悪党を蹴散らし
――――アルビオン王国・リウエルプール/昼――――
さてこの状況、前にも後ろにも敵がいる上に、相手の数は三倍の9人。
その全員が子供である三人よりも体格が大きく、更に付け加えるならば刃物を持っている相手だ。
リーダーらしき人物が一歩前に出て、啖呵を切ったカリスタに歩み寄る。
「おいおい、まさかやる気じゃないだろうなぁお嬢ちゃん」
「残念ながらそのまさかよ、それとも子供相手に負けるのが怖いの?」
「あ?お嬢ちゃんお前まさか理解できないのか?」
「えぇ理解しているわ、これから貴方達が私達に蹂躙されるのをね」
「⋯⋯お前マジでふざげぇっ!?」
男のこめかみに血管が浮き出るのと同時に、カリスタは走り出す。
その速度は一瞬であり、眼前の男は怒りのせいで油断している上に、眼の前の子供が信じられない速度で殴りかかってくるとは思っていないので、当然避けられない。
「――――――先手はもらうわよ」
カリスタの腰にぶら下げられた、学校が支給した片手杖型の魔術触媒。
その帯刀するかのように下げている片手杖を、走り出すのと同時に握って足元に『風の魔術』を発動、身体を一陣の風のように加速させ、リーダーらしき人物の鳩尾に肘打ちをねじ込む。
「ゔ、が、ぁ」
そして男が思わず蹲ろうとしたので頭に膝蹴りを、意識を確実に失わせるためにふらついた頭を掴んで地面に叩きつける。
その一瞬。
その連撃。
その閃撃。
流れるような三連撃で、眼前の男は気絶する。
「お、お頭ぁ!!」
「このガキ魔術師かよ!?」
「杖だ!杖を奪えば魔術師なんざただの人間だろうが!」
「あら、随分と聡いのね」
一人が叫んだことにより、複数の男達が同時に襲いかかるが、それを容易く避けるカリスタ。
実際、魔術を行使する際に『魔術触媒』は必須である。
なぜなら触媒は、魔術を演算や構築する際の補助をする装置。指向性をつけやすい杖や携行性に優れる指輪といった差こそあれど、魔術師にとって触媒は生命線、戦闘時に奪われようものなら命取りである。
「あーもー、無茶苦茶やるなぁあいつ⋯⋯」
「が⋯⋯ぎっ⋯⋯」
一方で、ジキルは『結合の魔術』を応用した『固定の魔術』によって腕を固定し、自身よりも力の強い成人男性を絞め落としながら、呆れ混じりのそう言った。
彼の視線の先には、襲い来る暴漢にちぎっては投げ掴んでは投げ、片手杖を振りかざしては吹き飛ばし振り上げては殴り飛ばすという、少々愉快な光景がある。
「くたばれやガキィ!」
「っ⋯⋯しまった⋯⋯!」
だが、一人の男の蹴りを左腕にマトモに受けて、カリスタは片手杖を地面に落とす。彼女は痛みで腕を押さながら落とした杖を拾おうと走るも、当然それは一人の男によって遮られる。
「はっ!杖を落としちゃあお得意の魔術も使えねぇなぁ!?」
「マズイっ⋯⋯!」
ナイフを持った男が大きく笑い、それに反するかのように冷や汗をかくカリスタ。
なぜなら魔術触媒の無い魔術師というのはただの人間であり、魔術が使えないということはろくに戦えないということ。
鍛え抜かれた軍人魔術師ならともかく、ただの子供であるならば、ダダの大人だとしても簡単に無力化できるだろう。
――――――それが凡才ならばの話だが。
「ッ!?」
突如として、カリスタの右手から『弾丸の魔術』が発射される。
発射された弾丸は正確無比に、カリスタを捕まえようとしていた男の頭を狙い、その一撃は気絶させるのに十分なものであった。
よく見ると、彼女の左腕には三つの魔法陣が腕輪のように纏わりついているが、彼女の両手に魔術触媒は握られていない。
ピアスのような小さな触媒を付けているわけではない。
わざと落とした片手杖を拾いながら、彼女は語る。
「別に、魔術触媒が無くても魔術は使えるのよ、知らなかったのかしら?それとも頭が足りなかったのかしら?もしくは両方?」
実際に彼女の言う通り、魔術触媒という杖や指輪などの装置がなくとも、魔術は使える。
だがそれは至難の業であり、制御率と安定性、発動する時間が伸びるのは確定的に明らかである。
それはある種の魔術師としての一人前になるための試験、触媒を使わずに魔術を使用するという試練を、彼女はすでに合格していると言えよう。
