狂える者とそうでないもの
「でぇ、お前さんが兄弟子だろぉ?なぁ、橘立花ぁ?」
理論学派代表『ベンジャミン・オブライエン』は、待っていたかのような声色で僕に詰め寄った。
狂気の瞳で思考を読むかのように覗き込み、そして何よりも上司のようなものであるはずの彼が、僕を『兄弟子』と呼んだ。
それが意味するところは、彼も、ベンジャミン・オブライエン理論学派代表も、あの先輩の弟子であるという事にほかならない。
なによりも、こんなカルト宗教じみたクラブの顧問を、自ら望んでしているような物言いが証左である。
「⋯⋯⋯⋯まぁ、弟子というか、舎弟ではありましたね、ベンジャミン代表」
「くく、敬語なんていらねえぜぇ?堅っ苦しくてしかたねぇからなぁ、それにアンタはあの御方の一番弟子、経歴で言っちまえばアンタの方が上だからなぁ?むしろ俺が敬語を使いたいくらいだぜぇ?」
獣のようなギザギザの歯を見せながら笑い、やけに楽しそうにベンジャミン代表は笑った。
「んじゃまぁ改めて自己紹介を、理論学派代表兼ラプラス・マクスウェル研究クラブの顧問!至高の御方にして史上の御方が築き上げた道と論理を模倣する信徒!ベンジャミン・オブライエンとは正しく俺のことよぉ!」
わざとらしく、仰々しく、それでいて心の底から楽しそうに彼は深々とお辞儀をする。
一応、役職だけで言えば彼のほうが上司なのだけれども、彼にとってはラプラス・マクスウェルの一番弟子という地位は、その上下関係を逆転するには十分らしい。
⋯⋯少しばかり、いやかなり居心地が悪い。
ベンジャミン代表が年下の上司ということも相まって更にやり辛い!今すぐこの場から逃げ出したい!だがカリスタとマキナがいるから逃げられない!
畜生!あの二人は魔王か何かか!?
「で、このクラブはラプラスさんの成果を研究して探求して追求して、最終的には真似をするのが目的よ、橘先生」
「マジで言ってるのかいカリスタ?」
「マジよ、真剣と書いてマジよ、嘘偽り無いと書いてマジよ」
カリスタのその言葉を聞いて真っ先に出た感想は、正直に言えば『正気の沙汰じゃない』の一言に尽きる。
あの先輩を真似をするだなんてのは不可能で、それは不本意だが常日頃連れ回された僕が一番身にしみてわかっている。
あれは万の凡人に匹敵する天才だ、模倣なんぞ出来ようもない。
「だがなぁ兄弟子ぃ、万の凡人に匹敵する天才だってんならぁ、百の秀才で代替可能ってぇ思わねぇかぁ?それにあの御方の功績を研究するだけでも十分お釣りが来るってなぁ、アンタなら分かるだろぉ?あの御方の功績をよぉ!!」
「⋯⋯まあ、知らないとは言えないですがね」
いくら僕と言えどあの先輩のしでかしやがった功績を理解していないわけではない。
魔術生命体のみによる生態系の構築。
仮想生命体の『思考実験の悪魔』の構築。
効果範囲内の運動状態特定による対確率操作用ランダム性抹消魔術。
『思考実験の悪魔』による情報選分の限定的実証。
8つの『魔法』を魔術化及び汎用化。
そして今回の、五大学派間どころか魔術学会全体で共有されるほどの汎用魔術式の作成。
少なくとも、僕が知っている限りでこれなのだから、専門家じみた執着を見せるベンジャミン代表ならばそれ以上を知っているかもしれない。
⋯⋯まぁ、大半は専門的すぎてどのようなものなのかはわからないのだが。
「そんでぇ、カリスタが言ってた全学派共通規格魔術の原型ってのはぁ?」
「橘先生の手元に、でもまず転写しないと」
「じゃあちょっと待ってろ術式転写機引っ張り出してくっからよぉ」
彼はそう言うと、レポートと専門書で築かれた山を掘削するかのように崩し始める。
その姿を見た生徒らも協力して、
その中には件の人物、ジキルもいた。
ジキル・H・パニーム。
彼はキリエであり、メフィストとは相容れない筈であるが、彼はメフィストたるマキナと喧嘩はしていない。
仲が良いかどうかはわからないが、決して仲が悪いとは言えない。
本来、戦場で両者が出会ったら即座に武器を向け合い、たとえそれが市街だとしてもやりかねないほどに犬猿の仲であるはずだというのに、今僕の目の前では仲良く協力して術式転写機を探し出している。
その姿は、仲が悪いとは言えないだろう。
その不思議な関係性はマキナの異常性なのか、はたまたジキルが持っている異質性なのか、それは判断できない。
なにしろどちらもイレギュラー、マキナは純粋なメフィストではない人造人間だし、ジキルは平凡のように見えるが特別対応教室にぶち込まれている。
そもそも、なぜジキルが特別対応教室にぶち込まれているのかを知らない。
カリスタ・アルブレヒトは、苛烈とも言える真面目さと甘えを許さない精神性で不和を生んだことが原因。
マキナ・マクスウェルは、その異常な生まれによる人造人間という過去と育ての親の立場が原因。
じゃあジキルは?
今のところ、今のところはだが、ジキルは目立った異常性を持っていないし、なぜ彼はこのクラブに所属していているのかもわからない
なによりも、キリエだというのにメフィストたるマキナと仲良くしているのが不可思議なことこの上ない。
本来ならば、キリエが常日頃持ち歩いており、信心道具であり聖遺物としての立ち位置を持つ『銃火器』も身につけているのを見たことがない。裏社会の人物と言えど、銃火器を身につけていないキリエは見たことがないというのに、彼は身につけていないのだ。
しかし、マキナの御見舞に向かったあの日、微塵も気づけなかったあの登場。
アレだけは別だ。
絶対的に普通とは言えない。
己の実力を過信したり慢心しているつもりはないし、むしろ常日頃疑っているわけだが、それは僕自身の経歴と経験を無かったことにできる訳じゃない。
足音も気配も一切に悟らせること無く唐突に現れるのは、一般的な生徒が行えるような技じゃない。
その性質は、暗殺者にも似ているが、何処か違うモノ。
もっと明確に言うならば、人ならざる――――――
「お、あったあった、おぉい兄弟子ぃ、これだぁこれぇ」
ジキルの正体のおおよそが推測出来たところで、ベンジャミン代表に呼ばれた。
彼が掘り起こしたのは、小柄なマキナならば寝そべることができるほどの機械、その見た目を例えるならば巨大なプリンターだ。
一先ず、脳内で出した結論はこの場で出来ることは無く、ただこのクラブメンバーの言いなりになることだった。
『術式転写機』
魔術及び術式を紙や電子データなどに転写する機械。
クッソ値段が高い、家が立つ、場所によっては土地込みで建つ。




