第三話 大臣の家を守れ
しょっちゅうコンサートに呼ばれる場所で、またマエストロ自身の故郷でもあるラポール王国。友達が大勢いて、また、おいしいレストランや快適なホテルをたくさん知っているので、マエストロにとってラポール王国に来るのはとても楽しみだった。
けれど、都に到着した日の夕方、大きなホテルに泊まろうとしたマエストロだが、フロントで断られてしまった。
「泊まれないって、どういうこと? お金はちゃんと払いますよ」
マエストロはちょっといらいらしながらコンシェルジュにつめよった。
「自分が魔法無しだからですか。ここのホテルには魔法サービスなしの部屋もちゃんとあるはずだけど」
「いえ、そうじゃありません。お客様、このホテルは、ペット禁止なんです!」
マエストロの肩に乗った黒猫のフラットが、抗議するようにみーと鳴いた。
「ペット禁止ですって?」
「はい、残念ながら」
マエストロは、ため息をついた。
「……分かりました。仕方がない。どの部屋でもダメなんですね?」
「あ、馬小屋なら……」
「それは絶対にいやです」
フラットをのせて、マエストロはホテルの玄関を出た。今夜はずいぶんと冷え込む。見上げると、暗褐色の空からちらちらと雪がふっていた。
「さて、どうしようか。野宿なんかまっぴらだよね」
フラットは、くしゃみを一つして、マエストロのコートの中にもぐり込んだ。
「落っこちないように気をつけてね」
そう忠告してから、マエストロは歩き出す。都には、ピンからキリまでホテルがたくさんあった。その中の一つくらい、猫を歓迎してくれるはずだ。
……と思っていたのだが、立て続けに十軒ほど、なじみのホテルに断られ、マエストロはとぼとぼと夜の繁華街を歩いていた。
フラットが胸元に収まっているおかげで、そんなに寒くはない。ただ、あちこちからただよってくるおいしい匂いをかぎながらあてもなくさまよい続けるのは、中年で通風持ちのマエストロにはかなりこたえた。
「マエストロー!」
後ろから呼びかけられ、振り返ると、ついさっき出たばかりのホテルの従業員が、駆けてくるところだった。
「よかった、追いついた」
「どうしましたか?」
もしかしてやっぱり泊めてくれるのか、と期待をこめてマエストロは尋ねた。息を整えてから、その従業員は言った。
「いえね、うちのホテルはペット禁止なんですが、たまたまペット可の宿屋を知ってて。よかったらそっちに泊まったらどうかなあと……」
「おお、ありがとうございます。助かります」
従業員は笑ってうなずき、自分の口と耳に手を当てた。テレパシーを送る準備だ。
「宿屋の名前は『がいこつに斧』です。ここから五軒ほど先にあって、看板を見ればすぐに分かると思いますよ」
「がいこつと斧の絵が描いてあるんでしょうね」
「まさしく。……ただ、飲み屋街の中の小さな宿なので、マエストロのお気に召すかどうかは……」
「かまいませんよ。野宿より何百倍もましです」
「じゃあ、テレパシーで予約してしまいますね」
マエストロは、お礼に銀貨を財布から取り出し、従業員に渡した。
「ご親切に、ありがとう」
「いいえ。あ、マエストロ」
従業員は、にわかに声を落とした。
「『がいこつと斧』では、人前で財布や貴重品を見せびらかしてはいけません。また、部屋の鍵は必ずしっかりと閉めてくださいね」
「……分かりました」
手を振って彼と別れた後、マエストロは宿屋へと急いだ。
「がいこつと斧」に無事チェックインし、狭いがさほど不潔でもない部屋真夜中、ふと目を覚ました。隣の部屋から話し声が聞こえる。薄いシーツの上で丸まって眠るフラットを起こさないよう、慎重にベッドから抜け出し、マエストロは部屋と部屋をへだてる壁に耳を当てた。
宿屋の壁はかなりうすいようで、隣の男たちの声がはっきりと耳に飛び込んできた。
「……だから、明日の晩がチャンスなんだよ。両親と、成人した長男は、今外国に仕事で出かけてる。家に残っているのは子ども三人だ」
「人が少ないうちに忍び込んで、金や宝を盗み出すわけだな」
「それだけじゃねえ。子どもたちをさらっておどせば、身代金がたんまり手に入るぜ」
マエストロは眉をひそめた。隣人は、どこかの家に強盗に入るつもりらしい。
「でもよ、召使いや、警備の兵隊がいるんじゃねえか?」
