怪猫の一行
――――アルビオン王国・喫茶店/昼――――
雨粒が窓を叩いて心地よい音を奏で、卓上に置かれた紅茶の香りで満たされた空間にて、5人の大人と一人の少女だけが談笑していた。
「ふうむ、あのラプラス・マクスウェルの養子だと聞いてみたが⋯⋯如何せん相手が悪かったな、まさかあの不死の怪物遣いとはなぁ?」
一人は片手にハードカバー小説を持ち、穴が空くほどその一冊を見つめているファーヴニルの男性。
彼が持っているその一冊は、まるで見えない誰かが筆を執り勝手に執筆するかの如く、じわじわとインクが滲み出て物語が綴られる。
「相性が悪かったんじゃないかしら、終を希う?幾ら『機械仕掛けの人造神』といえど怪物には勝てないもの」
誰に問いかけるわけでもない、終を希うと呼ばれたファーヴニルの言葉に返答したのは、彼の隣に座っていた貼り付けられたような笑顔のシャパリュ。灰色の髪を持ちラフな格好をした、泥炭より昏く海原の深淵よりも黒い瞳をしている少女だった。
「神に怪物は殺せん、だからといって兵器にも殺せん、となればあの怪物を殺せるのは英雄だけだ」
終を希うは手に持った本から片時も視線を逸らさず、まるで独り言のように断言する。
事実、彼らが機械仕掛けの人造神と呼ぶ『マキナ・マクスウェル』は、不死の怪物遣いである伝承学派代表『ドロシー・フランク・ボーム』にこっぴどく負けた。
それは結局、相性の部分が大きかったのだろう。
「いやはやなんとも、なんとも恐ろしき姿でしたなぁアレは!もう一度見たいくらいには恐ろしき哉!あの兵器を量産できたとするのならば上々も上々、この上なく最上ですとも!愚かしいことこの上ない!そうは思いませぬかぁ?禁止用語殿ぉ!?」
「まぁ、はい、術式構築開始から発動までの速度は0.0■■■⋯⋯これじゃ観測不能な速度っす、専用機器がないと明確な観測は無理そうっすね、量産可能なら十分過ぎるな戦力になるかと」
ミリタリーチックな服装をしたメフィストの男性がケラケラと楽しそうに笑い、彼の隣に座っている禁止用語と呼ばれた若々しい男性のナハシュは、手元の映像を静かに繰り返して何度も見返す。
「しかしまぁ、それよりも気になるのはあの姿だ。キリエの光輪を持ったメフィストなんて、如何なる生い立ちがあれば、あのような出来事が起きる?」
各々が好き勝手にしている中、片手に本を持ったファーヴニルの男性、終を希うは淡々と語り始め、唯一会話をしようとしているシャパリュの少女だけが答える。
「彼らの仲の悪さは歴史が証明しているものね、ねぇ愚神礼讃?」
愚神礼讃と呼ばれたミリタリーチックな服装をしているメフィストは、食い気味で生き生きとしながら楽しそうに返す。
「無論勿論当然の事!光輪という、奴らの『主』から授かったアイデンティティを奪われたキリエは、ナショナリズムと共に大きな争いの火種になることでしょうねぇ?愚かしき哉、嗚呼愚かしき哉!戦乱となれば技術は発展すると決まっておりますれば!」
「えぇそうね、でも机上の宙論?普通は情報規制や隠蔽が行われて無かったことにされてるんじゃないの?黒杖官も関わっているみたいだし?」
机上の宙論と呼ばれた白衣のエアロは、眉間にシワを寄せながら話し始める。
「⋯⋯そもそも、終を希うの魔術で機械仕掛けの人造神を暴走させたとはいえ、あのような事態は想定外だ」
「へぇ?そうなの?」
シャパリュの少女が首を傾げながら、近くの終を希うに問う。
「そうとも、本来はあのような光輪なぞ発現しないし、私はそのような台本を書いていない。それ故にあのような事態は、あの兵器自体の異常性だろう」
「メフィストが光輪を持つというのがどのような意味を持つのか、其れがわからない阿呆という訳では無い⋯⋯最も、連中が阿呆だというのならば、ベツレヘムとの問題になるだけだがな」
淡々と説明する終を希うに対して、机上の宙論は皮肉的な顔と物言いで嘲る。
そして唐突に、先程から一言も話さずに、卓上に置かれた紅茶に手を付けていない、和装の喪服を着ている女性が口を開いた。
「⋯⋯万象が滅ぶのが摂理であるのならば、いつ滅ぼうとも関係が無い。戦乱を因として滅ぼうが、外交を因として滅ぼうが、国は何れ崩れ去るもの、全ては無価値であろう」
絶望と諦観の入り混じる言葉を口にする彼女だったが、それに反するかのような生気に満ち溢れる声色で愚神礼讃は反論する。
「否、否でありますぞ末世殿!人類は移ろい行くことはあれど滅びることはございませぬ!それはこの大地が、歴史が!その証明しておりますれば!」
「まだその時が訪れていないだけで、終末はいずれ来るものだ。末日を知らぬ余人はそう語る、そう語ることしか、出来ぬ」
「⋯⋯ほう?であるならば、その思想を打ち砕き、その諦観を粉砕し、技術という未来を切り開く希望を植え付けることになりますが、よろしいのですな?」
「⋯⋯是非も無し、人とは争うものである、最後に己すら滅すると知っていても」
「如何にも!人とは愚かしくも争い合うものでございますな!であるならば、末世殿と争い合っても何ら不思議手はございませぬなぁ!」
買い言葉に売り言葉、末世と愚神礼讃は席を立って今にも喧嘩をしそうな程に睨み合い、一触即発の雰囲気を醸し出している。
普通ならば、席を外したい空気だというのに、この場にいる誰も彼もが微塵も気にしていない。各々が好き勝手にやりたいことを行っている。
「仲間割れはダメだって言ったでしょ?」
意外にも、その喧嘩を止めたのはシャパリュの少女だった。
「別に喧嘩をしてもいいけど、やるなら各々の役を終えてからじゃないと。それに貴方達の求めているものを用意してあげるから、約束には従ってもらわないとね?」
「⋯⋯えぇ、えぇそうでありございますな」
「奇しくも、我らは同じ目標がある故」
「お利口なのは嫌いじゃないわ、勿論好きでもないけれどね?」
彼女は蠱惑的な表情とドス黒い瞳を喧嘩寸前の末世と愚神礼讃に向ける。
そのような視線で貫かれた両者は、存外素直に座り直した。
「ではそろそろ台本通りの演技をしに行こうか、同じ信念は持たずとも目標を持っている同胞よ、我が愛しの愛娘たる国滅ぼしの怪猫よ」
その言葉を皮切りに、全員が席を立つ。
革靴やブーツ、スニーカーや軍靴、裸足といった様々な足音が鳴る。
床一面に広がる血溜まりを気にすること無く踏みしめ、至るところに転がっている死体を見向きもせず退店する。
彼ら5名と一匹の怪猫以外、その全てが物言わぬ肉塊と化したというのに、まるで自身の犯罪行為を何事もないかのような顔をしながら、その屍山血河から去っていった。




