世界は僕らのおもちゃ箱
「⋯⋯話は変わるけど、先生って人を殺したことがあるんだけどさ」
「はぁ?」
「⋯⋯困惑」
結論、僕は彼ら自身に決めてもらうことにした。
自身の思想をぶちまけて、考えと事実を吐いて、彼ら自身に己の道を決めてもらうことにした。
「その前提で言うけど、別に人を殺すというのが悪いというわけじゃない、人は殺すし殺されるし、事故でも死ぬし病気でも死ぬ。結局、いつか寿命で死ぬのが人の手に変わっただけだ」
もしも人の死に善悪があるとするならば、それは人間が勝手に定義しているだけだ。
弱肉強食は世の摂理であり、盛者必衰は万象の掟である。
弱いものは強いものに殺されるし、強いものも何れ消えゆく定めにある。
「殺人が悪であると認識されているのは、殺人を許容したら社会が成り立たないからだ。殺人を肯定してしまった社会は、遅かれ早かれ必ず崩壊する」
そこまで話すと、マキナとジキルは驚いたような顔をしていた。
それも当然だ、なにしろ僕のやっていることは頭が可笑しいし、何が言いたいのかわからないだろう。
⋯⋯まさか、こんなに先輩の真似をさせられるとは思わなかったが。
「先生が言えるのは一つだけ、君等がしてほしいと言った行動を取るしか出来ないよ」
結局のところ、こういったコンプレックスや劣等感は心の持ちようである。本人というわけでもなければ、同じ苦境を味わってもいない他人がどうこう言ったって、どうにかなるという話じゃない。
知ったようなことを言うほど、僕は厚顔無恥ではない。
「先生は別に君を救おうとしないし、助けようともしない。歩もうとすることを止めることもしないし、無理に歩ませるようなことをさせるだなんてのは以ての外だ」
「⋯⋯助けてくれないんですか?」
「だがねジキル、他人から貰った答えですんなりと納得できるのかい?」
それは僕の仕事ではないし、教師の仕事ではない。訳知り顔で歩み寄ろうとしても、気持ち悪いだけだ。
やりたくもないし、やれるわけがない。そんなことをしたら自己嫌悪で首を晒したくなる。
なによりも、僕自身にやる資格がないのだから、あれこれ言っても無駄ではあるけれど。
「ま、それに関して何れ自分で答えが出る筈だよ、それこそ死に際とかにね」
一朝一夕で人生の悩みが治る筈がない、たった一人の人間による一言で人生のコンプレックスが治るわけがない!
もしも治せる人間がいたのならば、それこそ天才という人間に他ならない!
そして僕は、天才ではない。
「結局、先生に出来ることはないよ。慰めの言葉を投げかけることは出来ても、信じれるかどうかは別だし、だからといって甘やかすのは論外だ⋯⋯だけど、もし君等が立ち上がりたいなら肩を貸すし、もし目的地までの行き方を知りたければ歩き方を教えよう」
なんなら殺してもあげようと、そっと心の中で呟いた。
もしも自殺なんてしようものなら、大衆は不思議そうな顔で『なんでだろうね』と『不思議だね』と考えた後に、訳知り顔で僕らの心中を解き明かした気分になり『可哀想だったね』『助けたかったね』とでも言うのだろう。
天才ならともかく、劣等感とコンプレックスで人格が構築された人間にとって本心を知られることは、肺に水が入るほどに苦しい。
喉の奥で引っ掛かってへばりついているコンプレックスを、劣等感で煮込んで精一杯味付けして、自己嫌悪で包装して取り繕って、最終的に形容し難くなったそれを、誰かに見られるだなんてのは、血の繋がった他人だとしても想像もしたくない。
自殺するまで思い詰めていたのに、後になって助けられなかったことを後悔するような奴らに、自殺した理由を知られたくない。
だが、僕が殺せばその可能性はなくなり、辿り着く結論は『イカれた教師に殺された被害者生徒』に固定される。
本来捨てるべき悪感情をラッピングして見てくれだけを取り繕って、まるで宝物のように抱えている自分が何よりも嫌いだ。
自身の異常性を自覚していながら、解決できる能力がないから対処できない。