「それが、そうでもねえらしいんだ。街の子どもがしゃべっているのを聞いたのさ。その家に遊びに行ったが、子どもしかいないんでやりたい放題だったって」
「そいつはいいや……」
男たちが笑っている。マエストロは、耳をいっそう壁にぴったりとつけた。彼らの卑劣な計画はよく分かった。問題は、だれの家に押し入るつもりなのかだ。
しばらく待っていると、ようやく一人が答えをもらした。
「総理大臣サマも、まさか自分の家に強盗が入るとは思ってもいないだろうな!」
マエストロは息を飲んだ。かすかな音がかべの向こうに伝わり、男たちが鋭くさけぶ。
「だれだ!」
とっさにマエストロは、
「みゃあ」
とフラットの鳴きまねをした。
「……猫だよ」
「そういや、隣に泊まるしょぼくれたおっさんが、猫をつれてたな」
足音を忍ばせてベッドにもどり、シーツの上に寝転がりながら、マエストロはつぶやいた。
「だれが、しょぼくれたおっさんだって?」
翌朝、マエストロは朝食も食べずに宿屋を出た。道の真ん中で石のホイッスルを吹き、ドラゴンを呼ぶ。小柄な灰色のドラゴンがすぐに降りてきて、羽をたたんだ。
背中に乗りながら、マエストロはドラゴンに行き先を告げた。
「ジェリゴー・ヴェイレス総理大臣の屋敷へ。急いでね」
ドラゴンがさっと飛び立つと、フラットが悲鳴を上げ、マエストロの服に爪をたてた。
目的地に到着し、ドラゴンから降りた後で、マエストロはフラットに謝った。
「ごめんね、びっくりしたでしょ」
よろよろと地面を歩くフラットが、見上げてうなった。
「怒ってる?」
マエストロが抱き上げようとすると、フラットはシャーッと鳴いてその手をかわした。
目の前には、大理石で建てられた大きな屋敷がある。マエストロは門の呼び鈴をためらいなく鳴らした。
中から開けてくれたのは、十歳の少年だった。
「あれ、マエストロのおじさん!」
「おはよう、マイア」
マエストロはにっこり笑ってあいさつした。マイアの父親であるジェリゴー総理大臣とは、昔から友達同士だ。当然、大臣の家族とも知り合いだった。
「お父さんお母さんは?」
「オルバルドに出かけたよ」
「いつ帰ってくる?」
「明日だっけ、明後日だっけ。あんま覚えてない」
そう言いながら、マイアはマエストロの足元にいる黒猫に気がついた。
「猫だ!」
彼がさけぶと、後ろからさらに二人の子どもがわっと飛び出してきた。七歳のトミー、四歳のクラリッサだ。
「この黒猫くんの名前はフラットだよ。なでてあげてもいいけど、乱暴はしないであげてね」
マイアがフラットを抱き上げ、ふかふかの毛皮に顔をうずめた。フラットはしばらくもがいていたが、やがて諦めたのかおとなしくなった。
「マエストロのおじさん、おみやげに猫を連れてきてくれたの?」
「ううん、この子はおみやげじゃないよ。……今日は、君たちに大事な話があるんだ」
「大事な話?」
屋敷の中に入る。マイアがジュースと、クッキーの袋を持ってきてくれた。いつも数人のお手伝いさんが働いている屋敷なのに、今日はがらんとしている。
「召使いさんたちは?」
マイアは得意げな顔をした。
「旅行でもしてきてって、僕が言ったの。たまには、僕らだけになりたくって」
「それで、こんなに散らかっているわけか」
客間を見渡し、マエストロはため息をついた。
「警備の兵隊さんは?」
「一昨日までいたけど、帰っちゃった。僕らみたいなクソガキには付き合えないって」
「……何をやったの? マイア」
「別に」
と言いつつ、マイアは誇らしげに口の端をつりあげている。
「ただ、ちょっぴりからかっただけ。寝てる隙に顔に落書きしたり、かんしゃく玉をご飯の中に入れたりさ」
「そうか……」
マエストロは、目を閉じて首を振った。それからすぐに気を取り直し、昨夜聞いた強盗の話を、三人に話した。
「いいかな、君たちは今、狙われている。すぐに警察に、このことを伝えよう」
「やだ!」
「どうして?」
マイアの目は、きらきらと輝いていた。
「僕らで、その強盗を追い払ってやる」
「無茶だ。相手は悪い大人だよ」
「大丈夫! こっちにだって、マエストロのおじさんがいるから」
「じ、自分?」
トミーが口を開いた。
「すごい作戦を思いついた」
トミーはまだ七歳の子どもとは思えないほど、落ち着き払っていた。マイアがにっと笑う。
「トミーは知将なんだ」
それから三人は、知将トミーの作戦を拝聴した。
