陳腐な悲劇
――――シモン中央学園・総合運動場/昼――――
リーダーであるアンナが戦闘離脱した後の決闘は、ひどいものだった。
カリスタは上空から一方的に魔術を放ち、マキナは上空に意識を向けた人物を狙うという、決闘というよりも指向性を狩りというべき戦術に、相手生徒は為す術もなく蹂躙される。
文字通りのワンサイドゲーム、字句通りの完封試合。
「⋯⋯いやぁ、一方的でしたね?」
フランクリン先生は困惑や驚愕が混ざった言葉を漏らし、正直に言えばそれは僕も一緒だった。
だがまぁ、折角勝ったのだから褒め言葉の一つでも言ってやらねばならないだろう。それが良い教師というものだ。
僕は観客席から飛び降りて、舞台上に着地する。
後ろから騒めきが聞こえたが、あのカリスタの戦い方を見れば当然である。
大きく息を吐いたカリスタに近づいて声を掛けると
「⋯⋯どうしたの先生、小言の一つでも言いに来たの?」
と、嬉しそうでありながら、シニカルな笑みを浮かべて口を開いた。
「いやなに、せっかく勝ったんだから労いの言葉でもあげようかなって」
「そう?私は気に食わないやつを叩きのめしただけよ」
カリスタはそう言い、満足気な表情で笑った。
どうやらかつての彼女とは違い、良くも悪くも吹っ切れたようだ。
次に僕は、電気コードのような尻尾がゆらゆらと揺れているマキナに視線を向けた。
今回のような事態が再発しないように、防止策を敷いておこう。
「まぁさっきみたいに差別的な発言をされたら、そうだなぁ、6秒だ」
「あぁ、アンガーマネジメントというやつね」
「6秒だ、6秒以内に先生を呼ぶと良い、そんな奴には目に物見せてやる」
「アンガーマネジメントじゃないわね」
カリスタに蛮族を見るような視線を向けられたが、元はといえば僕もそっち側だったりする。
なにしろアルビオン王国の生まれではなく大八州の生まれである僕は、少なからず奇異の目で見られ、差別のようなものを受けることがあった。
差別される側の気持ちがわからんでもない、なのだが、まぁマキナの場合は差別されているという自覚がないだろうが。
さて、そのようなコミカルな真似が出来るのはこれまでだった。
先程までカリスタとマキナにこっぴどくやられたアンナが蹲りつつ、悶えるように口から言葉を溢れさせており、その溢れかえった言葉が問題だった。
「なんで、なんでそいつが生きてるの⋯⋯!なんでそいつが生きていて⋯⋯私のお爺ちゃんが死んだのよ!?」
――――――私の、私のお爺ちゃんを返してよ
その発言は、メフィストを忌み嫌う人物として非難するのを躊躇わせるには、十分だった。
其れと同時に、自分を嫌悪したと言えば嘘になる。
仮に大切な人が死ぬという出来事が僕自身にあったとして、自身なら一番向けられたくない憐憫の感情を、ほんの一欠片でも彼女に向けてしまったからだろうか?
それとも単純に、あんなに悪い印象だった彼女が、今や大切な人が死んだ可哀想な子供にしか見えないという、自身の薄っぺらさに対する自己嫌悪だろうか?
はたまた、あのように可哀想な彼女を見て、他人事のようにしか思えない僕自身の空虚さや非道さに対する嫌悪感だろうか?
もしくは、今になって世界のどうしようもなさを再認識してしまったのだろうか?
それくらいのことは、物心が付いた時から知っていただろうに。
なんにせよ、身も蓋もない言い方になるが、それは誰にでもある話で、誰だって経験するような話だ。
だからきっと、涙がこぼれそうになるくらいに喉につっかかるような吐き気を催す気持ち悪さも、ただの気の所為なのだろう。
「うう⋯⋯⋯ううぅぅぅぅう⋯⋯⋯」
ふと、観客席の喋り声による騒めきで目を覚ますと、隣で立っていたマキナが耳を抑えてうずくまっていた。
どうやら僕は呆けて棒立ちしていたらしい。
「マキナ!?どうしたの!?」
「うぅぅうううう⋯⋯⋯⋯!」
カリスタは大きな声を出してマキナの両肩を抑えるが、状態が好転することはなく、彼女は地面にうずくまって苦痛に悶えている。
その姿は単純に肉体的な痛みに耐えているというよりも、内側から溢れかえり零れそうなほどの何かを必死に抑え込んでいる、というのが正しいだろう。
――――――瞬間、僕はカリスタの首根っこを掴んで後ろに放り投げていた。
はっきり言って、その場でそれに反応できたのは長年の経験という他ない。
眼球のすぐ近くに鋭利な刃物を突き立てられたような、生命現象を否定するかのような感覚に反応し、即座に判断できたのはまぐれと言ってよいだろう。
先程までカリスタがいた位置には6つの魔術が展開されており、もしもその場にいたのならば気づくことすら出来ずに、彼女はまともに食らっていたのは確実だ。
敵意や殺意と呼ばれるそれに反応しなければ、死んでいたかもしれない。
「っ、いきなり何――――――」
「カリスタ、今直ぐ壁を作れ」
「な、は、それは、どういう」
困惑するカリスタだが、彼女の言葉を遮ってでも言葉を続けた。
「頑丈なのを出来るだけ沢山作れ、マキナを取り囲むよう形状で」
「⋯⋯後で説明してよね!」
怒りを混ぜながらやけくそ気味に叫び、カリスタは両手を地面に叩きつけるようにして魔術を構築する。
円状に魔法陣が広がり、地面が脈動するかのように揺れたかと思えば、途端に隆起しマキナを取り囲むような迷路が作られる。
流石カリスタだ、ここまで大規模な魔術を構築するなんて芸当は僕には真似出来ないし、遮蔽物があるだけでも戦いというのは楽になる。
さて、カリスタ達が狙われないように囮になろうとマキナの前に出ると、そこで僕は不可思議な光景を見た。
「――――――っ、マジかよ」
一本だけだった筈の、機械のコードのような見た目をした尻尾は5つに増え羽のように見え、ただでさえ無表情な彼女の顔つきが更に機械的に変わっていた。
見るものが見れば、其れは宗教画のように見え、はたまた天からの使者のように見えるのだろう。
実際に、その光景は荘厳であり、信仰すらしてしまいそうなほどの美しさだったが、いかんせん僕にはただ、生徒が暴走しているようにしか見えなかった。
そしてなによりも、彼女の頭上に光っている『それ』が問題だった。
キリエしか持っていない、メフィストであるマキナならば絶対に持ち得ないであろう器官。
聖典によれば、キリエが主から貰い給うたとされる賜物にして生物的外的器官。
俗に言えば『天使の輪っか』と呼ばれるもの、『光輪』が彼女の頭上で煌々と光っていた。
「■■■■――――――」
ゆらり、と
マキナは先程の宗教画のような印象を霧散させて、兵器のような無表情さのまま、こちらを見た。
その瞳には感情はなく、当然慈悲もなく、であるならば容赦なく殺しに来るだろうということを嫌でも理解できた。
――――――にゃおん、と
そして何処かから、この世全てを嘲るような幼い少女が、猫の鳴き真似をする声が聞こえた。
『兵器』
殺し、殺す、殺し尽くす物。
物であって、者ではない。




