ある天才の置き土産
――――シモン中央学園・とある一室/昼時――――
ジキル・H・パニームは、この教室の中でとびきり常識的なキリエである。
「クク、なぁ、ラプラスさんはどんなお人だったのであるか?」
カリスタ・アルブレヒトのような卓越した才能もなければ、マキナ・マクスウェルのように異常な生い立ちもない。
家庭環境も普通、魔術適性も普通、言い方はあれだがどこにでもいるような男子という印象しか受けない。
「ふへっ、ね、ねぇ、教えて、ラプラス様について教えて、せん、先生」
はっきり言って、どうしてこの特別対応教室にぶち込まれたのか理解が出来ないほどに、常識的かつマトモな生徒である。
そのどうしようもない病を除けば、自身と似たような雰囲気さえ感じなければ、なのだが。
「ねぇセンセー、ラプラス様について教えてよー」
「⋯⋯あのなぁ、そうやって責めるように問い詰めたら話すもんも話せないだろ?お前ら」
「でもジキルも知りたいでしょー?ねー、ミェーチ?」
「そ、そうだよ⋯⋯だ、だって多分、い、一番知ってるの、た、橘先生だ、もん」
「橘先生はあのラプラスさんの一番弟子であろう?なら聞くのは当たり前ではないか!」
「そうよジキル、そのためにマキナと協力してまで先生を雁字搦めにして連行してきたのに」
「カリスタ⋯⋯お前は橘先生をなんだと思ってんの⋯⋯?」
分厚い専門書にさらに分厚い専門書、そして地面を覆い尽くすほどの書類で埋め尽くされた埃っぽい一室。
ジキルとカリスタ、それと複数の生徒が年相応の和気藹々とした会話をし、マキナがそれを呆然と見やる。その光景を、全身をぐるぐる巻きにされて無理矢理椅子に座らせられている僕を中心にして繰り広げられるという、奇っ怪極まる一室。
さて、この状況を説明しよう。したくないがしよう、いやマジでしたくない、マッジでしたくないが説明しなくてはならない。
――――――時間を巻き戻して数刻前、授業が早めに終わった途端カリスタに話しかけられた。
「先生、私の所属するクラブに来てくれない?」
彼女が語った『クラブ』という単語は、シモン中央学園における決闘のような制度の一つ。
シモン中央学園のスローガンの一つに『生徒の自主性』というものがあり、似通った趣味や思想をもった友人と共に、肩を組んで共通の目標に挑む。それがクラブ制度である。
簡潔に言ってしまえば、大八州でいう部活動のようなものだ。
ただし、シモン中央学園は魔術学会のバックアップがある。その影響で学術的な側面が強く、生徒のクラブといえど稀にとんでもない成果を挙げる時がある。
「まぁ、いいけど、一体どんなクラブ――――――
僕が了承し、次に繋ごうとした質問を言い終えるより前に、カリスタの隣りに立っているマキナから拘束の魔術が放たれる。
瞬きも許されないほどの速度で構築された拘束魔術は、間近にいた僕に回避する手段などなどありもしなかった。
それだけなら良かった、マキナの魔術だけだったら拘束を無理矢理破壊することは出来たが、如何せんカリスタはその隙を逃さずに重ね掛けしてきやがった。
多分この拘束って軍人ですら破壊できないぞ、相変わらずふざけた才能としか言えない。
斯くして、ホクホク顔のカリスタに運ばれ、とある教室の一室に運ばれたわけだ。気分はさながら出荷される家畜、すれ違う生徒や教師の視線がハチャメチャに刺さって痛かったのは言うまでもない。
「⋯⋯あのさ、そろそろ質問していいかい、カリスタ?こんなことをしでかした理由を」
マキナとカリスタによる二重の拘束魔術、椅子に縛り付けられて身動きの取れない三重拘束、悲しいほどにどうしようもない現実を逃避しつつカリスタに尋ねる。
すると彼女はあっけらかんとした表情で答えた。
「え、だって多分だけど先生はこのクラブの名前を聞いたらすぐに逃げるでしょ?きっともう推測できてると思うけど」
「いや、まぁ、うん」
今現在、カリスタの後ろでどんちゃん騒ぎをしている三名の発言を見れば、嫌でも推測できる。
どうしてカリスタが僕をクラブに呼びたかったのか、そもそもなんで僕を選んだのか、もうこれまでに出た情報でほぼほぼ特定できていた。
嗚呼!なんて置き土産を残しやがったあの女!卒業してまで影響を及ぼし迷惑をかけるのか!一体どこまでデタラメなんだアイツ!
必死に拘束を破壊し耳を塞ごうと暴れている僕をジキルは哀れに思ったのか、拘束を解こうとしながら彼はこのクラブの詳細を語った。
「まぁもうわかっていると思いますけれど、言っちまえばラプラスさんのファンですよ橘先生⋯⋯いやかなり硬いなこれ、やりすぎだろカリスタ⋯⋯」
「だってしょうがないでしょ?クラブの名前を語っ聞いたら絶対逃げるもの」
「仮にそうだとしてもここまでやる必要はないだろぉ!?見た目布っぽいのに硬さが布じゃねぇんだよなぁ!?」
「肯定、カリスタの拘束魔術は高強度鋼に匹敵、陸上戦艦の装甲に値する」
「人間相手にやりすぎじゃねぇかな!?どうやって解くんだよこれ!?」
「⋯⋯もういいよジキル、先に自己紹介を頼むよ、改めて」
健気にも、ジキルは必死に拘束魔術を破壊しようとしているが、段々と諦めの境地に陥ってきたので先に自己紹介を頼むことにした。
ジキルを含めた、先にこの教室にいた四名を。
最初に自己紹介したのは、金髪のマイペースで間延びした声の女子生徒。
「ヴァラヌスのヴィルネー・ヤティヴァルグだよー、適性は理論学派の重力だねー」
次に自己紹介したのは、生徒の中で一番大きな体格だが気弱そうな女子生徒。
「ミ、ミェーチ・スターリ、ビョルンで、て、適性は五行学派の金、です」
次に自己紹介したのは、おそらく自分が考える最もかっこいいポーズをとっている男子生徒。
「我が名はシェイド・エスクリダオ⋯⋯万象の逸話を司る学派にて、影を統率する者である⋯⋯」
「一応言うと、こいつの適性は伝承学派の影関連です⋯⋯あ、自分はジキル・H・パニームです、適性はルーンで分割と結合ですね」
最後に、平凡を装った狂人が自己紹介をした。
マキナのお見舞いしたあの日に何事もなかったかのような、あの日の出来事を覚えていないかのような。
あの日、僕を殺そうとしてきた事実を忘れ、万物を殺さんとする殺意を持っていない、気苦労の多そうなその表情で。
『クラブ』
シモン中央学園における制度の一つ。
生徒の自主性に任せているため、クラブ活動によっては莫大な成果を上げることも少なくない。
だがしかし研究の一環で爆発するのは是非もなし。