ただ、今回の彼女は少々どころではない、異常に器用な真似をしていた。
「発動寸前の魔術を保持して、相手に杖をわざと奪わせて油断した後に発動とか⋯⋯器用な真似するなぁ、アイツ⋯⋯あっぶな!」
そう呟きながら、避けやすい大振りな攻撃を必死で避けつつ、少しの隙を逃さず関節技をキメるジキル。
「あだだだだだっ!?なんでただの子供が関節キメれんだよ!?」
「己の身を持って先生に教えられたんでとしか」
「どんな教師だ!?」
「なんなんだろうなぁ、あの先生⋯⋯っと!」
ジキルはそのまま男を地面に叩きつけて、無理矢理気絶させる。
そしてできるだけ早く立ち上がり、次の相手は誰なのかと思いつつカリスタの反対、つまりマキナ・マクスウェルが対応していた方向を見るが、その心配は無用だった。
「さて、これで残りの人数は⋯⋯っと、もう全部片付けてたか」
「⋯⋯周囲環境から推測、増援の可能性無し、鎮圧終了」
マキナ・マクスウェルが対応していた後方は、面白可笑しい光景となっていた。
なにしろ大の大人達が上半身に埋まっていたり、右半身だけが壁に叩きつけられていたり、なぜか丸焦げで全裸になっていたり。
その姿はさながら現代アート、意図のわからない作品まみれだ。
周囲を注意深く見回した彼女は、尻尾を大きく揺らしてから振り返り、足元に転がっている大人を気にせず踏みつけながらカリスタとジキルに歩み寄る。
「質問、戦闘終了?」
「まぁね⋯⋯でも物足りないわ、これくらいだったら先生とやったほうが何倍も有意義ね」
「増援来られても困るだろ⋯⋯あと意識あるやつは?」
「全員気絶させたわ」
「回答、命令されたから殺してない」
「⋯⋯どうやってラヴィニアの実家に行くんだ?」
ジキルのその発言に、二人は正しく『しまった』という顔。
これには彼も呆れ顔、というよりも諦めたような瞳をした。
「う、うぅ⋯⋯」
しかし先程マキナが踏みつけた人物が、唸るような声を出して目を覚ます。
「⋯⋯ジキル、縄」
「はいよ」
その短いやり取りの後に、カリスタは手早く男を縛り上げて座らせる。
どうやら縛られているうちに男は目を覚まして、眼前の三人たちに怯えるような声を出す。大の大人が子供に怯えるのは滑稽に思えるが、その三人の子供達は三倍の戦力相手に圧勝した、子供らしからぬ子供だ。
無理もない。
「ひ、ひぃぃいい!い、命だけは!命だけは勘弁してくださいぃいっ!」
「ちょっと、人のことを何だと思ってるの?私、これでもただの子供なのだけれども」
「それはない」
思わず反射的に言ったジキルは、カリスタの睨むような視線に射抜かれて視線をそらした。
「⋯⋯はぁ、まぁいいわ、とりあえず、ほら、私達ここに行きたいの、教えて?」
「お、教えてくれたら、命だけは助けてくれます、か?」
「当たり前でしょ、でも出頭しなさいよね⋯⋯ほらここの屋敷、さっさと教えなさい」
「ひぃっ!言います!!言いますから!!!」
そう言いながら片手杖で縛られた男の頬を、ペチペチと軽く叩くカリスタ。
はたから見れば完全にカツアゲである。
友人から見ても完全にカツアゲである。
「⋯⋯って、え、こ、ここに行くんですか?」
しかし男は、カリスタの見せた住所を見た瞬間に口籠る。
その反応は口籠るといよりも、予想外な場所を言われて戸惑っているのが正しいだろう。ただカリスタからすれば、悪足掻きのようにしか思えなかったのだろう。
でなければ杖の先端を頬ではなく喉に向けない。
「何、教えてくれないの?」
「で、ですが!あそこにゃあ噂がありまして⋯⋯!」
「⋯⋯へぇ?」
か、怪物が出るって言うんですよ⋯⋯!あそこにゃあ⋯⋯!
『魔術触媒』
魔術の構築を補佐してくれる道具。その中身は数々の魔術行使を補助する魔術や機械が埋め込まれた精密機器とも言える。
多くの魔術師は杖の形にするが、上記の効果を満たしているなら形はなんでも良い。
基本的に魔術においては必須とされており、魔術の構築や演算に補助が掛かり、一部の触媒は特定の魔術限定だが大きな補正がかかる。
熟練の魔術師は使わなくても発動できるがあったほうが楽。
なおカリスタのやっていた『発動寸前の魔術を保持する』ことによる、擬似的な触媒無し魔術は普通できない。
アイツは色々と規格外。
おかしい。




