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シモン中央学園の問題児達は斯く語りき  作者: 糸又 字四
「うたかたのゆめまぼろしがごとく」
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夢の終わり

―――アルビオン王国・カーター邸/夜―――


「⋯⋯⋯⋯ん、っ」


かすかな光をまぶた越しに感じて、一番早く起き上がったのはカリスタだった。

バネのように体を飛び跳ねさせて、腰に下げていた片手杖を反射的に握って周囲を見渡す。だが、その眼に入る景色、その瞳に映る部屋はラヴィニアの部屋そのものであり、積み重なった古本や絵本が彼女の部屋たらしめている。


そして、床に倒れている三人と、自身にもかけられていた毛布も、視界に入った。


「ぐ、ぅ⋯⋯も、戻ってこれたのか?カリスタ」


「⋯⋯覚醒」


「あら、どうやら羊を数える必要がなくなったみたいですわ?」


「えぇ、恐らくね」


各々が起き上がり、部屋の本を見渡し、ここがラヴィニアの部屋だと認識した頃、扉がノックされて声が部屋に響いた。


「ラヴィニア?まだ友人達と寝ているのか?」


低音で、壮年の男性の声だった。

ラヴィニア以外の三人は、その声の主が誰かわからなかったが、その声を聞いたラヴィニアは嬉しそうに顔を上げて真っ先に反応する。


「お父様?」


「⋯⋯なんだ、起きていたんじゃないか」


扉を開けた彼、ラヴィニアの養父であるランドルフ・カーターは、カリスタ達が起きていたことを確認するように、部屋を見渡す。


「今日はもう遅い、部屋はあるから泊まるといい⋯⋯構わないな?」


そして彼は窓の外を見る。窓の外はすっかり暗くなっており、星々が我らの舞台と言わんばかりに輝いている。

こんな深夜では、帰ろうとするのは危ないだろう。


しかし、一人だけジキルだけが警戒するかのような目をしていた


「あの、カーターさん、先生は?お話していたって聞きましたけど」


「橘先生か?彼なら応接室のソファで寝ているが⋯⋯確認するか?」


「⋯⋯いや、いいか」


だが彼は、警戒しているような視線を取りやめた。

夢での大冒険で疲れているのか、それとも単純に面倒くさくなったのか、そのどちらかは彼自身の心の中でしかわからないだろう。


「長いこと寝ていただろうから腹が減っているだろう、食事は用意しているから、晩餐室に来るといい」


そう言って、カーターは部屋を去り扉を締めた。


残ったのは、頭痛で頭を抱えているカリスタ、変わらない無表情で毛布に包まっているマキナ、立ち上がって晩餐室む行こうとするジキル、そしてふるふると両肩を震わせているラヴィニアだけだった。


「⋯⋯あえて聞くけど、何をするつもり?」


当然、声をかけるカリスタだったが、その顔は薄々予想がついている顔だった。


「当っ然、お泊り会ですわ!!!」


歓喜の声で叫ぶように、心の底から嬉しそうにラヴィニアは飛び跳ねた。


「さぁさお泊りですわお泊り会ですわ!お布団とゲームとお菓子の用意ですわ!お部屋に沢山のお菓子とボードゲームと本を持ち込んで夜通し遊ばなければいけません!だって!夢にも見たお泊り会なんですから!!」


「その前にご飯じゃねえの?」


ジキルのその発言、嘆きのような提案は、興奮している彼女に届かなかった。





―――アルビオン王国・カーター邸/深夜―――


草木が眠り、子供達も橘立花も眠った頃、ランドルフ・カーターは邸宅の廊下を歩いていた。

向かう先はただ一つ、人らしからぬ人間を一人待たせている談話室、三つの紅茶が置かれた一室。


「失礼、子どもたちがようやく寝たからな⋯⋯待たせて済まなかった、()()


会長。


会長と呼ばれた少女は、件の生徒たちの中でも最も小さいマキナほどの背丈しか無かった。真っ白なキトンと赤色のヒマティオンを付け、ソファに座って紅茶を一口飲んでから、瑠璃色の瞳で睨むようにして口を開いた。


「⋯⋯本名で呼べと、私はいつまで言えばいい?」


白黒入り混じり床に引きずるほどの長髪と夜空に浮かぶような一等星さながらの碧眼、その少女だけが一帯の現実から抜き出されているような、強力な存在感。


「では本名のアリス・テレスとお呼びすればよいのか?今時その名を呼ぶのは礼儀知らずの阿呆か、貴方様の旧い友人しかいないだろうに⋯⋯ツァラトゥストラ会長?」


シニカルな笑みを浮かべて、ランドルフ・カーターは名前を読んだ。


ツァラトゥストラ。

斯く語りき(ツァラトゥストラ)

本名を、アリス・テレス。


数千年続く魔術学会における会長であり、設立から()()()()()()()()()()()()会長であり、数千年の歴史を見てきた生き字引にして生き証人。


「⋯⋯意地が悪いな、銀鍵の担い手」


「お互い様だろう、お嬢さん」


その雰囲気や息の合い方は旧い友人同士でしか出せないもの。

示し合わせたかのように、互いに紅茶を一口含み、ランドルフ・カーターが先に口を開いた。


「⋯⋯てっきり、貴方様は手出ししないかと思っていたが、一体どういう思考の結果で?」


「さてな、学会の連中は私を()()()()()()()()()()()()()()()()と揶揄しているが、それはただ私が出るに値する事件が起きていない、というだけなのだよ」


