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「それで親父さんは、無事なんだな?」

「怪我はしてるけど、命に別状はないって。でも、取り憑かれたのは一緒にいた役人様で、今は母様が一人で祓いを続けてるらしいの、急がないと――」

〝シラヌモノ″の討伐だ。侍所から数人の補佐が来るはずだが、あくまで妖し退治はド素人。こっちも同様だが、刀振り回す役人相手なら相対が出来ないかと、茜が見込んで来てくれたらしい。

「で、何故|絹も一緒に来るんだ……?」

「お目付け役で御座います。明日は婚礼に出立の日。怪我でもされて、この事が大旦那様に知られでもしたら……絹がどんなにお叱りを受けるか(小声)。と言う訳で無傷でよろしく」

「自分の心配かよ!? 相手に言ってくれ」

 息急《いきせ》き切って町へ走れば、血相変えた町民や商人達が悲鳴混じりに逃げてくる。人波裂いて現地へ着けば問屋の一つが半壊していた。

「何だこれ!?」

 往来にまで散った屋根瓦。千切れた破魔札と、夥しい血痕や数体の動かぬ骸。直面する状況に生唾飲み干せば嫌でも心は緊迫させられる。何をどうしたら屋根まで傾く――等と気を取られると、破砕音と共に外壁の板材ぶち破って巫女装束の女性が宙を舞う。

「母様――!?」

 茜の叫びを聞くまでもない咄嗟に受け止める。その一瞬の油断を狙うように、野獣の咆哮にも似た奇声を上げて、刺突の構えを向ける影に襲われた。

 咄嗟に茜の母を絹へ投げ放ち。

 腰の〝太刀: 蓬莱″を抜刀、鬼気迫る一撃を受け流す。

 男の顔面が鼻先まで迫る。

 顔も直垂も血に染めた侍の瞳に宿るべき光が無い。

「禄様、油断なさらないで!? それはただの妖し憑きではありません!」

 茜の母に言葉を返す間もなく地擦《ちず》るまま止まらぬ勢いに、腰を落として、踏ん張ると同時、肩で跳ね上げ、押し返す。

 刀握る右肩の腱を狙って刺突。反射的に避ける侍が左手の指を鉤詰めに構え、返しとばかり毟り掛かってきた。瞬時に左足で己の突きの威力を踏み消し、仰け反って躱せば空を断裂する指先が通過。侍の刀が逆袈裟から迫る。「――くそ、後手後手かよ!」蓬莱を当て鍔で固定。頭突きの一撃を鼻面へ噛ます。

 ぱっ、と鼻腔から鮮血放って踏鞴を踏む侍へ、禄は峰打ちに切り替えて上段からの一撃。 しかしよりにもよって「握りの柄頭で返すか!?」キィーンと弾かれる。さらに刃は下方向から逆風の一手。冗談じゃない――足捌きで避け様、念のため相手の手首を弾いて峯で鼻頭に一撃。

 その緊迫を体現するような切り結びの真っ只中。視界の隅に白い物――破魔札が、狙い違わず侍の口腔と鼻腔を捕らえ呼吸を束縛した。

 それでも侍は凶刃を上段から叩きつけてくる。

 斬撃より速く間合いを詰め、当たるかどうかの瀬戸際で受け流し、足払い。そのまま侍の裾を握り引き寄せ、位置入れ替え。侍が崩れる姿勢に踏鞴を踏んで止まる直前、後頭部へ一撃を叩きつけた。

 頚椎に蓬莱の峰がめり込む。が、そいつは苦もなく睥睨――

「よせよ、よせよ! 急所に入れたんだぞ何で落ちないんだッ!?」

 侍の口腔より闇色の吐息が燻った。

 侍が、蛇蝎の咆哮を張り上げ上段の一撃。

 咄嗟に水平で受けるが尋常ない怪力に片膝が揺れる。

「――茜、どうしたらいい!? このまま、耐えなきゃ、駄目なのか!?」

「もう少し、動きを牽制して下さいッ!」

 返事を返したのは茜の母。何かを唱える茜に変わって応答するが、一体何がどうなってるのか解らない。乾坤一擲の大立ち回り、切り結びの最中に生まれる鍔迫り合い。

「本当に拙いんすけど――」

 視線を向ければ、数え切れない札が幾重にも螺旋を描いた。

 次から次に男の四肢を体躯を束縛し蛮行を封ずる。

 だが、呼吸もしない気も断たない男。

 ――残る方法は斬り捨てるか?

 そんな葛藤に、茜が母の錫杖を引っ手繰って駆け出した。

 普段の嫋《たお》やかな少女とは異なる尋常ならざる動き。茜は脇をすり抜け、真鍮の杖を苦もなく操り、侍の口腔へ迷い無く突き刺した。躊躇ない――と思う間も無い。そのまま錫杖を口腔の札へ、皓歯へ、ぶち抜くまま背後の外壁に突き立てた。

 つまり……頭部を砕いて貫いたのだ。

 全身を痙攣させた侍が――笑う。

『隠の招きありて……虚《うつろ》いの楔《くさび》が定めに刻まれる。努努《ゆめゆめ》忘れるな、ヤタに……魅入られしモノ』

「何だ、何を言ってる?」

 侍の手から太刀が落ち、肉を砕く音を立てて錫杖が引き抜かれた。鈍い音立て崩れ落ちる侍から纏わり付いた幾十の札が宙へ舞って地へと散る。

「ありがとう……禄……」

「す、すまない。大して役に立てなかった」

「ううん……私一人じゃ祓えなかった。禄が一緒だったから……いてくれたから……」

 一体どこに隠れてたのだろう。集まる衆目の中から、侍所《さむらいどころ》に詰める役人達が現れ男を捕縛、茜の母と始終の確認を始めていた。

「禄様、これ以上は……」

 絹に促され、茜と母親が役人と見聞が始まるのを見て、禄もこれ以上の長居は無用と判断。茜に目配せで辞去を伝え、人波を掻き分けてその場を後にした。  


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