邸宅を訪ね
――――アルビオン王国・リウエルプール駅/昼――――
シモン中央学園がある学園研究都市から列車で一時間程経つと、海の匂いを感じ取れる程になり、それから数分もすれば湾岸都市の建物が見え始める
「ほら、早く降りなさいよ」
「待てって、そんな焦らなくてもいいだろ?」
「行動、早く外に出たい」
騒ぎながら少し早足で降りると、駅に足をつけた瞬間に潮風が顔を撫でる。あまりにも清涼な空気だから大きく息を吸いたくなるほどだ。
まだ海が見えていないというのに、その空気だけで気分が良くなる。
「っ⋯⋯⋯⋯はぁ~~、海ってこんな匂いなのか」
「清涼、なぜか深呼吸したくなる」
「そうでしょう?でも海の方を見たら凄いんだから、一面ずうっと塩水無のよ?」
「でもこっからじゃ海見えないよな、ちょっと待ってろ地図取り出すから」
「今の駅がここだから⋯⋯少し歩いただけで港に出れるわね」
「提案、ジェラートの購入」
「あ、港にあるから買おうぜ、小遣いそこそこ持ってきたからさ」
そうやって三人は、地図を広げてあまりにも楽しく談笑するものだから、少しばかり親心のようなものが湧いてしまった。
こんなに楽しそうにしている子供相手に、日帰りだから遊べないとは言えないだろう。
「⋯⋯一応日帰りの予定だからあまり遊びすぎないようにね、あとこれお金」
「え、いいの?別にお小遣いから出すつもりだったのだけれど」
「校外学習みたいなもんだから必要経費だよ、後スられないようにね」
ラヴィニア・カーターの実家の住所が書かれたメモと、いくつかのお金を渡す。ジェラートが数十個は買えるほどのお金があれば、このプチ旅行も楽しめることだろう。
しかしスリされないような対策をしたとしても、面倒な輩に絡まれて強奪されたら意味がない。であるならば教師らしく教えたことを再確認しておこう。
「いいかい?変な輩に絡まれたら、何をすればいいのかわかっているね?」
「勿論、それくらいわかっているわ」
カリスタは腕を組んで、自信満々に答えた。
「ちゃんと返り討ちにすればいいんでしょう?」
「理解しているならばヨシ!」
「なにもヨシじゃないが?」
――――アルビオン王国・ラヴィニア・カーターの実家前/昼――――
駅で3人と別れて、僕は先にラヴィニア・カーターの実家にお邪魔する事とした。
海の匂い、海外から来た香辛料の香り、バーに飲まれているアルコールの匂い。まぜこぜな匂いが嗅覚を刺激して、どこか浮ついた心情になってしまう。
これではあの三人を笑えない。
「そこのお兄さん!今なら安くするよ!」
「朝っぱらから飲む酒が一番美味ぇ!」
「おいそれ俺の買った大八洲の酒だぞ!」
「いいじゃねぇかぁちょっとくらい!」
「これ何処の果物でしたっけ?プルリブス産?」
「あぁそうだ、プルリブスの南部の方で作られた果物だな、お一つどうだい?」
「うぉっと!危ないな!箒に乗るときは前を見て飛んでくれよ!」
「あら、ごめんなさいね、でも急いでいるのよ」
人と人が行き交い、会話と会話が混雑する、騒々しいがどこか楽しげな町中。
しかしラヴィニア・カーターの実家に向かう道を歩いていると、異変が起きる。
段々と人が少なく、徐々に会話が遠くなっていくのだ。
スラムというわけでは無く、むしろ富裕層の市街地に向かっているから露店が少なくなるのは当たり前だが、どうにも不可思議な違和感があった。
「⋯⋯ここか」
騒々しさを路地裏2本分くらい離した所に、その邸宅はあった。
立派と言えば立派ではあるが、その有り余るほどの巨大さは空虚さを表しているような感覚。空っぽな雰囲気を醸し出しているその家は少しばかりおどろおどろしい。