「であるならば、今回貴方が動いたのは()()()()()()()()()()()()()と?」


「如何にも、私にとって貴様の養娘がしでかした事件は、()()()()()()()()()()()怪猫(キャスパリーグ)よりも、遥かに重要な事件だったのだよ。まるで神話の誤植のような話だ、伝承学派の連中が聞いたら大きく口を開けて愕然とするだろう、そうは思わないかい?()()()()()


そう、ツァラトゥストラが、アリス・テレスが名前を呼んだ途端、カツンと、杖が地面に置かれる音がした。


彼女の隣に、いつの間にか一人の宮廷魔術師が座っていた。


ブロンドヘアーの、人を食ったような顔でニヤニヤと笑っていた彼は、疲れたような顔だった。


「貴女からすればそうなのかもしれないけれど、僕からすればこの国が滅ぶのは一大事なんだけどね⋯⋯会長さん」


ゆったりとソファに体重を預けて、相も変わらず両手杖を抱えるように持ちながら机の上に置かれていた紅茶を飲む夢の案内人。


「嘘を真に出来る人間はいれど、真を嘘に書き換える事ができるのは彼女だけだろう、現を夢幻にできるなど、あの子(ラヴィニア)貴様(マーリン)くらいだ、そうだろう?マーリン・アングルシー」


またの名を、マーリン。

マーリン・アングルシー。

予言と予知、未来を知る魔術師とも呼ばれるアングルシー家の初代当主。

そんな彼がが夢幻の如く、唐突に現れた。


「あの天才さんの弟子の一人⋯⋯橘立花さんが先に屋敷に来た時は焦ったよ。あそこでラヴィニア・カーターと出会わせた未来は最善策じゃなかったからね」


「だから彼に幻を見せて眠らせたと?気づかれないように認識阻害も混ぜ込んでまで必要なことだったのか?」


「さてね、僕の予知は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を視れるだけだから、少なくとも彼ら彼女ら四人だけが最善策だったんだ」


「娘達を危険に晒したのも、娘の友人等を夢の世界に引きずり込んだのも、陳腐な夢物語の冒険譚を演じさせたのも、最善策だというのか?」


「⋯⋯⋯⋯⋯」


夢の案内人の顔は、その表情が貼り付けられたかのような笑顔は、肯定以外の意味を持っていなかった。

其れに反して、ランドルフ・カーターの表情は真剣そのもの、逆鱗の隣をなぞられているかのような顔で身を乗り出している。


「⋯⋯もしお前が、最善策として娘を殺そうとしていたのならば、私はお前達に向けて容赦なく鍵を向けるだろう」


そう言って、自身の首から下げている銀の鍵を握る。

大切そうに、肌見放さず身につけている、手のひらほどの大きさをした古めかしい鍵を。


その光景が、その表情が、あまりにも滑稽で面白可笑しかったのか、ツァラトゥストラ会長はけらけらと子供のように笑った。


「ふ、ふふ、ずいぶんとご執心だな?ランドルフ・カーター?最初に話を聞いたときは、とうとう貴様が狂ってしまったのかと思ったよ、自分の娘に入れこみすぎて妄言でも吐いたのかと、な」


「⋯⋯当たり前でしょう?ツァラトゥストラ会長、たとえ私の行動で国が滅ぼうとも、私にとってあの子は、ラヴィニアは、この国よりも大切な価値と意味がある、あの子を守るのは私の使命であり、ひいては世界を守るためであるが故に」


「⋯⋯まぁ僕の立場だとしても、()()()が建てたこの国が、あの子が愛したこの世界が滅ぶのは困るからね、会長さんとカーターさんからしてみれば国が滅ぼうが構わないのかもしれないけれど、僕はあの子の宝物を守らなければいけないからね⋯⋯カーターさんがラヴィニアちゃんを守るように」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


長い無言、永い静寂、見つめ合うような視線の交わりの後、悠久を生存した会長は、抑えるようにして口元に手を添えつつ笑った。


「ふ、ふふ、なんだ貴様等、似た者同士じゃないか?思う対象こそ違うが、中身の本質は変わらない、どちらも大切にしているものを壊されたくない、奪われたくないと思っているんだろう?」


その言葉に、二人が怪訝そうな顔をしたのは言うまでもないだろう。


「さてまぁ、そろそろ用事を済ませてしまうとしようか」


彼女は何処かから、虚空から瞬間移動のように、一本のワインボトルを取り出す。


「⋯⋯そちらは?」


「とある()()に直談判の手土産として貰ってな、だが私と酒を飲む相手は少ないときた。学派代表は学会の政治に肩入れしてしまうし、旧い友人は忙しい⋯⋯だからといって見知らぬ相手を誘ってもつまらないとは思わないかい?」


にたりと、その子供のような見た目とは相反するような、少しばかりの疲労をにじませた笑顔を見せた。

次辺りから多分定期試験編です

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