夜がふけ、総理大臣邸の灯りが消えたのを見計らって、三人の男が忍び込んだ。屋敷の中はすっかり静まりかえっている。
きっと、総理大臣の子どもたちはぐっすり眠っているのだろう――そうほくそ笑んだ強盗たちだったが、手のひらにともしたほのかな灯りで玄関ホールを照らし、腰を抜かすほどおどろいた。
真っ白な壁に、真っ赤な血のようなものがべっとりとついていたのだ。おまけに、灯りに照らされた床は、足の踏み場もないほどに散らかり、あちこちひっかき傷ができていた。
「一体、何があったんだ?」
「情けない声を出すんじゃねえ! 俺たちがこれからやることを思い出せ!」
おびえる一人を、強盗のリーダーが叱り飛ばした。廊下を歩くと、ごろんと転がった何かを蹴飛ばしてしまった。やわらかい。見下ろすと、小さな子どもがうつぶせに倒れていた。
「おい! どうした?」
思わず子どもを抱き起こした。だらんと手足を投げ出した子どもの顔にも、血がこびりついている。
「だれが、こんなことを……」
自分たちの「仕事」のことも棚に上げ、子どもをゆさぶる。
「しっかりしろ!」
その瞬間、子どもは血で汚れた顔いっぱいに笑った。
「うわあああ!」
悲鳴におどろいた仲間たちがその場によってきた。暗い屋敷のどこかで、金属の鍋をぶつけあったようなけたたましい音がして、三人はまたぎょっとした。
隙をついて、子どもがげたげたと笑いながら奥へ逃げていく。
「あっ、待ちやがれ!」
三人はあわてて追いかけた。途中、飛びかかってきた猫に顔中ひっかかれ、一人が脱落した。もう一人は、何故か開きっぱなしだった床下の食料庫に落ちてしまった。
「まぬけめ!」
仲間をののしりながら、最後の一人は屋敷の中をかけぬけた。
音がした方へと走り、大臣の書斎とおぼしき部屋のとりわけ立派な扉を大きく開いた。中には、二人の少年と小さな女の子が待ち構えていた。
どろぼうは、手のひらから蜘蛛の巣を生み出し、飛びかかってきた子どもたちをあっという間にからめとった。
「ふん、どうだ!」
蜘蛛の巣にからまってじたばたともがく子どもたちを見下ろし、どろぼうはせせら笑う。それから、部屋の中に大きな金庫があることに気がついた。
金庫にはもちろん鍵がかかっている。だが魔法使いのどろぼうは、どんな鍵にも通用する魔法の鍵を持っているのだ。銀色に光る鍵を差し込み、呪文を唱えると、金庫の扉はぱっと開いた。
だが、その中をのぞき、どろぼうはがっかりした。空っぽだったのだ。
後ろから落ち着いた声がした。
「何もないのに、おどろいたでしょう? 末娘ちゃんがね、こっそり金庫を開けて、自分の宝箱に移してしまったんですよ。将来有望ですね」
現れた男を見て、どろぼうは叫んだ。
「お前は……! たしか、宿屋にいたおっさん!」
「おっさんじゃない。自分は指揮者です」
相手は魔法無しらしい。勝ったも同然だと、どろぼうはまた手を振り上げた。だが、指揮者と名乗るその男が、ふところから小さな金の笛を取り出し、子どもに投げ渡した。
「トミー!」
男が呼ぶと、笛を受け取った子どもが笛を高らかに吹き鳴らした。天井がくずれ、黄金の巨大な前足が空の金庫を踏みつぶした。
笛に呼ばれて現れたドラゴンの、冷たい瞳に睨まれ、どろぼうは気絶した。
マエストロは、のびてしまったどろぼうたちを、マイアと協力して縛りあげ、ドラゴンの背中にのせた。
「自分は、この三人を警察に届けてくるよ」
「うん!」
「君たちだけでお留守番できそうかな?」
「当然!」
マイアの目が輝いている。
「もう一つ、ドラゴン笛をあげる。もしまた不届きな輩がきたら、遠慮無く吹くんだよ」
マエストロが出発し、屋敷には三人と黒猫のフラットが残された。
夜明け前、ジェリゴー大臣とその奥方に長男、さらに数人の部下たちが屋敷に帰ってきた。屋敷の無残な有様を見てジェリゴー大臣はぎょうてんし、留守番していたはずの子どもを探した。
「パパ、お帰りなさい」
悪びれる様子もない次男マイアに、ジェリゴーは尋ねた。
「お前たち「は」元気そうで何よりだ。ところで、家をこわしたのは、一体だれだ?」
マイアはさっと答えた。
「マエストロのおじさん」
「マエストロめ!」
ジェリゴーはうなり、口笛をひゅっと吹いた。それから、現れた自分のドラゴンに飛び乗り、マエストロを追いかけていった。