だからといって誰かに自身の悪性を押し付けたら良心が痛むから、悪に落ちることも出来ない。
どうしようもないから、どうにもならないから、どうにかすることもできないから、時間が解決すると言い訳して目をそらすことしか出来ない。
そんな自分が嫌いなくせに、自殺すらも出来ない己が嫌いだ。
「橘先生?大丈夫ですか?」
「不安、橘先生の精神状態を確認」
面倒臭い思考と感情をぐるぐると回していたら、その姿を気にかけたのであろう二人に声をかけられた。
その目は、子供のモノだった。
この世の汚れを知らず、世界の苦難と絶望を見たことがない子供だった。
片や自身のアイデンティティが確立できないことに不安を感じている少女。
片や自身のアイデンティティを嫌って半ば自暴自棄になりかけている青年。
だが、その目は諦めていない、絶望による完全な諦観には至っていない目。
その上で、その光景を見たうえで、そんな人間は一人だけでいいと、久し振りに出した感情と邪魔なモノを飲み込んだ。
喉にへばりつくような余計なものを、全部飲み干した。
「⋯⋯確認だけれども、マキナとジキルはどうしたいのかな?」
「⋯⋯⋯⋯結論、私はどうして生まれた?どうして私はこんな力を持っている?私は、人を傷つける兵器であるべき?そうであるならば、どうすればいい?」
「⋯⋯死にたくはないです、けど、だからといって、このまま生きていて迷惑をかけるくらいなら、死んだほうがマシかなぁって」
「でもまぁ、それでも生きたいんだろう?」
「まぁ、はい」
「⋯⋯肯定」
「それなら楽観的に考えることをオススメするよ。そう考えないと極端な選択肢を選び取りたくなる、それだけは先生の経験談だから保証できる」
時間が解決するとか、大人になれば解決するとか、楽しいことを考えれば解決するとか、そうやって必死に誤魔化し続けて、言い訳を続けていれば、どうにかなる可能性は潰えない。
諦観による選択の放棄ではなく、己の意思を持って選んだ道を歩めば、僕みたいにならないで済む。
「君等からすれば、自身のことを世界から消したくてたまらないくらい嫌っていたり、自己のが産まれた意味がわからないかもしれないし、学校や教室が世界の全てかもしれない。でも大人になって見える世界ってのは、善も悪も興味がないんだ」
世界は善悪を区別しない。
世界は優劣を差別しない。
世界は正誤を類別しない。
ただ滑稽なまでに踊っている僕達を笑うこともせず、ただ支えるだけで。
役者である僕らが死んだとしても、舞台である世界だけは残り続けて、僕らの葬式も執り行わず焼香も買ってくれやしない。
「だから好きに生きなよ、世界は君等みたいな善悪を許容してくれるからさ」
「⋯⋯仮説、自害には、まだ早い?」
「そうとも、どうせ死ぬのならば世界の善悪を見てからにしたほうが良い」
「⋯⋯⋯⋯でもそれは、死んでないだけで生きているとは言えないですよね?」
「だけれども、こっちの選択肢は明確なメリットがある。身も蓋も無い言い方だけど、損が無いし取り返しがつくという、明確なメリットだ」
だがきっと、その生は辛く苦しいものとなるだろう。
真綿で首を絞め、臓腑に水を流し込むような、そんな苦しい生活だ。
「でもまぁ、取り返しがつく分幾らかはマシだ、その上でそれでも死にたいってんなら先生は止めないよ、身投げでも練炭でも首吊りでも、好きに選ぶといい」
「⋯⋯⋯⋯殺しても、くれるの?」
マキナのその質問、本人の頼みとあらば殺しすら出来る相手に向けるものではない瞳。
そんな純粋無垢でまだ無知な子供の視線を向けられた僕は、出来ているか不安な笑顔で返した。
――――――それが心の底からの望みなら。
「だから君たちは先生に責任を押し付けていいし、先生を頼ってもいい」
それは、僕が経験しなかったものだから。
『おもちゃ箱』
箱であり、それ自体があってもなんの意味がないもの。
玩具を入れてこそのものであり、中に入れる玩具が無ければ無用の長物。
であるならば、すきなおもちゃを入れてしまえ。




