全ては夢に落ち続ける
―――アルビオン王国・カーター邸/夕方―――
ラヴィニア・カーターの実家でありランドルフ・カーターの邸宅は、見た目通りかなり広かった。
三人を待ち望んていたかのように重苦しい扉をくぐれば、巨大なシャンデリアが天井に吊り下げられていたり、ヘビのように長い廊下はぐねぐねとねじ曲がっている。
階段もあちこちに設置されているせいで、三階にあるラヴィニアの部屋に向かうだけでも一苦労である。
「さぁさ皆様方!ここがわたくしの部屋ですわ!」
そう言って案内された部屋は、壮観も壮観。
ところ狭しと並べられた本棚は少しの隙間も残っておらず、余った書籍は地面に積まれて窓からの陽光の当たらない位置に置かれている。
ベッドの上にも、部屋の隅にも、当然机の上や側にも、積み重なった本の塔が乱立している。
年頃の生娘が住んでいる部屋というよりも、書斎に住んでいる学者の部屋、と形容するのが正しいかもしれない。
「皆様方がいらっしゃる前に片付けようと思っていたんですが⋯⋯間に合わなくてごめんなさいね?」
「構わないわ⋯⋯ところで、橘先生は?先に来たと思ったのだけれど」
「橘先生はお父様とお話していらっしゃいますわ、もしかしたら学校関連のお話かもしれませんし、邪魔しては迷惑でしょう?」
「それもそうね、はいこれ宿題、ちゃんとやりなさい?わからなければ教えるから」
納得したカリスタはラヴィニアにいくつかの宿題を渡しつつ、その隣でジキルは周囲の本を見渡しながら問う。
「⋯⋯なぁラヴィニア、これ凄い蔵書量だけど、まさかこれ全部読んでいるのか?」
「えぇ勿論!素晴らしい物語を綴るには素晴らしい物語を読まなければなりませんもの、ああ!そう言えばいい忘れておりましたね!わたくし小説を書いておりますの!昔お父様から読み聞かせてもらった物語が大好きで大好きで!」
身振り手振りで体を大きく動かしながら、かつて楽しんだ一時を表現するかのように大げさに語る彼女。
「お父様から聞いた物語や読んでくれた絵本がいまだに大好きで大好きで⋯⋯色々な伝奇小説を読んでいったらわたくしも書きたくなりましたの!」
「質問、そういうものなの?」
「勿論、そういうものですわ」
小首を傾げて質問するマキナに対し、両手を握って満面の笑みで嬉しそうに返しながら身体を横に曲げるラヴィニア。
「まぁ確かに私も小説は好きよ、冒険譚とかが特に好みね」
「あら、あらあらあら!それでしたらこの絵本とかどうでしょうか?」
そう言われたラヴィニアは誰だってわかるほどにテンションが上がり、書籍の山から一冊の本を取り出す。
どうやらその絵本はかなり古いらしく、ところどころ表紙が剥げつつあるが、それでもなおきれいにされていることから、本の持ち主たるラヴィニアが大切に手入れしている宝物だと推測できる一冊だ。
「これはわたくしの読んだ本の中でもとびっきりのお気に入りでして!昔お父様が寝る前に読んでくださった本で、今でも読み返すくらいには大好きなんです!」
「へぇ、そこまでしてオススメするだなんて、絵本といえど俄然興味が湧いてきたわ、どんな冒険譚なの?」
「夢見人のドリームランドという作品でして!好きな夢を意図的に見れる主人公が色んな人の夢を渡って冒険する物語です!猫だらけの街や砂漠のオアシスに建てられた都市!極東の黄金郷や白い鯨と戦う灯台守!すごくすごーく心が踊らされる物語ですわ!!」
滔々と、本の内容を暗記できるほどに読み返したのか、彼女は興奮しながら身振り手振りで面白可笑しく説明した。
そのテンションの上がりようにちょっとだけ困惑しているジキルは、思わず口から言葉が溢れてしまった。
「えっと⋯⋯そんなに面白いのか?言っちゃぁアレだが、絵本だろう?」
「おっとジキル様!それは違いますわ!」
その言葉を聞いた途端、ラヴィニアは一瞬でジキルとの間を詰める。一瞬にして彼の両肩を掴んだラヴィニアは、少しばかり狂気的な雰囲気でありながら楽しそうに語る。
「絵本だからといって子供向けとは限りませんもの!絵本といえど、子供向けであれど!読者の心を揺らして記憶に残らせたのならば!それは十分どころか十全に素晴らしい物語なんです!!!」
「⋯⋯それもそうだな、すまん、軽率だった」
「ご理解いただけたのならば、嬉しい限りですわ」
