててみるが⋯⋯特に聞こえないな、空調の音くらいか?」
ジキルが扉に耳を当ててみるが、とりわけ大きな異音は存在しない。強いて言うならば空調、エアコンの音くらいしか聞き取れないのだ。
「そう、とりあえず皆?一応構えといて」
そういったカリスタは片手杖を握り、ドアノブに手をかける。
その光景を見た3人、マキナ、ジキル、ラヴィニアも、各々の魔術触媒をしっかりと取りだしてから構える。
夢の案内人だけは、そのニヤニヤとした軽薄な態度を崩さなかったが。
「⋯⋯⋯⋯行くわよ」
そう言ってから、ドアノブを勢いよく捻って力強く押し開ける。
最初にカリスタとマキナが転がり込むようにして周囲を警戒するが⋯⋯不思議なことに、命を脅かすようなものは存在しなかった。
扉の向こうは、オフィスであった。
プルリブスのビル街のようなオフィスビルに、非常に酷似した一室。デスクが規則的に設置されて、床は毛布のようなタイルカーペットで足音がならない。
どこにでもあるような、オフィスであったのだ。
「あら、オフィスですわ、其れも何の変哲もない」
ラヴィニアはそう言うが、おかしな点もないわけではなかった。窓の景色だ。
「⋯⋯報告、窓からの景色はビル街ではなくオフィス」
そう言ったマキナの指先には窓がある、あるにはあるのだが、その窓の光景はビル街や自然豊かな景色ではなく、また似たような光景、鏡合わせのように瓜二つなオフィスだ。
「ループ空間⋯⋯もしくは似たような空間かしら」
「お、ループ空間という推察はいいね」
ラヴィニアと共に、どう見たって扉を通らないであろう光見えぬ腫瘍を協力して引っ張り、このオフィスに移動させようとしている夢の案内人がそう言った。
「言ってしまえば夢の世界はイメージの世界、この夢の人は同じ事をグルグルと考えてしまうタイプの人でオフィスに思い入れがあったんあだだだだだ頭をかじらないでくれ光見えぬ腫瘍」
「■■■■■」
「あらこの大きさじゃ通りませんわね⋯⋯ならば光見えぬ腫瘍?雑巾絞りの要領で細くなりなさい!」
「■■■■■」
「うわ捻れて細くなった」
そのような愉快な光景から視線をそらし、夢の案内人に瞳を向けたカリスタは問う。
「⋯⋯で、案内人?次の場所は」
「よろしい、では次な場所は⋯⋯っと」
そう言って両手杖を地面の立て、倒れた先を確認しようとする⋯⋯のだが、杖はゆらゆらとするばかりで一向に倒れない。風が勢いよく吹き荒んでいるわけでもなく、頬撫でる涼しいエアコンの冷風ばかりだ。
案山子のように、天井に向かって先端が揺らいでいるだけである。
「⋯⋯なにこれ?」
「おや、これは不思議だねえ?」
そう言って夢の案内人はくつくつと笑うが、その場にいる四人の子供は首を傾げる。当然も当然、なにしろ向かう先がここに来てわからないのだから。
「⋯⋯はぁ、こういうパターンね」
「あら、あらあらあら!奇っ怪ですわ不思議ですわ不可思議ですわ!なぜ倒れないんでしょうか!」
「え、どういうことだ?」
「さっきそこの案内人が言ってたでしょう?ループ空間だって⋯⋯そのせいで空間が滅茶苦茶になっているんでしょうね、だから向かう先がわからない、もしくはこの空間に夢から目覚めるためのアイテムがあるんじゃない?」
ジキルの困惑と問うような顔に、そのような推理を披露するカリスタ。そして案内人に答えを求めるように視線を合わせると、ただ微笑むばかりで肯定も否定もしない。
その顔には自ら判断を委ねているような、自身が案内人であるという一本の筋、信念のようなものが見て取れるかもしれない。
「⋯⋯ようはこのループ空間を破壊しなければどうしようもない、そうでしょ?」
「まるで謎解きですわ、極東のコミックで読みましたわ、こういうの」
「提案、周囲の探索」
マキナのその提案を皮切りに、一行は歩き始める。
オフィスの机を漁ってみたり、パソコンの電源を入れてみたり、段ボールの中身を漁ってみたりと、魔術の痕跡がないかと探ってみたり、鍵のかかった非常口を魔術を開けようとしたりと、各々が独自の手段で探し始める。
しかしとりわけ面白いものはなく、オフィスの机には読めない文字で書かれた書類、パソコンは電源が入らない、段ボールの中身は空っぽ、魔術の痕跡は見つからない、非常口はジキルの「分割」すら効果がない、一向に手がかりが見つからないのである。
全力で走って、何度も何度も扉を開けたとしても、たどり着くのは同じ部屋。堂々巡りさながら、たらい回しのように同じ部屋である。
だがしかし、一つだけ不可思議なものがあった。
「ん、おーい、これなんか見つけだぞ」
「どうしたのジキル?」
全員がジキルに駆け寄ると、彼の手元にはキーボードほどの大きさのあるドールハウスと鍵、明確にはこのオフィス空間と瓜二つなドールハウスがある。
「これ、多分だけど空間系の魔術だ」
「⋯⋯本当ね、良く見たら魔力の痕跡があるわ」
「え?皆様わかりますの?」
「⋯⋯困惑、観測系魔術を100%発動してわかること」
「いや、自分は似たようなルーン魔術見ただけだから」
「え?なんとなくの感覚でわかるでしょう?」
「こいつはおかしい⋯⋯まぁそれはさておき、これ魔術の痕跡があるってことは何かがあるってことだ、魔力を辿れるか?カリスタ」
「任せてちょうだい、こんなの観測系魔術を全力で辿ればわかるわ」
