影響であり残滓であり
あの日の出来事、マキナのお見舞いでジキルに襲撃された時の補足を語っておくとしよう。
唐突に現れた彼、ジキル・H・パニームはわかりやすいほど致命箇所を狙ってきた。故に、反射的に突き出してしまった片手に顔面がクリーンヒット、無事じゃないが無事気絶というオチだ。
如何せん、武術としては論外な一撃であったからこそ、大きな怪我を追わせること無く気絶させることが出来たのは幸運だった。
あの動きは殺意のままに動いているだけにしか見えなかった。たが一つ、気になる点としては僕ですら察知できない殺気があるし、見覚えがある。
⋯⋯で、そのジキルが今どうなっているのかというと。
「ではまず何から聞くべきか?我としてはラプラスさんの人柄について聞きたいのであるが⋯⋯」
「わかってないねーシェイドー?ここはどんな魔術適性だったのかでしょー?」
「い、いやいや、ヴィルネーちゃ、ラプラス様のす、好きな食べ物とか、じゃないの?」
「いやまずこの拘束解くの手伝ってくんねぇかなぁ!?お前らよく拘束されている先生相手に悠長に質問考えられるなぁ!?」
⋯⋯個性豊かな『ラプラス・マクスウェル研究クラブ』の面々に対する、ツッコミ担当になっていた。
その姿からは、あの時に感じた膨大な殺意は感じ取れないし、物騒な雰囲気は微塵も残っていなかった。
「というかカリスタ解くの手伝ってくれよ!?この拘束魔術施したのお前だろ!?」
「絶っっっっっっ⋯⋯⋯⋯⋯対に嫌」
表情は変えないが、明確に拒絶するカリスタ。
そんなにタメなくても良くない?どんだけ嫌なんだいカリスタ。
というか君友達いたのかいカリスタ、てっきりいないと思っていたぞ先生。その性格じゃ友達を作れないと思っていたから少なからず嬉しいぞ先生。
「だって、解いたら先生逃げるもの、あ、マキナは換気している窓を閉めて、ついでに魔術で防ぐから」
⋯⋯バレてやがる、しかも逃走経路も潰された。この天才なんていう学習能力だ、的確に嫌な手段を取ってきやがる。
「軟禁しようとしていないかお前?」
「しようとしてるんじゃなくてするのよ、ジキル」
「なぁカリスタお前人知れず犯罪に加担させようとしてない?だとしたら自分今すぐ逃げたいんだけど?共犯者扱いは嫌なんだけど?」
「目標のために邁進すべしってのは、この学園のスローガンの一つでしょ?」
「だとしても教師の軟禁に邁進するのはダメだろぉ!?あぁもう拘束解けねぇし⋯⋯いっそ魔術使うか⋯⋯?」
「あ、もう解くから平気よ、窓もちゃんと封鎖したし」
カリスタはそう言ってから、窓が封鎖された部屋における唯一の脱出口、扉の前に椅子を置いてから座った。
⋯⋯マジで逃すつもりはないらしい、壁ごとぶち抜いて逃げる算段もあったが、流石にこんな至近距離で6人相手から逃げるのは無理だと結論づけた。後マキナとカリスタ相手に逃げ切れる気がしない、この距離で。
全身を圧迫していた拘束魔術がいきなり解かれ、椅子から立ち上がりながらストレッチをする。
「⋯⋯いや、まぁわかるよ?このクラブってラプラス・マクスウェルのファンの集まりだから、多分だけど先生にラプラスのことを聞きたいんだろうけどさ⋯⋯」
ぶっちゃけ、僕よりも適任がいるだろうとは思う。
確かに僕は先輩に師事、というか舎弟扱いされていたが、結局それは有象無象の中の一人だ。あの人が教え育てた人間なんて両手の数じゃ数えられないし、その有り様を盲信した人物は星の数ほどいる。
ただの先輩としか扱っていない僕より、崇拝や崇敬している人物に話を聞いたほうがいいだろう。
だがそのような考えとは反するかのように、不思議そうにジキルが僕に質問した。
「え、でも先生ってラプラスさんの一番弟子なんですよね?噂話ですけど」
「待てジキル、その噂話はどこからの情報源だ」
先輩の一番弟子とかいう名誉なのか不名誉なのか判断できない噂話、聞いたことないんだけど?
万が一にも先輩と同族扱いされたらこの上ない不名誉だ、可哀想な舎弟扱いはともかくとして。
「可哀想な舎弟扱いは無理じゃないですかねぇ橘先生⋯⋯昔は皮肉反応型自動肉体言語会話兵器って呼ばれてたんですよね?」
「⋯⋯マキナか?」
「肯定、情報提供者は私」
ゆっくりと首を動かしてマキナを見ると、彼女が頷くのを確認して絶望した。
恥ずかしい黒歴史が噂話として母校に蔓延している絶望、あの先輩と同族扱いされる絶望、二重の絶望で希望がない上に未来が見えない、切実に縄をくれ、首を吊りたい。
地面に突っ伏して涙で床を濡らしている僕を見て哀れに思ったのか、ジキルが慰めになっていない慰めをしてくれる。
「いや、まぁほら、橘先生の噂でも良いものはありますよ?ラプラス・マクスウェルを制御出来うる唯一の人物だとか」
「ジキル、暴走列車に紐を引っ掛けて引きずられているのを制御と呼ぶなら、という話なんだよ⋯⋯」
「学生時代に御礼参りに来た不良生徒軍団に大立ち回りをしたとか」
「あ、それはマジだよ、詳しく覚えていないし分からないけど、増えに増えて一クラス分くらい相手にしたはず」
「じゃあ可哀想な舎弟扱いは無理ですよ橘先生ぇ⋯⋯」
閑話休題。
「で、結局何が知りたいのかな?あの■■■■で■■■な■■■■■■の、何が知りたいと言うんだい?」
話を仕切り直して、腹をくくることとした。
毒を喰らわば皿までという言葉が大八州にはあるんだ、こうなりゃ行けるところまで行ってしまえ。
「⋯⋯提案、私からいい?」
真っ先に挙手したのはマキナだった、自身の母親でもある先輩について知りたいのか、一番早く質問をしたがっていた。
どうやら彼女はこのクラブで可愛がられているらしく、他の生徒らはマキナの質問を優先した。
「質問、ラプラス・マクスウェルに対する印象は?」
実に簡潔かつ、わかりやすいほどの質問。
端的に言うとするならば、どう思っているのかという問いであった。
「具体的には、橘立花という個人からの印象を所望する」
マキナは真摯かつ純粋無垢、純然たる疑問としてそれを問うたかのような瞳をしていた。少なくとも、普通ならばそんな質問はしないだろう。
その疑問に対する答えは、今も昔も変わらない、不変のアンサーとして固定しているモノだ。
わかりやすく、簡潔かつ明瞭な、呆れ返るほどの一言。
「子供っぽい人だよあの先輩は、ただ楽しいことだけを考えて、楽しそうにしているだけの群に匹敵する個さ」
『天才』
群に匹敵する個であり、余人には手が届かぬ存在。
秀才では至ることが出来ず、凡才では以ての外の領域であり、天賦の才によって到達できる者。
それは万の凡人に匹敵する一個人であり、だからこそ万の凡人が一個人のように動けば到達できる者