その熱弁に心打たれたのか、ジキルは自らの軽率な発言を謝罪する。
だがラヴィニアはその謝罪を重く受け止めることもなく、彼女にとっては自身の考えを理解してくれたことが重要らしい。
そのためか、自身の思想を伝搬させた彼女は嬉しそうにしながら座る。
「それで、お父様から聞いたいた話では橘先生だけだと聞いておりましたけれど、どうして皆様方も?いえ、勿論迷惑というわけではなく、むしろ嬉しい限りですけれども」
人差し指を頬に当てて、わざとらしく小首を傾げるラヴィニアの問いに答えたのはカリスタだった。
「流石に一週間も学校にいないのは不思議に思ったのよ、それで私達も一緒に見舞いに来たのよ、寮生活なのに実家に帰ったのも気になったし」
「疑問、寮生活なのに実家に帰る理由が不明」
「ま、自分達にそんな深い理由はねぇよ、先生は違うかもだが」
「それなら単純ですわ、実に単純で簡単で、それでいて簡潔です」
三人の問いに、ラヴィニアは本当に、本当の本当に簡潔で簡単な答えを返す。
「普通に風邪を引いておりましたわ」
「風邪」
「胃腸炎でしたわ」
「胃腸炎」
「上からも下からも――――」
「OK、わかったから一旦ストップしてくれ」
汚い話になりそうになったので割り込むように止めるジキルと、病み上がりのラヴィニアを心配するカリスタ。
「⋯⋯その様子から今は平気なのよね?実家に帰るほどなら辛いんじゃない?」
「ご安心を、元々わたくしは病弱ですので慣れてますわ、こんな体質ですしね?」
そう言ってラヴィニアは、己の真っ白な髪に触れながら、物憂げな表情と真っ赤な瞳で眺める。
それは彼女の体質であるアルビノの証明であり、自身の病弱性を証明する一端そして彼女がかつて友人を作れなかった要因。
ラヴィニアにとっては少しだけ忌々しい、己のアイデンティティの一つだった。
だがそんな表情は長く続くことはなく、すぐに天真爛漫な表情へと転じた。
「さて!そう言えば紅茶を忘れておりましたね!お客様がいらっしゃったのに紅茶の一つも出していないだなんて、淑女としてのプライドが許しませんわ!」
「あら、そんな手厚く歓迎しなくてもいいのに」
「いえ、折角学友が私のお家に来たのならば歓迎したくなります!皆様方はお待ちになっててください!あぁ、この部屋の本は全部読破しているので読んでも構いませんわ!」
そう言ったラヴィニアは立ち上がって、三人に話しかけるような独り言を口から漏らす。
「わたくしこういう時のためにも紅茶を淹れる練習沢山しておきましたの!今日が初めての本番ですけれど、お父様には沢山褒められたので是非とも皆様方にも――――――」
そこまで言って、彼女の言葉が途切れる。
まるでテレビの電源を唐突に切ったかの如く、夢から覚めるかの如く、ラヴィニア・カーターは姿が消えたのだ。
「――――――ラヴィニア?」
カリスタは声をかけるが、返答はない。
ラヴィニアが退室したはずの扉は開かれていることもなく、ただ堅固に、ただ何も言わずに、解錠された音すらせずに閉まっていた。
「っ⋯⋯!」
「うぉ、ちょ、カリスタァ!?」
真っ先に、扉に向かって走るカリスタに驚くジキル。
カリスタの脳裏に過っているのは、あの噂話。
怪物が出るという、何処にでもありそうな噂話。
だが、もしもそれが本当で、人食いのような怪物で、ラヴィニアがそれに狙われたとするならば。
そう思って、ラヴィニアが退室したはずの扉を開いて、廊下に飛び出す。
「――――――は」
だがそこは廊下ではなかった。
まず最初に、視界に入ったのは空色と白色で、数瞬の後にそれが空だということを理解する。
そして、扉を開けた先が超上空だということも。
飛び出したせいで、止まることも出来ないことも。
先に落下したラヴィニアが遥か真下にいることも。
「おい待ていきなりどうし⋯⋯あぁもう!一体全体どうなってんだよ!?」
「質問、何故抱え、疑問、空?、困惑、停止を提案、提案、提案、飛び降りないこと推奨、推奨、推奨、停止、停止⋯⋯!」
そして後ろから、理解も納得もできないがマキナを抱えたジキルが飛び降りた。
斯くして四名が超上空から地面に落ちている中、一人の男性の声、やけに胡散臭い声が近くから聞こえた。
「さぁ勇敢なる諸君!冒険に往こうじゃないか!」




