ジキル・H・パニームによる直感的推論
橘先生は、自分達生徒間でも噂が蔓延している。
例えば『実は推薦状を学園長のコネで貰った』とか。
例えば『とある国の凄腕スパイか伝説の暗殺者』だとか。
例えば『学生時代に御礼参りに来た集団を返り討ちにした』だとか⋯⋯これは真実だったんが。
そんな奇っ怪な噂話は橘先生の異常性を表す証明になる。
はっきりと断言するが、橘先生は『なにか』がおかしい。
そのなにかがなんなのかははっきりと断定できないけど、少なくとも一般人とはかけ離れたモノ、過去や精神を持っている⋯⋯気がする。
直感と言われたらそれまでだが、それを気の所為と言うにはあまりにも状況証拠が多すぎる。
まず最初に、前述した通りの噂話。
火のないところに煙は立たないと言うのだから、噂という煙がもくもくと立ち上っている先生には火がある。
もしかしたらその火が他者によってつけられたものだとしても、流石にこうは行かないし本人も噂話の一部を認めている。
そして次に、異常な対処能力。
初日に宣言した『時間や場所問わず先生を倒せ』という課題を、自分等は全身全霊で遂行しようとしているが、それが果たされたことはない。
なにしろ攻撃を当てようとしても即座に対処されてしまう。それは多くの場合、方向をそらしたり相殺しており、自身よりも多い数の生徒の猛攻を、的確に判断し危険なものだけを察知して、最小限かつ最高効率で対処している。
⋯⋯そして最後に、橘先生は時たま酷く寂しそうな顔をする
何かしらを心の底から求めておきながら、諦めたような表情。
数秒にも、瞬きの時間にすら満たないような時間だが、どう見たって物悲しいとしか言いようのない顔をする。
なんか、雨の中で放置されている小動物みたいな顔なんだよな、アレ。
その姿を見てからは、普段の橘先生が演技をしているかのようにしか見えない。
自らのことを凡人だとあの先生は偽っているんだろうし、本気でそうだと思ってるんだろう。立ち振る舞いや見た目を偽装して、相手を油断させるように。
その獲物を誘うために擬態する植物や昆虫のような『演技』は、狩りを円滑に行うための装置や機構と言って良い。
後天的に身に着けた本能のようなもの、というのが正しいかもしれない。
だからといって、狂人や倫理観がないというわけでもないと、少なくとも善人ではあるはずだ⋯⋯初日に自分達をぶっ殺したけど。
しかしあれはどちらかといえば「職務上必要だったから」というものが近い気がする、もしもあれを好き好んでやるような戦闘狂ならば、今頃自分達は更に殺されていることだろうし。
まぁそれは重要じゃないんだけど、じゃあ何が重要かって言うと、先生は凡人であれど一般人ではないってことだ
あのような演技を、二重人格のような精神性をしているのは一般的な家庭で育ち一般的な過去を持っているとは思えない。その証明は自分という存在が、何よりの証明だ。
まぁそもそもシモン中央学園を卒業して、学園長から推薦状を貰ってる時点で『凡人とは?』みたいな感情は無くはないけど。
通ってる自分が言うのもあれだけど、魔術最先端国家のアルビオン王国でも名門校だぜ?シモン中央学園って。
さて、それならばもしかしたら、自分達をどうにかしてくれる人かもしれない。
生まれついての異常者の自分達を救えるのは、異常な人間しかいない。
自分のアイデンティと呼びたくないが、これしか持っていない唯一のアイデンティを、あのヒトならばどうにかしてくれるのかもしれない。