そう言い、カリスタは片手杖を取り出して複数の魔術を行使する。
一つは「魔力を観測する魔術」と「範囲内の指定物を辿る魔術」、そのどちらをも使って魔力の痕跡を辿ると、一つの扉にたどり着く。
「⋯⋯そこの非常口ね」
「あそこ鍵かかってたぞ⋯⋯あぁいや、この鍵を使うのか?このドールハウスの近くにあった鍵」
「あら、じゃあ早速試してみましょう!」
一行はオフィスのミニチュアをその場において、その扉の鍵を開ける。
「――――――え」
そして、全員が目を見開いた。
扉のくぐった先がオフィスだったのはまだいい、だが、問題なのはサイズであった。
遠くに見える景色には、人間の何倍もあるパソコンや、列車ほどに長いキーボード、海溝のように深いコーヒーカップ。
遠くに見える景色にさえ目を瞑れば、そこは変哲もないオフィスであった。
⋯⋯扉をくぐった先が、ドールハウスのオフィスでなければ。
「なん、なんなの⋯⋯これは⋯⋯?」
「空間系⋯⋯しかもサイズを変えるタイプの空間魔術⋯⋯こんなの学派代表クラスじゃないと無理じゃないか⋯⋯?」
「空間魔術の理論は完成済み⋯⋯でも魔力消費や構築難度が桁違い」
「えぇ、できるのは学派代表か天才だけですわ」
事実、彼ら彼女らが言う通り、空間魔術は理論は完成している。
しかし完成しているからと言って可能な芸当ではなく、前提として空間を認識する魔術を使用しながら空間魔術を並列発動しなければならない。それに加えて魔力の消費が膨大であり、学派代表ほどの才能ある人物でなければ、隣の部屋に転移するだけで魔力が底をついてしまう。
「⋯⋯つまり、もしもこの空間を作った人がいるならば相当の使い手ってことね」
「ん⋯⋯でも、この空間って夢の世界だろ?なら自然にできた空間じゃないのか?」
そう言って案内人に顔を向けて、視線で確証を持たせるために問うジキル。
「そうだね、この空間は自然にできたもの、言ってしまえば災害と似たようなものだ、あぁ、こういうのは専門用語では魔術災害と言うんだっけ?」
魔術災害。
大気中の魔力が自然に集まり、幾何学的に魔術として成立してしまう現象。
その多くは火炎魔術による火災や、地中で爆発魔術が発動したことで起きる雪崩、水の生成による川の氾濫などだが、極稀に空間魔術や召喚魔術として成立することもある。
「つまるところ、この空間を作った人間はいないのね?」
「そうとも、この空間を作った人はいないね」
「⋯⋯なにか含みのある言い方だけれど、まあいいわ」
人を食ったような、その軽薄でニヤニヤとした笑顔の裏にあるものは見抜けないと思ったのか、カリスタはそれ以上聞くことをやめた。
この手のタイプはのらりくらりと避けられるのが常であるから。
しかし、其れが理解できたとしても、この状況を解決できる鍵とはなり得ないだろう。
「で?どうするんだ?やっぱり自分の乖離の魔術で空間ごと切り離すしか無いんじゃないか?」
「それは魔力が足りないって結論が出たでしょ⋯⋯この場にいる全員が協力して魔力を供給しても足りるかどうかだし」
「⋯⋯皆々様?一つお聞きしたいことが」
どん詰まりになりかけている所で、ラヴィニアが声を上げた
「このオフィスの非常口は、ドールハウスの非常口につながっているんですよね?それならば、このドールハウスをオフィスの非常口に通したらどうなるんでしょうか?」
オフィスの非常口は、ドールハウスの中にある非常口と繋がっている。
それならば、もしもドールハウスを非常口に投げ込んだのならば、どうなろうのだろうか?
「⋯⋯それは、どうなる、んだ?」
「⋯⋯確かに、繋がっている先の場所が、えぇと、説明が難しいわね、これ、鏡合わせみたいなものかしら?」
「警告、無限循環性空間的パラドックスの可能性⋯⋯でも、空間の破壊は可能、かも?」
そのマキナの発言を聞いた一行は、即座に立ち上がった。
この不可思議な夢を終わらせられる可能性、その一手が見つかった可能性なのだから。
「よし、じゃあみんなは光見えぬ腫瘍に隠れてて、私がやるから」
ジキルとマキナ、そしてラヴィニアは光見えぬ腫瘍に隠れ、その前にはドールハウスは片手に持ったカリスタが。
「じゃあ⋯⋯そいやっ!!」
カリスタは片手に持ったオフィスのドールハウスを、さながら野球選手のような綺麗なフォームで非常口に放り投げる。
ドールハウスが非常口を通り抜けた途端、水面に小石が落ちるような涼しい音が鳴り、非常口は鏡合わせのような景色に変貌する。
「⋯⋯なにも、ないが?」
事実、非常口は鏡合わせのように同じ景色が無限に続いているだけで、其れ以上に大きな変化はない。
「⋯⋯はぁ、驚かせないで頂戴、何も変なこと無いじゃない」
「あら、わたくし知っています、そういう発言はフラグって――――――」
――――瞬間、空間が爆発する。
非常口に写ったオフィスの景色が風船のように膨れ上がり、このオフィスを押し潰さんばかりに加速度的に膨張する。
「カリスタ様!こちらに!!皆様も光見えぬ腫瘍の内部に!!!」
「入れるの!?」
「■■■■■」
だがしかし、内部に入るよりも歪んだ空間が膨れ上がるのは早く、無限に無制限に膨れ上がる。
斯くして、いとも容易く空間歪曲に飲み込まれた一同は、意識を暗闇に落とした。