その大きさは使用人が必須であり、どう考えたって父親と養娘の二人で住むにはあまりにも大きすぎる。
「まぁだからといって帰るわけじゃないんだけどさ⋯⋯」
そう呟きながら呼びベルを鳴らすと、壮年の男性が簡潔に話す。
「⋯⋯鍵は開けてある」
そう語っただけで続きは無く、鍵が開くような音もしない。
しかしあの返答から察するに入って良い、ということなのだろう。
鉄格子のような門を開いて草木が手入れされた小さな庭を歩き、重厚な玄関扉をノックする。
しかしノックしようと扉に近づいた瞬間、ゆっくりと扉が開いた。
漫然とした動きでゆっくりと開いた扉の奥には、首から銀色の鍵をぶら下げた紳士然とした壮年の男性が立っていた。
「ようこそ橘立花先生、私はこの屋敷の主であるランドルフ、ランドルフ・カーターだ」
窓からの光しか光源が存在しない屋敷の中で、シャパリュの彼は丁寧にお辞儀をする。
⋯⋯あまりにも現れ方が不穏すぎやしないか、と脳内で思っていると、それを読んだかのような眼前の紳士は抑えるようにくつくつと笑った。
その笑いで、先程までの不穏な空気は霧散する。
「ふふ、いやなんだ、娘が驚かせてやりたいと言ってきたものだから、折角だからと乗ったんだ。どうだったかね?ラヴィニア」
「えぇ!えぇ!とっても面白かったですし楽しかったですわ!驚かせてごめんなさいね?橘先生」
アルビノ特有の真っ白な見た目に真っ赤な瞳、シンプルではあるが高級そうな布で作られた衣服を着た、人形のような美少女。
彼女こそが件の人物『ラヴィニア・カーター』である。
「さて驚かせてすまなかったな、応接室はこちらだ、案内しよう」
そう言い、屋敷を案内してくれるランドルフ・カーター、そして僕の後ろから歩いてくるラヴィニア。
屋敷中は存外綺麗にされており、毎日掃除されているのかと思うくらいに埃一片も落ちていなかった。
しかし不思議なのは使用人の姿がいないというのに、こんなに大きな屋敷をきれいに維持し続けていることだ。
まぁ式神や召喚物によって掃除をさせているのかもしれない、高名な魔術師を排出している貴族にはそういう家庭もあると聞く。
「ここだ、茶を入れてくるから、少し待っててくれ」
そう言い、巨大なソファが二つ、アンティークな机が置かれた部屋に案内される。
ラヴィニアはスキップをしながらジャンプし、フカフカのソファに飛び込む。怪我一つ無さそうな動きをしているその姿から、さぞフカフカなソファだろうと思いながら座ると、実際そうだった。
⋯⋯さて、今この場に僕がいるのはラヴィニア・カーターがなぜ学校に来ていないのか、ということだ。
こんなに元気そうならば風邪の可能性は少ないだろうし、病み上がりだとしたらあんなに動けないだろう。
いじめや精神病の場合はどうだろうか、いじめの場合はそもそも僕を見た瞬間に負の記憶を連想してしまうかもしれないし、精神病を患っている人間がこうも元気なのだろうか?
今も元気にソファをトランポリン代わりに跳ねている、とても楽しそうである。
⋯⋯えぇいまだるっこしい、直接聞いてしまえ。
「えぇと、率直に聞いてしまうけれど、なんで学校に――――――」
「――――――ねぇ橘先生」
しかし彼女は、ラヴィニア・カーターは、その問いを遮るように、いきなり机に手をついて身を乗り出す。
――――――貴方はどのように世界を見ているのかしら?
唐突に、彼女は僕の顔を掴んで視線を合わせた。
深淵のように深く昏い瞳で、僕の顔を掴んで視線を合わせた。
「な、に、を⋯⋯⋯⋯」
それは微睡むように、もしくは溺れるように、はたまた眠るように。
そこで僕の意識は途切れた。
眠るように、意識を失った。




